107.熱を帯びた視線
「……はい?」
意味が分からなくて、思わずそう口にしてしまった私に。エドワルド様は、少しだけ困ったような表情で笑って。
「未婚の男性が何人か、君に好意的な視線を向けていたのは知っている。ただ私としては、それを許せそうにない」
そんな風に、さらに言葉を紡ぐ。
ただ、ここまで言われてもやっぱり、その真意が掴めなくて。
「え、っと……。それはいったい、どういった意味でしょうか……?」
個人的な願望も含めて、好意的に解釈すれば。私を他の男に渡したくないと言っているようにも、聞こえなくはない。
ただし。その対象がアウローラ・パドアンなのか、それともエリザベスなのかで意味合いが全く違ってくるので、ここで下手に喜ぶことはできない。
なんてことを考えている、私の目の前で。エドワルド様はゆっくりと、その場に膝をつく。
それは、まるで……。
「……え?」
「アウローラ・パドアン子爵令嬢」
デビュタント用の白いドレスに合わせて、腕まで隠れるような長く真っ白な手袋をした、私の手を。男性の正装である黒い礼服に白の手袋をつけたエドワルド様が、そっと持ち上げる。
お互い手袋越しなので、普段のダンスの練習の時よりも体温は伝わってこないはずなのに。なぜか、指先がとても、熱くなっている気がして。
「私以外の男がこの手に触れるなど、考えられない。どうか、この先もずっと、私の側にいてほしい」
「っ……!!」
捉え方によっては、婚姻の申し込みにも聞こえる言葉。
いや、おそらくそうなのだろう。眼鏡の奥のその瞳は、火傷しそうなほどの熱を帯びた視線を向けてきているから。
真っ直ぐに向けられる真剣さに、胸が震える。体中が喜びで満たされて、今にも涙が零れだしてしまいそう。
(……でも)
それでもどうしても、ちゃんと確認しておきたかった。ここで勘違いだったと言われたら、きっと二度と立ち直れなくなるだろうから。
決して、疑っているというわけではないけれど。言葉で伝えられるようになった今、今後の疑問になりそうなことを残しておく必要もない。
そう、だから。
「それは、犬に対してですか? それとも、抱き枕としてですか?」
私は口にするのだ。違うはずだと、否定されることを願いながら。
エドワルド様も、おそらく私の言葉の意味するところを理解したのだろう。
そして同時に、私がエリザベスだった頃のあれやこれやを思い出したのか。それとも、自分の言い回しが絶妙だったことに気付いたのか。少しだけ、苦笑しながら。
「今日デビュタントを迎えた一人の女性に対して、だ」
ハッキリと、そう答えてくれた。
つまり、先ほどの言葉は婚姻の申し込みで間違いない、と。
となれば、私の返答はただ一つ。
「でしたら、お受けいたします」
その瞬間、幸せそうに微笑んだエドワルド様に、抱き寄せられて。
「必ず幸せにすると、約束する」
耳元で、まるで誓うように言葉を落とされた私は。それに応えるように、小さく頷いてから。
「お慕いしております、エドワルド様」
そう、ささやきを返したのだった。
その瞬間、私を抱きしめているエドワルド様の腕の力が、いっそう強くなった気がしたけれど。きっとそれが、私の言葉に対する答えだったのだろう。




