108.目的は達成された ~???視点~
映し出されている映像は、今年のシーズンの始まりの日。とあるバルコニーで行われていた、男女の会話。
『ところで、結婚したら犬を飼うご予定は?』
プラチナブロンドの長髪に、淡いブルーの瞳を持つ、今年のデビュタントの中で最も話題になった美女が、そう尋ねると。
『ある』
襟足が長めのブリュネットの髪に、青みがかったグレーの瞳を持つ、メガネをかけた我が国の宰相が、そう答える。
『犬種は?』
『君と同じ姿の子を探そうと思っている』
アウローラ・パドアン子爵令嬢の問いに、エドワルド・フォルトゥナート公爵が答えるという構図は、最初から変わっていないが。二人とも、どこか幸せそうな表情をしていた。
『なるほど。浮気しないのなら許しましょう』
『約束する。それとメスではなく、オスにする』
会話の内容は、知っているからこそ疑問に思うことはないが。事情を全く知らない者が聞けば、どういう意味なのかと混乱を招きそうではある。
だが、これで目的は達成された。
空中に描き出されていた映像が消えるのと同時に、目の前に立つ人物に目を向け頭を下げた。
「礼を言う。あなたのおかげで、我が国の宰相家も存続の危機を脱することができた」
「なぁに。あたしはただ、自由と平穏が約束されている今の生活を手放したくなかっただけだよ」
彼女はそう言って、明るいグレーの瞳を悪戯っぽく細めてみせるが。若き宰相の婚姻相手の問題を教えてくれたのは、他でもない彼女だった。
本人は執務の忙しさや自らの未熟さを理由に、まだまだ婚約者すら選定する気はなかったようだが。
「だがあなたの言葉通り、パドアン子爵令嬢ほどの美しさであれば、デビューさえしてしまえば引く手あまただっただろう。そしてフォルトゥナート公爵は、一生手に入らない存在に執着し続ける」
「だろうね。あの宰相の坊やは、自分でも気付かない内に他者を選定している。よっぽど鼻が利くんだろう。選り好みが激しすぎて、あの娘以外に好みに合致する人間はいないよ」
彼女が言うには、フォルトゥナート公爵は自らに最適な相手を匂いで判断しているらしい。野生生物が、そうして相手を探すように。
病気などに強い子供が生まれる可能性が高いそうなので、大変合理的ではあると以前彼女は口にしていたけれど。フォルトゥナート公爵に関しては、その度合いが他者とは比べ物にならないほど高いのだそうだ。
「まぁ、生物としての相性は最高だから、これ以上気にする必要はないさ」
そう口にして、用件は終わりとばかりに立ち去ろうとする後ろ姿に。
「感謝します、魔女殿。あなたが王家の専属魔法使いである、その幸運に」
私は急いで、そう言葉をかけた。
もし、彼女が教えてくれなければ。きっと今頃、色々な意味で悲惨な状況になっていただろうから。
「礼なら、これからもあたしの自由な生活を保障してくれるだけで十分だよ」
それだけ言い残して、瞬きの間に消えるその姿は、何度見ても驚きでしかない。
真実を知っているのは、代々の王だけ。王都のすぐ外の森に棲む魔女殿は、このディーオ王国の王族と専属の契約を交わしてくれているのだ、と。
だが。
「……結局『ふぇち』が何なのかは、教えてもらえなかったな」
以前、魔女殿が「宰相の坊やは匂いフェチか」と零した際に、どういう意味なのかと問いかけたが。「知らないほうがいいこともある」と、はぐらかされてしまった。
ただ、彼女が呟いた瞬間の微妙な表情がどうしても気になっているので、いつかは『ふぇち』の意味を知りたいと思ってはいるのだが。
「おそらく、不可能だろうな」
ここは森の魔女殿の言葉通り、知らないほうがいい内容なのだと思っておくほうが安全なのだろう。
なぜならば……。
「どうせなら面白いほうがいいと、令嬢を犬の姿に変えてしまう方だからなぁ」
その自由すぎる発想が、こちらに向く日が来ないように。彼女の言葉には、しっかりと従っておこうと心に固く誓ったのだった。




