101.全ての出来事を
そうして連れて来られたのは、これまた見覚えのある談話室。
ここまでの道のりも、あまりにも知りすぎているものだったから。途中でどこに向かうか気付いて見上げた先で、エドワルド様はただ笑顔で頷くだけだったので。
(結局、全然話の流れが読めないんだけど……!?)
最後まで何も分からないまま、ただされるがままに、ここまで来てしまった。
とりあえず今理解できていることは、私がエリザベスと名付けられた犬だったという事実を信じてもらえたという、ただそれだけ。
これだけでもかなり大きな一歩だけれど、それ以上に状況についていけないせいで、なぜかその真実が霞んでしまっているような気さえする。そんなことはないはずなのに。
「どうぞ」
「あ、はい」
促されて、そのままディーノさんが引いてくれたイスに座る。訳が分からない状態でも、人間こういう時は素直に行動してしまうらしい。
その直後にふと、ここはディーノさんなんだと思ってから、そういえばいつもの女性の使用人の姿がなくなっていると、ようやく気付いた。
でも、私がその疑問を口にするよりも先に。
「さて。では改めて聞こうか」
私をここまで、半ば強引にエスコートしてきたエドワルド様が、同じようにディーノさんが引いた対面のイスに座りながら。
「どうして、犬の姿になっていたのか。そして、どちらが本当の姿なのかを」
一見優しそうな笑顔を浮かべながら、メガネの奥の瞳だけは真剣な眼差しで、こちらにそう問いかけてきた。
ここまできて、だからここに移動してきたのだと納得した私は、それでも一応ひと言先に告げておくべきだろうと考えて。
「長くなりますよ?」
そう、伝えれば。
「構わない」
短い頷きと共に、エドワルド様が答えてくれた。
ここまで言われて、話さない理由もないし。そもそも私の言葉を信じてくれているからこそ、そこまで真実を知りたいと思ってくれているわけで。
(今度こそ、大丈夫)
心の中で、そう自分に言い聞かせてから。そっと、深呼吸をして。
覚悟を決めた私は、身に起こったことを全て伝えるために、口を開いたのだった。
「ご存じの通り、現在デビュタントの準備のためオットリーニ伯爵邸に滞在させていただいているのですが……」
忙しい中、ひと息つける機会に森に出かけて、そこで森の魔女を名乗る人物から理不尽な理由で、突然犬の姿に変えられてしまったこと。そして、その姿ではオットリーニ伯爵邸に入ることができなかったこと。
あの日起こった、エドワルド様に拾ってもらう前までの全ての出来事を、私が話している間。誰一人として、口を挟むことなく。
「そしてまた、ある日唐突に人の姿に戻って、オットリーニ伯爵邸にいました」
最後まで私が話し終えたのと同時に、目の前に差し出された一杯の紅茶。見上げれば、そこにいたのは見慣れた女性の使用人。
どうやら、この準備のために一度姿が見えなくなっていたのだと、そこでようやく気付いた私は。お礼も込めて小さく微笑んでから、ありがたく紅茶をいただいたのだった。
一人で長々と話していたので、この一杯が本当にありがたい。
ゆっくりと口に含んで、喉の奥までしっかりと潤せば。無意識のうちに入っていた肩の力が抜けて、ホッとしたのと同時に、小さくため息が零れた。
「なるほど。森の魔女、か」
目の前ではエドワルド様が、難しい顔をして腕組みをしているけれど。どうやら本当に私の話を全面的に信じてくれているようで、以前のように追及されることもなく。
ただやっぱり、完全に理解が追いついているかといえば、そうでもないらしい。
「マッテオ、何か知っているか?」
「いいえ。残念ながら、全く」
「そうか」
おそらく、この中で最も物知りなのであろうマッテオさんに、確認を取ってはみるものの。やはり期待した通りの答えは返ってこなかったのか、天井を見上げながら長く息を吐いて。
「そもそも、人が犬の姿に変えられるという前例が、今までにないか」
そう結論づけたことで、一応の納得は得られたのか。エドワルド様は、再びこちらに視線を戻したのだった。
 




