15.宰相様だった
(って、私だけ寝てどうするの!)
ふと目を向ければ、当然のように仕事を続けているエドワルド様の姿。
外からはしっかりと朝日が差し込んできているところからも分かるように、どう考えてもこれは今日も徹夜していたとしか思えない。
(本当に体壊しちゃう……!)
こうなったら少しでも横になってもらえないかと、急いで駆け寄って袖を咥えて、ソファーへと誘導してみる。
「急にどうしたんだ?」
戸惑いの声を上げながらも、素直についてきてくれるエドワルド様をソファーに座らせて。今度は頭で胸元を押して、横になってもらおうとするけれど。
大型犬とはいえ、さすがに頭の力だけでは、成人男性を倒すことはできなかった。
「本当に、どうした」
「くぅ~ん」
仕方がないので、悲しそうな鳴き声と目で訴えてみる。
少しでも寝て欲しいんですと、言葉では伝えられないのだから仕方がない。
「……私のことを、心配しているのか?」
「わふん」
でもどうやら、ちゃんと伝わってくれたらしい。
目を少しだけ見開いて、意外そうな顔でこちらを見てくるエドワルド様。
「一応これでも、要所要所で仮眠は取っている。だから心配しなくていい」
ちゃんと言いたいことは理解してくれたみたいで、よかったよかった。
その言葉の内容に関しては、全然よくないし安心できなかったけれど。
「わふわふっ!」
思わず抗議の声を上げれば、途端に苦笑するエドワルド様は。
「私もしっかりと睡眠をとりたいとは思うが、どうしても眠りが浅くてすぐに目が覚めてしまうものだから、諦めて時間を有効活用しているだけだ」
そんな風に、私にしっかりと向き合って話し始めた。
「横になっても、眠れない事実と長時間向き合わなければならないからな。それならばいっそ、書類と向き合っていたほうが気が楽になる」
「わふ……」
「そう心配するな。どちらにしても、まだまだ大量の書類を処理していかなければならないのも事実だ」
ふと執務机の上の書類の山に目を向けたエドワルド様につられて、私もそちらに視線を向ける。
確かに毎日のように、これだけの書類を捌かなければならないのであれば。むしろ人によっては、睡眠時間を削る選択をする可能性だってある。
「未熟者だという自覚はあるが、宰相の座についている以上、手を抜くわけにはいかない」
そう言われてしまえば、納得せざるを得ないわけで……。
(ん? あれ?)
普通に納得しかけてしまった私は、思わずエドワルド様の顔を凝視してしまう。
けれどそれに気付いていないのか、書類の山に目を向けたまま。
「国の未来を左右してしまうのだから、私個人の事情など後回しにするべきだろう」
そんなことを、口にしているけれど。
(え、待って。エドワルド様って……宰相様だったの!?)
正確な年齢は分からないけれど、この国の宰相様がこんなにも若い方だったなんて知らなかった。
むしろそんなすごい方にご厄介になっているとか、衝撃の事実に驚きを隠しきれないし、何なら恐れ多すぎて申し訳ないとすら思えてくる。
「本当に限界がくれば、気絶するように眠るだけだからな。心配するのは、その時だけでいい」
「わふぅ!?」
それは眠っているんじゃなく、本当にただの気絶なんですけど!?
なんて意見できるわけでもなく。
(というか、そんなになるまで眠れないほうが心配になるんですけど!)
平気で自分の体を犠牲にしようとするエドワルド様に、割と本気で頭を抱えたくなったけれど。
残念ながら犬の体では、頭を隠して守っているようにしか見えない気がして。結局そのメガネの奥の瞳を凝視するしかできなかった。




