サタン
三人が神の国で自由を謳歌して長い年月が過ぎた。何の苦労もなく、老いることもなく、何も持たないが何も必要としない、そんな生活である。アダムは神とイヴを愛し、イヴは神とアダムを愛した。そしてルルは神を愛した。
ある時イヴが森へ出かけた際、綺麗な実のなる木の下で一匹の蛇に出会った。
「やあ、そこの美しい女、この実を食べてみないかい?」
「いいえ、それは神が食べてはいけないと定めた、たった一つの約束の実です。食べるわけにはいきませんし、もちろんあなたも食べてはいけませんよ」
「その約束は、神が恐れているからですよ?この実を食べると神のようになんでも理解できるようになってしまうのです」
「そんな嘘に騙されはしません。神のようになれるなどと言うことあるはずがない」
「そんなはずがないなら、何故この実を食べてはいけなのでしょう。なにも起こらないならば食べても問題ないはずではありませんか?あなたがもし神のようになれるはずがないと思っているなら食べてみたらいい」
「そうやって私を騙そうとする目的はなんですか?あなたはいったい何者なのですか?」
「私はこの実を食べただけの蛇ですよ。名前はサタンと申します」
「それであなたは神に近づけたのですか?」
「もちろんです。こうやってあなたと話していることが何よりの証拠」
イヴは少しだけ考え込んでしまった。サタンと名乗った蛇はさらに誘惑を続ける。
「いいですか? あなたは産まれた時から男の妻になると定められています。しかし、本当にそれが正しいことなのかはあなたにはわからないでしょう」
「神がそう定めたのだから正しいに決まっています。それ以外を考える必要なんてありません」
「それは愚かというものです。この実を食べると正誤善悪が認識できるようになるのです。それはこの世で神とこのサタンのみがもつ理解の力です」
イヴは言葉を返すことができずにいた。サタンの言葉に耳を貸してはいけない。頭ではそうわかっているものの、理解の力に興味を覚えて仕方ないのだ。
「もしあなたがこの実を食べて理解の力を手に入れたなら、あの男にも食べさせると良い。さすればお互いのことがもっと理解しあえることでしょう」
「理解しあえる…… それは素晴らしいことかもしれない。今は神に決められているから一緒にいると言うことなのでしょうか」
「その答えを出すのは私ではありません。理解の力を得たあなたのすることではありませんか?」
「わかりました、そこまで言うのなら試してみましょう。本当にこの実にそんな力があるのかどうか、私自身が確かめてみます」
イヴはそう言って、真上になっている実を一つもいで一口齧った。するとパッと視界が開けたようになり、周囲に見える物が今までとは違って見えたではないか。
「さあお行きなさい、あの男にも食べさせるのですよ。あなた方の理解を深め、真実を知るために」
イヴは自分がかじった実を握りしめ、アダムの元へ走っていった。