11.結構偉い人
「あとは頼んだぞ、マッテオ」
「はい、エドワルド様。お気をつけて、行ってらっしゃいませ」
「あぁ」
そう、短く言葉を交わして。エドワルド様と、今日も完全なるオールバックで決めた使用人のディーノさんは、馬車に乗って出かけていった。
昨日の会話からして、王宮に向かったんだと思う。
(王宮に気軽に行ける身分って、実はエドワルド様って結構すごい人なのでは?)
いまだにエドワルド様が何者なのか分かっていない私は、どれだけすごいお屋敷にお世話になっているのか、全く理解できていない。
ただ、一つだけ言えることは。
「では、参りましょうか」
「わふ」
エドワルド様の留守中は、家令のマッテオさんについていけば、基本的に問題なさそうだということである。
完全なる勘だけれど、たぶん間違っていないはず。
ちなみにマッテオさんは、おそらくディーノさんのお父様なのだろう。
顔の作りもそうだけれど、それ以上に少しだけ白髪交じりのオリーブグレーの髪をオールバックにしているところなんか、本当にそっくりだから。
(瞳の色は、ディーノさんのほうが濃い気がする)
ディーノさんの瞳がダークブラウンなら、マッテオさんの瞳はただのブラウンといったところ。
ただ目元は完全に一致しているので、親子であることは間違いない。
「あぁ、そうでした」
そんな風に、犬の姿であるのをいいことに観察しまくっていたら。
「エドワルド様から、留守中は好きに過ごしていていいと許可が下りていますよ」
なぜか、マッテオさんが普通に話しかけてきてくれた。犬の姿の、私に。
(このお屋敷の人たちは、皆さん犬を人間と同等に扱う癖でもあるのかな?)
正直、犬がどこまで人間の言葉を理解できるのか分からないけど。本来は人間である私からすれば、ありがたいことに変わりはない。
ただ彼らの行動が、はたして普通のことなのかどうかに関しては。ちょっと私では、判断できないけれど。
「それから、昨日の雨の影響がなければ、庭で遊んでもいいそうです」
「わふっ!」
その言葉につい嬉しくなってしまって、思わず返事をしてしまった。
(庭! 出ていいんだ!)
確かに今日は、朝からすごく天気がよくて。前日が雨だったなんて、信じられないくらいの快晴。
もしかしたら、まだ少しだけ地面が湿っているかもしれないから、ちゃんと確かめてからじゃないとダメなんだろうけど。
子爵令嬢とはいえ、ディーノ王国の中でもド田舎に分類されるであろうパドアン子爵領で育った身からすると、自然と触れ合えるだけでも嬉しかった。
(やっぱり緑って、大切だよね!)
王都には、一種の憧れのような感情も抱いていたけれど。実際過ごしてみると、ほとんどお屋敷の中だけになってしまって。
デビュタントの準備もあったから、仕方のない部分も多分にあった。ちゃんと頭では理解していたし、毎日忙しかったのも事実。
だけど時折、緑に囲まれている実家が恋しくなってしまう時もあった。
きっと、おば様にはそれを見抜かれていたんだと思う。だからあの日、森に行こうと誘ってくださったんだろうし。
(結局あの日は、森の魔女に邪魔されたせいで堪能できなかったし)
エドワルド様は結構偉い人のようだし、このお屋敷もすごく立派だし。
そう考えると、お庭もかなり期待できるのではないだろうか。
実際、窓の外に見えていた部分だけでも、かなり広そうだったから。
(楽しみだな~)
私が上機嫌なのが伝わったのか、それともそういう約束だったのか。真相は、分からないけれど。
この日の午後、昼食後に女性の使用人に案内された庭は、それはそれは素敵な芝で覆われていて。
思わず嬉しくなりすぎて、興奮しすぎて走り回りすぎたことは、ここだけの秘密。
「どんな様子だった?」
「芝の上を、大変楽しそうに駆け回っておりましたよ」
「そうか」
まぁマッテオさんに、帰ってきたエドワルド様に速攻でバラされたんですけどね。




