2.アウローラ
そもそも私は、れっきとした人間で。パドアン子爵家の娘で、アウローラという名前がある。決して、エリザベスではない。
正直どうしてこんな状況になっているのか、私が一番謎ではあるけれど。始まりはきっと、我が家が貴族としては大変貧乏なほうだということからなんだと思う。
我が家の領地は、結構な僻地にあって。でも国境近くでもないから、辺境伯領のような力もなく。
簡単に言ってしまえば、単純に交通の便が悪すぎるという点と、育てられる作物が限られてしまうという点の二つが、その理由だろう。
だから実は、領民が普通に暮らす分にはあまり困らない。食べるだけの量ならば、十分収穫できているから。
でも、貴族としてそれを収入に変えられるかどうかという点においては、とてつもなく絶望的で。
なので当然のことながら、王都に屋敷なんて持っているはずがなく。それどころか、大変美しいと有名らしいこのディーオ王国の都に、一度も足を踏み入れたことはなかった。
とはいえ、今年ようやく十八歳になってデビュタントを迎えるというのに、王都に向かわないわけにもいかず。
色々と伝手を辿ってくれた両親のおかげで、少し遠い親戚の家にご厄介になることができたのだった。
「あらあら、まぁまぁ」
「話には聞いていたが、想像していた以上の美人が来たものだ」
父方の遠縁のおば様が嫁いだのは、オットリーニ伯爵家。出迎えてくださったのは、おば様と伯爵様ご本人。
正直、大変裕福なお家柄だと聞いていた分、我が家とは全く接点がないのではないかと思っていた私は。おば様の淡いブルーの瞳を見た瞬間、確かに血のつながりを感じていた。
私とお父様が、まさに同じ色の瞳をしていて。お兄様はお母様に似て、私たちよりも少しだけ濃いブルーの色をしているけれど、この国の中では比較的珍しい色合いでもある。
その昔、仕事の関係で国外へと出ていたご先祖様が、滞在していた国で恋人になった令嬢を迎え入れたからなのだそう。だからこの色は、この系譜にしか出てこない色らしい。
それを聞いた時に、よく同じ系譜に辿り着くお父様とお母様が出会えたなと、純粋に感心してしまったけれど。
「プラチナブロンドの髪も、すごく素敵ねぇ」
「ありがとうございます。でも、おば様のミルキーブロンドの髪は、私よりもずっとお綺麗ですよ」
「あらあら。それはね、毎日しっかりとお手入れしてくれている侍女たちのおかげなのよ」
だからこそ、瞳の色で親近感を持ってしまうのだと、私はこの時初めて気付いた。だって私が初めて会うはずのおば様に対して、こんなにも親近感を抱いているのだから。
私の瞳を見た瞬間から、目元が一段階と優しくなったから、きっとおば様もそうだったのだろう。
「長旅で疲れただろう? まずはゆっくりとお茶でもしながら、色々と話を聞かせておくれ」
「はい、ぜひ」
そしておば様が嫁いだお相手の伯爵様は、とてもおおらかで優しい方で。
国内では比較的多いと言われている、ダークブラウンの髪と瞳をお持ちだけれど。薄く口ひげを生やしているその姿は、どこかセクシーだった。
でも、それ以上に。
すでに嫁いでしまって娘たちがいなくなってしまったから、もう一度デビュタントの準備ができるなんて嬉しいと語ったおば様を見つめる伯爵様の目は、とてもとても優しくて。
本当におば様のことを大切に思っているのだと、何も知らないはずの私ですら分かってしまった。
そんなオットリーニ伯爵家にお世話になりながら、デビュタントとしてのマナーを学んだり、細かく採寸をしたり。
おば様とデビュタントの白いドレスについて色々と、ああでもないこうでもないと毎日忙しく過ごしながら。
ようやくひと息つけそうなタイミングで、たまには自然の中でゆっくり過ごそうという話になって。
おば様と伯爵様だけじゃなく、跡継ぎである息子さんご夫婦とその子供たちと私という、結構な大人数で王都のすぐ外にある森に出かけることになったのだけれど……。
今思えば、これが間違いだったんだろう。