12.遊びに誘う
「今のところ、お前の飼い主だという人物は名乗り出ていなかった」
でしょうね。なんていう言葉は、心の中だけで呟いておいて。
出てくるはずのない飼い主のことなんて、気にしていても仕方がないので。今日の夜は眠ってもらえるように、今のうちに少しでも体を動かしてもらおうと思う。
体が疲れれば、自然に眠くなるはずだから。
「わふん」
「どうした?」
「んん~~」
破いたり穴をあけたりしないよう、絶妙な力加減で袖口を咥えて引っ張って。
どうせ外を駆け回っていたことは、もう知られているわけだから。いっそ犬らしく、遊びに誘ってみることにした。
んだけど。
「どうしたんだ? 外に何かあるのか?」
一応ついてきてはくれるんだけど、私が何を求めているのかまでは分からないみたい。
(それもそうか)
喋れないし、意思を伝える方法も分からないし。
そもそも成人している貴族男性が、犬と一緒に走り回ってくれるかどうかも分からない。
けど、ここまできたらやるしかない。
「わふんっ!」
本能に従って、上半身の姿勢を低くして。遊びに誘うポーズをしてみる。
もしかしたら昔犬を飼っていたりして、このポーズの意味を汲み取ってくれたりしないかなーという、淡い期待を込めて。
「……どうした?」
まぁ当然、全くこれっぽっちも伝わらなかったんですけれどね。
ただ。
「エドワルド様。昼間はただ走り回っていただけでしたので、まだ遊び足りないのかもしれません」
ここでマッテオさんからの、ナイスアシスト!
さすが、いいお屋敷の家令にまで上り詰めた人。察する能力が人一倍高い。
「わふわふっ!」
その通りだと示すために、私もここぞとばかりに元気に吠えてみる。
たった一日でこの体に慣れ始めている自分に、驚くのと同時にちょっと怖くなるけれど。今はそれどころじゃないから。
「遊び、か。今日の様子から察するに、すぐに飼い主が見つかるとも限らないようだからな」
「大型犬用のおもちゃを、何か用意させましょうか」
「できるか? ディーノ」
「お任せください」
マッテオさんが喋っている間は、ただ静かに側に控えているだけだったのに。
エドワルド様に提案したディーノさんは優雅に一礼すると、一度屋敷の中へと消えていった。
(というか、今から用意するの?)
私としては、ただ一緒に追いかけっこしてくれれば、それだけで良かったんだけれど。どうやら、本格的なおもちゃを用意するつもりらしい。
むしろ、主を走り回らせるわけにはいかないと思ったのか。
確かにこの家の飼い犬ではないから、遊びのお相手はエドワルド様ではなく、使用人の誰かになってしまう可能性も否定できない。
(でもそうなると、私の計画が台無しになっちゃう!)
私は一緒に遊びたいんじゃなくて、エドワルド様に寝て欲しいだけなのに。
とはいえ、ここで犬らしくワガママを発動して、エドワルド様と遊びたいんだーっていう風に見せることはできる。
それで何とか乗り切ろうと考えた私は。
「ひとまず、これでいかがでしょう?」
ディーノさんが用意してきてくれた、太めの木の棒に大はしゃぎして。
最終的には、目的を忘れて遊び回ってしまった。
(どうして、こうなった……)
エドワルド様も楽しそうに棒を投げてくれていたし、多少の運動にはなっただろうから、別にいいんだけど。
「どうした? もう水はいいのか?」
優しくかけられたエドワルド様の声に、私はディーノさんが用意してくれた器の中の水を、再びがぶ飲みし始める。
運動しすぎたせいで、とてつもなく喉が渇いているのだから、仕方がない。令嬢だとか人間だとか、そんなことも今は関係ない。
そもそも、誰がどう見ても犬の姿だし。
「お前はこのあと足の裏をしっかり拭いて、ブラシもしてもらえ。その間に、私は湯浴みを済ませてこよう」
「わふぅ?」
「お互い体を綺麗にしてから、夕食にしようじゃないか」
「わふっ!」
夕食という言葉を聞いて、反射的に返事をしてしまったけれど。
これじゃあ本格的に犬じゃないかと気付いたのは、女性の使用人にブラシをかけて毛並みを整えてもらってからだった。




