18.嬉しいこと
「本当に待っていたのか」
驚いたような表情でそう口にしたエドワルド様に、私はひと吠えすることで返事をして。そのまま立ち上がり、真横に並んで見上げてみる。
今までは後ろをついていくことが多かったけど、こうしてみると思ったよりも背が高い気がする。
犬の姿だから、なおさらそう感じるのかもしれないけれど。
「お前は本当に賢いな」
優しく頭を撫でてくれる、大きな手が心地よくて。思わず目をつぶって、もっともっととねだるように頭を擦り付けてしまう。
デビュタントの年齢なのだから、当然といえば当然なのだけれど。頭を撫でてもらうことなんて、もう何年も経験していないから。
(人に撫でられるのって、こんなに嬉しいことだったんだ)
遠い子供の頃の記憶の中で、お父様やお母様が撫でてくださったその感覚だけが、私の知る全てだったけれど。
お兄様でもない、血の繋がりのない年上の男性に頭を触られることを、嫌だとは思わなくて。
犬の姿だから、そちらに感覚や感情が引っ張られている可能性は否定できないけれど。むしろ、とても気持ちよかった。
「長い時間待っていたのだろう? 夕食まではもう少し時間がある。先ほどまでたっぷりと遊んでいたことだし、犬用のビスケットでも食べるか?」
「わふ!」
確かに、結構な時間待っていたような気がする。
ブリュネットの髪がセットされていた状態から、しっかりと下ろされているところを見るに。おそらくは、髪の毛が完全に乾くまで中にいたのだろう。
女性に比べれば、男性のほうが早く乾かせるとはいえ。それでもここまで完全に乾くまでには、結構な時間がかかったはずだ。
(考えごとをしながら待ってたから、あんまり気にしてなかったけど)
これでもし、相手が女性だった場合は。確実に待ちくたびれて、この場で寝るかいなくなっていたかの二択だったと思う。
そう考えると、床で寝ることを考え始める前でよかったと本気で思う。今の私ならば、その選択肢ですら選んでいた可能性があるから。
「犬用品の専門店に寄った時に見つけたものだが、お前が気に入れば次回も購入しよう」
「わふん!」
犬用品の専門店というものがあるということ自体、初耳ではあるけれど。
でもそれはつまり、さっきまで遊んでいたボールの咥え心地がよかったのも、今日帰ってきてから突然それが出てきたのも、全ては専門店に寄ってきてくれたからということで。
飼い主を探してくれているのに、それと並行して気にかけてくれているというのは、本当にありがたい。
特に私の場合は、飼い主なんて名乗り出るはずがないから、なおさら。
(ずっと犬の姿のまま居候というわけにもいかないから、早く元の姿に戻る方法を見つけたいんだけど……)
森の魔女の気まぐれで姿を変えられてしまった以上、もう一度彼女に会って直接交渉しなければならないのか。それとも、時間経過で戻れるものなのか。
それすら分からないまま、先ほどまで今後どう行動すべきかと考えていたのだけれど。
結局、答えは出ないまま。
(それに、どうしたらエドワルド様にちゃんと睡眠をとってもらえるのかも、答えが出ていないままだし)
すぐに行動に移せないことは後回しにして、今度は目下の課題に目を向けたわけだけれど。
これはこれで、正しい答えが今も分からないまま。
とにかく今は犬の姿であることを利用して、どうやって疲れるまで一緒に遊んでもらうか、を考えている。
(ボール投げだと、結局私が走ってるだけになっちゃってたしなぁ)
エドワルド様の横にピッタリと寄り添いながら、歩みを進めていた私は。いつの間にか、一番最初に目が覚めた時にいた部屋と同じ場所までたどり着いていたけれど。
結局それまでの間に、いい方法が思い浮かぶことはなかった。




