7.膝枕
「え、っと……?」
確かに最近、エドワルド様は宰相のお仕事が忙しくて、全く会えていなかったけれど。
だからって……。
「どうか、お願いいたします……! せめて短い間でも、ゆっくりとお休みいただきたいのです……!」
まさかエドワルド様のいる談話室まで案内される間に、睡眠の提供をお願いされるとは思ってもみなかった。しかもディーノさんに。
「公爵邸に足を運んでいただいておきながら、会話よりも主の睡眠の優先を願うなど、非常識なことは重々承知しております。ですが……!」
「いえ、あの。重度の睡眠不足であることは、私もよく知っていますから、それは構わないのですが……」
「よろしいのですか!?」
いや、よろしいかも何も。そもそも私はエリザベスとしての恩を返すために、夜な夜な抱き枕になっていたわけで。
ただ、その……。
「さすがに、抱き枕にはなれませんよ?」
婚約は、した。
なので今、私とエドワルド様は正式な婚約者で、今日は親交を深めるためという名目での訪問なのである。
一緒に暮らしていた時期もあるので、今さら必要なのかどうかはさておき。外聞を保つために必要不可欠であることだけは確かなので、こうしてエドワルド様が忙しくない時に定期的に会うようにはしているのだけれど。
だからといって、全てがエリザベスだった時のようにはいかないのも事実。
「構いません。むしろ、そこまではまだ求めておりませんので、ご安心ください」
「……今、まだって言いましたね? 聞き逃してないですからね?」
とはいえ実際には、私が嫁入りして毎晩抱き枕になることを、多くのフォルトゥナート公爵邸にいる使用人が望んでいることもよく知っている。
まぁ、その役割を誰かに譲るつもりもないので、別に構わないのだけれど。
「ありがとうございます。助かります」
「……」
だからって完全に聞き流されるのも、なんだか納得がいかない。
でも困ったことに、そうも言っていられない状況に置かれることもしばしばで。
ジトっとした目で見上げると、私の視線に気付いたディーノさんが、それはそれはいい笑顔で。
「でしたらぜひ、膝枕などお願いできますでしょうか」
そんなことを、のたまうのだから。
「はい!?」
「きっとエドワルド様もお喜びになられます」
「いや、あのっ……!」
必死に否定しようとする私を、完全に置き去りにして。
「エドワルド様。パドアン子爵令嬢をお連れしました」
談話室の扉をノックして、そのまま室内へと促されてしまう。この瞬間には、すでに先ほどまでのいい笑顔はかき消されていた。
その変わり身の早さに驚くのと同時に、今度はエドワルド様に会うことへの緊張感が高まってしまって。
「……お久しぶりでございます」
なんだか堅苦しい挨拶になってしまったのは、完全にディーノさんのせいだろう。
そしてこのあと、色々と挙動不審な私を疑問に思って、今度はエドワルド様に質問攻めにあってしまうことになるのだけれど。この時の私は、まだそれを知らないまま。
人を振り回してくる主従に、何ともいえない複雑な感情を抱きつつ。
「そうか、膝枕か。それは楽しみだ」
なんて、いい笑顔でエドワルド様に言われてしまった手前、断ることもできなくなってしまった私が。素直に自分の膝を差し出すまで、そう時間はかからなかった。
ただ、気持ちよさそうに眠るエドワルド様の少しあどけない表情に、思っていた以上に満足してしまって。今後も膝枕くらいならいいだろうと考えてしまったことだけは、誰にも言わないように気をつけることにする。
(この主従に知られたら、毎回要求される可能性が高いからね!)
たまにならいいけど、私だって楽しくおしゃべりとかお出かけとかしたいから、黙っておくのが一番いい。
そう結論づけて、一人静かに頷いたのだった。
これにて完結です!
この次は「あとがき」となりますので、興味のある方だけ、どうぞお進みください。
ここまでの方は、またどこか別の作品でお会いできたら嬉しいです!
最後までお付き合いいただき、ありがとうございました!m(>_<*m))




