21.フカフカの最高記録
ちなみに当然のように、私はエドワルド様の後ろをついていったので。
(そういえば、エドワルド様の自室って初めてかも)
今さらながら、そんなことを思う。
執務室と同じように、落ち着いた色合いの調度品でまとめられた部屋の中は、まさにエドワルド様らしい。
ただおそらく、その値段は破格のものばかりだと思うので。間違えて傷つけてしまわないように、ここでも大人しくしていようと心に誓った。
(実家が貧乏だと、高価なものに対して身構えちゃうんだよね)
とはいえ基本的にこの場所は、寝る時だけ入るような場所になるだろうから。そこまで慎重にならなくても大丈夫なはず。
そう考えて、あえて周りはあまり見ずに、ただエドワルド様の後ろだけをついていく。
さすがに公爵様のお部屋だけあって、部屋の中にまた扉があって。その向こうが、寝室になっていた。
(ベッドをど真ん中に置けるのって、お金持ちだけの特権な気がする)
空間の使い方が豪華なのが、余裕を感じさせるのかもしれない。
ちなみにベッドとは別に、大人の男性二人が余裕でゆったりと座れそうな大きさのソファーがあったので、今日の私の寝床はそこにすることに決めた。
執務室での時と同じように、そっと白い毛むくじゃらな前足を乗せてみると。
(フカフカの最高記録を更新した、だと……!?)
あの時以上の沈み具合と柔らかさに、思わず衝撃を受けてしまって動きが止まる。
まさか執務室のソファー以上の存在に、こんなにも早く出会うことになるとは思ってもみなかった。
(というかこれ、もはやベッドだとしてもあり得ないよ)
体全体を包み込んでくれそうな存在に、逆に恐怖を覚え始める。
これを知ってしまったら、もう元のベッドには戻れないような気がして。
「エリザベス? どうした?」
そんな私の行動に、疑問を持ったらしいエドワルド様が。いつの間にやらディーノさんに寝間着に着替えさせられていたようで、こちらを不思議そうに見ていた。
「……わふ」
「何だ?」
「エリザベスは賢い犬ですから、寝室のソファーを寝床としていいのかどうか、確認しているのではないでしょうか?」
人間の言葉も喋れないのに、どう答えるべきかと無駄に悩んでいた私に。仕事を終えたディーノさんが、助け舟を出してくれる。
そしてなぜか、エドワルド様もその言葉に納得したらしい。
「あぁ、なるほど。別に構わない。お前は好きなところで寝ていていい」
「わふ」
伝えられた言葉に、ありがとうの意味を込めてひと鳴き。
それだけで、ちゃんと伝わってくれたらしく。エドワルド様は優しく微笑んで、小さく頷いてくれた。
「それでは、お休みなさいませ」
「あぁ」
エドワルド様がメガネを外して、ベッド脇のローテーブルに置くのを見届けてから。ディーノさんは、そう一礼して。
ランプの明かりを消して、部屋を出ていった。
もちろん私はその間に、ソファーの上で寝る態勢を整えていたけれど。
(今日はエドワルド様が眠ったのを確認してから、私も寝よう)
目は開けたまま、ベッドにしっかりと潜り込んだエドワルド様のほうを見つめて。
暗闇のはずなのに、人間の時よりも見えている気がするな、なんてことを思っていたら。
「お休み、エリザベス」
聞こえてきたエドワルド様の声に反応するのが、一瞬遅れてしまった。
けれど、だからこそその一瞬で色々と考えて。
「わふん」
結果、眠る前だからあまり元気すぎる返事はやめておこうと、少し空気が抜けるような音を混ぜた鳴き声になってしまったけれど。
直後聞こえてきた、エドワルド様のかすかな笑い声に。私の選択は間違っていなかったのだと、安心して。
それだけで満足してしまったせいなのか、エドワルド様が眠るのを確認するよりも先に、結局眠ってしまっていた私は。
(ん。明るい……?)
夜中にふと目を覚まして、扉の向こうから差し込む光と、紙をめくったりペンを走らせる音に。
(エドワルド様……仕事、してる、かも……)
そう、結論づけたにもかかわらず。
結局眠気には勝てず、そのまま深い眠りへと落ちてしまっていたのだった。




