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真実の愛って素晴らしい ~王太子殿下、も、頑張って探してくださいませ~

作者: 夏芭

誤字報告へのお返事は、活動報告にあります。







 カリカリカリ カリカリカリカリ


 コレッリ王国王太子の婚約者にして公爵令嬢であるアマーリアが立てる羽ペンの音を効果音に、王太子であるメルクリオは、装飾品や茶器だけが置かれた豪奢な執務机に頬杖を突き、今日もうっとりと空想世界へと羽ばたく。


「なあ、アマーリア。真実の愛、ってどんなものだろうな」


「さあ。見たことも聞いたこともございませんので、分かりかねます」


 適当に答えつつ、アマーリアは真剣な目で報告書へと目を通す。




 まあ、この地域も収穫高が下がっているわ。


 やはり一度、視察に行くべきね。




 近頃あがって来る報告書がどれも収穫高の減少を訴えるものばかりなのが気になり、アマーリアは、既に幾度も申請しているにも関わらず、国王から許可がおりない視察について思いを馳せる。


「殿下。近年の収穫高の減少について、陛下はどのようにお考えなのでしょうか」


「え?そんなのどうでもいいよね。父上もそのように仰せだし。・・・・・ああ。それより、真実の愛だよ。君は見たことも聞いたこともないというが・・そうか、その目は節穴だったね可哀そうに。父上が最近になって漸く見つけた、と仰って片時も離さない方がいるんだよ。君も知っているはずなのだが、知らないふりとは、僕に捨てられるのが怖いのかな」




 ちょっと待って。


 落ちているのは、何年も同じ植物を植えているところみたい。


 でも、それで平気な所もあるし。


 


 何がどう違うのか、と更に詳しい資料を探しながら、くすくすと小馬鹿にした笑いを零すメルクリオにもアマーリアは返事をする。


 もう何年にも渡ってのことなので、何かをしながらメルクリオの相手をするのは不本意ながらアマーリアの得意となってしまっている。


「わたくしの目が節穴、でございますか」


「だってそうだろう。近頃父上は本当に幸せそうで・・・。本当に羨ましい限りだ」


 ちら、とアマーリアを見るメルクリオの目は残念だという思いに満ちている。


 アマーリアの事を普段から平凡でつまらない容姿だと言い切り、小賢しいところも気に入らないと眉を顰めるメルクリオにとって、確かにアマーリアとの婚約は不本意なのだろう。




 でも、わたくしだって望んだわけじゃない、むしろ断固拒否し続けたってこと、覚えていないっていうか、分かっていないのでしょうねえ。




 自分にとっても生家であるタスカ公爵家にとってもこの婚約は不本意で、これほどに仕事を押し付けておきながらのその発言、思考が自分にとっては羨ましい限りだ、と思いつつアマーリアは次の書類を手に取った。




 ええ!?


 この案件までわたくしに!?




 立場からいっても、アマーリアに任される書類など高が知れている、はずなのに、国王が真実の愛を見つけたと言って有能な王妃を排除してしまった結果なのだろう、その範疇を越えた書類がアマーリアの手元に届けられている。


 未だ婚約者に過ぎない公爵令嬢であるアマーリアに見せていいのか、と思う書類もあるものの、この国の王と王太子に任せておいては国が亡びるレベルで仕事が進まないほどにふたり揃って無能なうえ、政務をする気も無い。


 あるのはただ、夢見る真実の愛に巡り会いたいという思いと、それに対する行動力のみ。


『それなのに、政務を臣下に任せるなど矜持が許さないと仰せなのだ』


 そう言って頭を抱えていたこの国の宰相である父の顔を思い出し、アマーリアはため息を吐いた。


「殿下。夢を見るのもいいですが、コレッリ国の現実をみて」


「現実!そうか!夜会を開こう!国内外から多くの客を招いて、真実の愛の相手を探すのだ!」


 これは名案だ、と、気に入りのティーカップが揺れる勢いで立ち上がった王太子メルクリオの手元には、一枚の書類も無い。


 彼は真実、政務はすべてアマーリアがすべきことだと信じて疑わない。


「はあ。名目は何とします?」


 政務はしないくせに無駄に行動力のあるメルクリオを止めても無駄、むしろ被害が大きくなるばかりだと身に染みているアマーリアは、せめて被害を最小に抑えるための体勢を整えるべく、段取りを考える。


「父上の在位九周年を祝って」


「畏まりました」




 もう、これ以上忙しくなるとか最悪。


 やってられない、っていうのよ!




 その場の書類を投げ出し叫び出したくなるのを何とか堪え、予算捻出のため父はじめ大臣達に相談しなければ、とため息吐くアマーリアにメルクリオは満面の笑みを向けた。


「なあに、そこでアマーリアが真実の愛を見つけることだってあるだろう。そうなれば僕は潔く婚約を解消するし、その相手との婚姻を必ず結べるようにしてあげるよ」


 


 まずは父上と財務大臣と、あと国王在位の祝いとなると外務大臣・・・。




 夜会を開く、と言ってもメルクリオに具体的な案があるはずもなく、アマーリアはメルクリオの言葉を実現すべく父宰相や各大臣の予定を確認していて、ぴくりとその耳を動かした。


 それは、今まで適当に会話をしてきた反応とはまるで異なる動きだったのだが、そのようなことに気づかないメルクリオは、ただ見下すようにアマーリアを見つめる。


「本当ですか?」


「ああ。君がいい、なんて言う令息が居るとも思えないから、本当に万が一、いやそれ以上の確率でそんなことがあれば、だけれどね。それほど心配なら、証明書を残しておこう」


 日頃からアマーリアのことを、真面目すぎてつまらない、平凡な容姿のくせに貞淑だなんて愚かなうえに小賢しい、と蔑んでいるメルクリオは、ささっとアマーリアが真実の愛を見つけた場合婚約を解消する、との署名をした。


 その行動にも目にも、どうせアマーリアを欲しがる奴などいない、と侮蔑の色が如実に表れていて不快ではあったが、この馬鹿王子との付き合いも後少しと思えば耐えられる、とアマーリアは優雅に微笑んで追加を望む。


「あと、婚約解消の後はどのような事柄においても、王家と当方は、一切、二度と、関わり合いを持たない、としていただけますか?」


「ん?というと、そうなった場合、二度と君とは関わり合いにならなくていい、ということか」


 アマーリアの事を、婚約者にしてやった、と信じているメルクリオは、それが政務を丸投げできなくなるということだと気づくこともなく、素晴らしい提案だと身を乗り出した。


「はい。そして当方をわたくし個人ではなく我が家門としていただければ、わたくしとの婚約解消後、我らは二度と陛下はじめ王家の関係者にお会いしないことはもちろん、書面を通しても繋がりを持たない、臣下でもなんでも無い状態になる、ということですわ」


 それが、国の基盤を揺るがすことに繋がるなど思いもよらないメルクリオは、アマーリアの言葉に益々瞳の輝きを強くした。


「それはいいな。君自身、ちっとも魅力は無いのに婚約してあげている僕に対して色々うるさいし、君の父親は宰相だからって政務に口を出そうとするからね。目障りだ、って父上もよく言っている」




 よく言うわ。


 わたくしと、わたくしが相談するお父様はじめ各大臣がいなければ、今頃国は無くなっているというのに。




「それでは、陛下にもご同意いただけますでしょうか。ご署名いただきたいのですが」


 思いつつも一歩下がった物言いをしながら、アマーリアは自分と父をはじめとしたタスカ公爵家一門の積年の夢が叶うと胸躍らせた。




 長年我慢に我慢を重ねた甲斐あって、準備は万端なのだもの。


 これで王家と完全に縁が切れれば、みんな幸せになれるわ。




「ああ。煩い王妃をやっと追いやって、漸く巡り会った真実の愛の相手と蜜月を過ごされているから時間があるか難しいが。いいよ、もらってあげる」


「ありがとうございます」


 王太子同様無能で怠惰なうえ、国を支え続けた有能な王妃を冤罪で追いやり、贅沢するしか能がない若い愛人と離宮に籠っている国王の何が忙しいのか、と思いつつもアマーリアはちらとも表に出すことなくそう言って、しっかり婚約解消とそれに付随する各種の誓約書を受け取った。










「アマーリア嬢、久しぶりだね」


「セレスタン殿下、ご無沙汰しております」


 メルクリオが真実の愛を探し見つけるため、というくだらない理由を隠し催された国王在位九周年という、何とも半端な年での祝い。


 その席で、友好国の第二王子であるセレスタンに話しかけられ、アマーリアは淑女の礼を取った。


 常日頃から親しくしている間柄であろうとも、公式の場ともなれば互いの立場が優先される、そんな状況が今日のアマーリアにはもどかしい。


「それにしても、君の国は相変わらずだね」


 苦笑と共に言われた言葉に、アマーリアは目を伏せる。


「お恥ずかしい限りでございます」


 そう言ったアマーリアは、セレスタンに言われるより早くから、国王と王太子に向ける周囲の目の冷たさに気づいていた。


 それは、仮にも一国の王である彼と、その世継ぎである彼に注がれていい視線ではない。


 しかしそうであっても仕方の無い状況に、国外からの賓客ばかりでなく国内貴族でさえも、国王と王太子から有り得ないほどの距離を取っている。




 それもそうよね。


 あれじゃあ。




 思い、深い溜息を吐きたくなるのを懸命に堪えるアマーリアの視線の先で、国王は派手に着飾った若い妾に溺れる姿を恥ずかし気もなく晒し、王太子は真実の愛とやらを求めて次々と見目よい令嬢達の間を渡り歩く。


 そんなふたりはとても充実した表情でこのうえなく楽し気だが、それ以外の者達は苦い顔を隠すこともしない。


「君を責めている訳ではないし、この国の貴族があのようではないことも知っているつもりだよ。しかし、いくらなんでもあれは」


 幼い頃からアマーリアを知っているセレスタンの言葉に、アマーリアはうっそりと微笑んだ。


「分かっていますわ。けれど、わたくしではあのおふたりをどうしようもありませんので堪えて来たのですが、先頃、素敵なものをいただきましたの」


 王太子が、余り無作法に令嬢に絡むときにはさり気なく邪魔に入るように、と会場に招待客として配備している騎士に指示を出しながら、アマーリアは、にっこりと微笑んだ。


「その笑顔。君がそういう顔をするときは何か、思いがけず君の望みが叶うときだと思っているのだが?」


 先ほどまでと異なり、楽しそうな声と表情になったセレスタンに、アマーリアは全開の笑顔を向けた。


「当たりですわ!わたくし共、この度自由を手にしましたの!」


 そう言ってアマーリアが、嬉々として手に入れた誓約書の説明をすれば、セレスタンも歓喜の表情を浮かべた。


「そうか!それがあれば、第二王子である私との婚姻も可能だね!?」


「ええ!セレスタン!私はもう自由よ!」


 言うなり飛び付いたアマーリアを抱き留め、セレスタンはその場でくるくると回る。


 夜会でこのような態度は褒められたものではないが、今日は真実の愛を結実させた記念日となる、その事実を周知すべく、アマーリアは満面の笑みでセレスタンに抱き付いた。


 幼い頃から正式に婚約していたにも関わらず、コレッリ王家の要請で王太子メルクリオの婚約者とされてしまったアマーリア。


『婚約者がいる、って言ったって相手は第二王子なんだろう?格上である王太子の僕が婚約してあげるんだから感謝するんだね』


 王命で婚約者となった日、そう言った王太子の醜悪な笑みを、アマーリアは今でも怒りと共に鮮明に思い出せる。




 何が格上よ。


 何ひとつセレスタンに敵うものが無いのに。




 メルクリオ本人が、端麗だと自画自賛する金髪碧眼の容姿とて、その怠惰さが滲み出たようにだぶついた肢体や、優雅さの欠片も無い仕草を見て心惹かれる訳も無い。


 それなのにメルクリオは、剣の稽古で固くなったセレスタンの手を嘲笑い、兄である王太子を支え率先して政務にあたるセレスタンを、貧乏くさいと馬鹿にして来た。


『王子であるのに自ら剣を取り、率先して働かねばならないなど哀れだよな』


 言いつつ口いっぱいに物を頬張り、その口を大きく開けて笑っていたメルクリオを思い出し、二度とあのような席に同伴しなくてよいのだ、と、アマーリアはしみじみ嬉しく思う。


「セレスタン殿下。ついでに、この国の掃除を共にいたしませんか?」


 いつのまにか傍にいたアマーリアの父、タスカ公爵が言えば、彼の周りの有力貴族達もうっそりと微笑んだ。


「掃除か。不慣れではあるが、アマーリアと共に在るためならば全力を尽くそう」


 そんな公爵にセレスタンもまたうっそりと笑い返し、ふたりはしっかりと握手を交わした。










 その三か月後。


 コレッリ王国の王城は、反乱軍によりあっさりと占拠された。


「何故だ!何故近衛まであちら側に居るのだ!」


「放せ!僕は王太子なんだぞ!」


 王城内にさえ味方のいなくなっていた国王と王太子は、あっさりと使用人達に見放され、最後まで自分達を守ると思っていた近衛によって身柄を拘束され、いとも簡単に連行された。


「ああん。あたしは、王様の最愛なのよ?閨での耐久だって抜群だ、って王様が褒めてくれたの。ねえ、試してみない?」


 国王と睦み合っている真っ最中だった国王の真実の愛の相手である愛人、身分としては今も男爵夫人である彼女は、寝室に乱入して来た反乱軍の男に擦り寄るも軍靴で蹴り飛ばされ、そのまま気を失って連行された。








「真実の愛、かあ。メルクリオ様は、見つけられるかしら」


 元コレッリ王国王城の見晴らしのいいテラスに座り、アマーリアは紅茶のカップを手にため息を吐いた。


「極悪人揃いの最北の採掘場とはいえ、不可能ではないだろう。彼次第さ」


 彼女の向かいに座っているセレスタン。


 その指にある自分と揃いの指輪を見つめつつ、アマーリアは淡く微笑む。


「確かに、そうね」


 メルクリオ元王太子が求めた、真実の愛。


 それを見つけるに、極悪な環境と名高い最北の採掘場が適切かどうかは不明だが、絶対に不可能ということはないだろう。


 セレスタンの言う通り、すべてはメルクリオ次第だとアマーリアは頷きを返す。


「そんなことより。アマーリア、君はぼくの最愛だという自覚をもっているかい?」


 身を乗り出すようにして言われ、アマーリアは目を見開く。


「なあに、突然」


「突然じゃないさ。前王家の断罪も済んで、国も漸く落ち着いたんだ。ぼくは暫く、最愛の君と、最愛二号ちゃんのことだけを考えたいね」


 言われ、アマーリアは漸く自分達が手にしたまあまあ長い休暇を思う。


 つわりの時も、碌に休みを取れなかったアマーリアを誰より気遣ってくれたのはセレスタンだった。


『だって、ぼくが堪え性の無かった結果で、でもとても嬉しいことだからね』


 つわりの苦しさを代わってあげることは出来ないけれど、と幾つもの公務を肩代わりしてくれた夫を見つめ、アマーリアは幸せな気持ちになる。


「まあ。仕方の無いお父様ねえ。でも嬉しいわね、最愛二号ちゃん」


 自分にとっても最愛二号だ、と、アマーリアがまろみを帯びたお腹に話しかければ、セレスタンがその隣へと移動してきた。


「最愛二号ちゃん。ぼくの最愛一号は君の母君であるアマーリアで、アマーリアの最愛一号は君の父であるぼくだけれど、悲観することはない。君には君の、最愛一号がそのうち現れるんだからね・・・業腹だけれど」


「まあ、セレスタン様ったら。未だ生まれてもいないのに」


 ふふふ、と笑い合う国王夫妻を見守る侍従、侍女の視線はとてもあたたかく、未来への期待に満ちている。


 


 アマーリアとセレスタン。


 ふたりは忙しい政務の合間、こうして癒しの時間を持ち。


 またそれを原動力に、大臣達との協力のもと、新しい国を精力的に発展させていった。












ありがとうございました♪

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