20.エリザベス
(アウローラとエリザベスって、遠すぎてもはや別物なんだよなぁ)
とは思うものの、犬としての名前なのだから仕方がないと、自分に言い聞かせる。
本心としては、もう少し近い名前だったらよかったのにな、というところではあるけれど。
(まぁ、ニックネームニックネーム)
そう思って、呼ばれた時に反応できるようにしようと決意する。
最初は反応できない可能性も高いけれど、その内慣れるだろうと気楽に考えて、受け入れることにして。
「わふ!」
とりあえず、いいよの意味を込めて返事をしておいた。
「では、今後は我々もそのように呼ばせていただきます」
「あぁ、そうしてくれ」
自分の名前だと認識させるために、なるべく呼びかけは必ず名前でするように、使用人全員に通達すると付け足していたマッテオさん。
私個人としても、そのほうがありがたいので。これで名前問題は、割とすぐに解決するだろう。
「ところで、エドワルド様」
「どうした?」
「本日なのですが、エリザベスと長時間戯れていらっしゃいましたので、普段よりも体を動かしていらっしゃったのではないですか?」
「言われてみれば、そうかもしれないな」
空になったのであろうティーカップに、優雅な仕草で紅茶を注ぐマッテオさんは。
「でしたら、久々に寝室をお使いになられてみてはいかがでしょうか?」
私が聞きたいと思っていた言葉を、ようやく口にしてくれた。
(さすがマッテオさん!)
言うべき時はしっかりと主に意見できるなんて、できた家令だ。
思わず嬉しくなって見上げた先の、白髪が混じり始めているオリーブグレーのオールバックは、多くの経験を積んできた証なのだろう。
「寝室か……」
「普段よりも眠れる可能性が高いのは事実ですから、私も賛成です。ぜひそういたしましょう、エドワルド様」
迷うエドワルド様に、ディーノさんがそう告げる。その様子に。
二人とも、この二日間そういったことは一切口にしていなかったけれど。きっと心の中では、いつも思っているのだろうということがよく分かって。
(やっぱり、心配してたんだなぁ)
当たり前のことなのに、その事実になんだかホッとして。
そしてこうなってくれば、私も二人の案に乗っかって、最後の一押しをしなければという使命感に駆られる。
というわけで。
「くぅ~ん」
イスの肘掛けに置かれていた手に、自らすり寄って。わざと寂しそうな声で、鳴いてみせる。
そのまま肘掛けと腕の間に鼻先を差し込んで、甘えるような体勢のまま上目遣いで見上げれば。
「エリザベス……。お前も、二人の意見に賛成なのか?」
「わふぅん」
ちゃんと意図は伝わったらしく、私の目をしばらく見つめたあと、小さくため息をついたエドワルド様は。
「そこまで言われてしまえば、仕方がない。久々に、寝室を使うか」
そう言って、私たちの意見を受け入れてくれた。
「わふん!」
喜びにひと鳴きした私は、お礼の気持ちを込めてエドワルド様の腕に思いっきり頭を擦り付けたけれど。
視界の端で、マッテオさんとディーノさんがそっくりな表情をして、頷き合っている姿を捉えていて。
実はこのあと、エドワルド様が見ていないタイミングで。二人からそれぞれ、親指を立てて褒められたのだけれど。
(腕で隠して、肘の後ろで見せてくるあたりが、ねぇ?)
誰にも見られないようになのか、全く同じやり方をしてくる二人に。
ちゃんと聞いたわけではないけれど、やっぱり親子なんだろうなぁと、改めて思ったりもした。




