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疑心暗鬼がささやいても

掲載日:2021/11/28

 ゼビディは、いつも愛想笑(あいそわら)いばかりうかべているような男です。

 仕事場の仲間や、それなりに話せる友人はいましたが、常に(かれ)らの顔色をうかがっているような感じでした。

 それでいて自分では、自分自身を『人の話をよく聞き、周りと合わせられる分別のある人間』だと考えていたのです。


 ところがここ最近、ゼビディは他人が自分の事ををどう思っているかがやたらと気になるようになりました。

 さっきのあいつのちょっとした仕草は、自分に対してうんざりしているから出たものではないのか。

 この前ほめられたような気がしたけど、それには何か(ふく)みがあったのではないか。

 そんな事ばかり気にするようになりました。


 仕事場で失敗を指摘(してき)されると、ふだんから自分を良く思っていないからこそ、こんなに強く注意してくるんだろうなと感じてしまいます。

 逆にほめられると、無理してほめているんだろうなと考えてしまいます。

 一度気になりだすと、なかなかそれが止まりません。

 しかし、相手に直接聞く訳にもいきませんし、ゼビディにそんな勇気はありませんでした。


 そんなある時、仕事終わりに仲間と雑談をしていると、お調子者のマークがいつものように他愛もない自慢話(じまんばなし)を始めました。

 ゼビディはいつものように愛想笑(あいそわら)いをうかべながら話を聞いていましたが、マークがおもむろに(かれ)の方を向いて言いました。

「悪かったな。いつも大人しいお前さんには理解できない話だよな?」


 ゼビディはその言葉に自分の事をひどく傷つけられたような気がして、頭が真っ白になりました。

 マークも、それ以外の人間も、今までずっと自分の事を『何を考えているか分からない、すっからかんな人間』として(あつか)ってきていたかのように思えてしまったのです。

 思い返してみると、今までの他人の自分に対する行動全てがそうであったかのように思われました。

 居ても立っても居られなくなったゼビディは、足早にその場を後にしました。


 部屋に(もど)ってから、自分のした行動におののいたゼビディでしたが、もう時間を(もど)すことは出来ません。

 明日から一体どのような顔をして仕事場に行けばいいのでしょうか。

 自分の事を分別のある人間だと思っていましたが、そう思っているのは本当に自分だけでした。

 きっと今までも他人からは『頭の足りない(やつ)』だと思われていたのだろうし、さっきあのような行動を取った事で、周りの人間はなおさらそのように思った事でしょう。

 

「おい」

 途方(とほう)に暮れていた所に何者かが話しかけてきたので、ゼビディは思わず(だれ)だ、と声を上げました。

「どこを見ている? ここだよ、ここ。お前の左肩(ひだりかた)の上だよ」

 声に言われるがままに左肩(ひだりかた)を見ると、小人のようなものが自分の肩の上に乗っているのが分かりました。

 正確に言うと、それは小人ではありませんでした。

 真っ赤な身体に、頭から生えた2本の角。

 口からはするどいキバがはみ出しています。

 そんな恐ろしい姿をした、小指ほどの大きさの生き物が立っていました。


「ひいっ!?」

 情けない声を上げるゼビディの様子を見て、小鬼(こおに)は笑いました。

「はっはっ、みっともない声を上げるな。別にお前に害をなすつもりはないぞ?」

「お前は何だ? 悪魔(あくま)(おに)の類いか!?」

 手で(はら)い飛ばそうとしても、なぜか手をすり()けてしまいます。

 小鬼(こおに)はゼビディを見すえて言います。

(おに)、か。そうだな、ひとまず『疑心暗鬼(ぎしんあんき)』とでも名乗っておこうか?」


疑心暗鬼(ぎしんあんき)……? それがお前の名前なのか?」

「名前、というか性質と言った方が正しいだろうな。(おれ)はお前の心から生まれた。いいや、お前の心そのものと言ってもいい」

「何を言っているんだ!? そんな訳がないだろう! (ぼく)の心の中に、お前みたいな不気味な(やつ)がいる訳がない!」

 再び自分の事を(はら)いのけようとするゼビディの手をよける仕草をしながら、小鬼(こおに)は続けます。

「ほら。そうやってお前は(おれ)の事をずっと見て見ぬふりしてきた。しかし、いつまでも自分の心に背き続けることは出来ない。だからお前はさっきみたいな行動を起こしたのだろう?」

「えっ……?」

 ゼビディの手が止まります。


「さっきの頭のおかしい行動を、(ぼく)自身が望んでいただって!? そんな訳ないだろう! お前が(ぼく)に何か悪いことをしたんじゃないのか?」

 動きを止めたゼビディを、小鬼(こおに)はあきれ顔でながめています。

「お前は人に合わせる事に注意を(はら)いすぎた。他人の声に耳を(かたむ)け、他人に合わせた表情を作り続けるうちに、自分の心の声すら聞けなくなっていたじゃないか」

「心の、声……?」

「お前はここ最近、ずっと他人の事が気になっていただろう? 本当はこうじゃないかと人を疑う事も多かった。それが全て、お前の心の素直な働きによるものなんだよ」


「そんな事言ったって、自分の心の声なんて聞いたら、ろくな事にならないじゃないか。お前みたいなのの言うとおりにしろって言うのか?」

「全く、強情な(やつ)だな」

 大あくびをしてから、小鬼(こおに)はゼビディをさとしました。


「お前の周りの人間を見てみろ。そいつらはお前に合わせようとしているか? お前に注意を(はら)っているか?」

「それは……」

 ゼビディは言いよどみます。

「だろう? (だれ)もお前のために心を()し殺したりなどはしない。なのにお前だけは周りに合わせるために心の声を()し殺し続けている。おかしいとは思わないか? なぜお前は自分がそんな事をする義務があると(かたく)なに信じているんだ?」

「それは、自分は面白い話も苦手だし、周りをしらけさせる位なら(だま)って合わせる方がずっといいと思っているし、何よりそういう風にする事こそが分別ある態度だと思っているから……」

「だが、それが今日限界に達した。そういう事だろう?」

 小鬼(こおに)の言葉に、ゼビディは言い返すことが出来ませんでした。


「バカが。何が分別ある態度だ。心の声を無視して、愛想笑(あいそわら)いをうかべ続けて何になる。なぜ心のままに生きようとしない?」

「……しかし、心のままに生きろと言われても、何をすればいいのやら……」

 声をしぼり出すようにして答えたゼビディに対して、小鬼(こおに)はこう言いました。

愛想笑(あいそわら)いをやめろ。人に合わせるな。他人はお前の思っている通り、心の中でお前をぞんざいに(あつか)っている。だったらそんな連中の事などどうでもいいだろうが」

「そんな事を……?」

「お前をののしる(やつ)はののしり返せ。殊更(ことさら)に心配するふりをする(やつ)もののしってやれ。お前が(だれ)からも好かれていないのは自分が一番よく知っているだろう。ならばなぜお前は平身低頭(へいしんていとう)して相手の顔色をうかがう必要がある? 相手に(きら)われてこちらも相手を(きら)う方が、はるかにお前の心のためだろうが」

 そんな具合に、好き勝手を言い終わると、小鬼(こおに)はたちどころに消えてしまいました。


 さっきのは一体何だったのか。

 あの小鬼(こおに)の言葉は真実なのか。

 そんな事を考えながら、ゼビディは(ねむ)れない夜を過ごしていました。

 自分の心の自然な働きとして、他人を疑っているのは確かなのかもしれません。

 それなのに他人に合わせようとするのだから、苦しくなるのも当たり前の事なのでしょう。

 だから今日、愛想笑(あいそわら)いを続けることが出来なくなってしまったのです。


 だからといって、小鬼(こおに)の言葉通りにすることは本当に正しいのか。

 あるがままの心で、他人の心の中を(かん)ぐったり、他人など構うものかという態度で生きてもいいものなのか。

 そうする事でしか、自分の心を守る事は出来ないのだろうか。

 そんな事を、ゼビディは延々と考えていました。


 その時、部屋の(かべ)にしつらえられた(たな)が急に外れて、上に乗っていたものが(ゆか)に散乱しました。


 ゼビディはベッドから起き上がり、うんざりした様子で(ゆか)を片付けました。

 (たな)を直すのは今度にして、とりあえず散らかったものを一つ所にまとめます。

 そんな風にしている時、一冊の日記に目が留まりました。

 (たな)の上に置きっぱなしにしていた、数年前の日記です。

 何となく気になって、適当に日記のページをめくったところ、ある言葉が目に飛びこんできました。


『実際の心のありようとは関係なく、その人の行動によってどのような心の持ち主なのかという評価が下される。どれだけ美しい心の持ち主だとしても、行動に表さなくては無意味である。逆に、ひねくれた心の持ち主だとしても、正しい行動を心がければ善い心の持ち主だと評価される』


 何かの本から書き写したものなのか、それとも当時の自分が考えて書いたものなのかは分かりませんでした。

 しかし、ゼビディにはなぜかこの言葉が印象に残りました。

 急いでメモを取り出し、この言葉を書き写して、仕事場に着ていく服のポケットに(しの)ばせました。

 その作業を終えると、再びベッドの中に(もぐ)りこみました。


 仕事場に着く前に、ゼビディはもう一度メモを見返しました。

 周りの人間と軽くあいさつを交わし、いつも通りに仕事に取りかかります。

 午前中は、特に変わったことはありませんでした。

 ただ、周りの人間が自分の事をそれとなく()けているという事は、ゼビディにはよく分かりました。


 昼休憩(ひるきゅうけい)の時に、ある男がゼビディに話しかけてきました。

 たまに話したりすることがある程度の付き合いの、ロイという男です。

 昨日、ゼビディがマーク達の前から立ち去ったのを見ていた人物でもあります。

 ゼビディは、少しだけ身構えました。


 自分を笑いものにするつもりなのだろうか。

 そうでなくても、自分の行動について何らかの意地の悪い指摘(してき)をするかもしれない。

 ロイも自分の事を『足りない(やつ)』だと思っているのだろうか。

 ゼビディの頭の中にそんな考えがよぎりますが、心は平静を保てています。

 

 ロイはそうした想像とは異なる言葉をかけました。

 昨日の事があったから、お前の様子を心配していた。

 あそこでマークをたしなめなかった自分にも非があった、というような事でした。


「そら、始まったぞ!」

 突然(とつぜん)、ゼビディの左肩(ひだりかた)に昨日の小鬼(こおに)が現れました。

「言ったよな!? この手合いは心配しているふりをしているが、腹の底ではお前の事を笑いものにしているんだ! 分かるよな!?」

「……」

 ゼビディは、小鬼(こおに)には目もくれません。

「お前の心の声に従うんだ! こんな(やつ)のおためごかしを真に受けるんじゃない!」

「……」

 ゼビディ自身も、小鬼(こおに)の言っていることはよく分かりました。

 しかし、(かれ)の心のありようは、昨日とは(ちが)っていました。


「いいや、あれは(ぼく)が悪かった。きちんと言葉で自分の思いを伝える事が出来なくて、あんな行動を取ってしまったことを()ずかしく思っている」

 そう言って、笑顔をうかべました。

 小鬼(こおに)はあきれ果てた顔で見ています。


「お前がどういうつもりであんな事をしたのか、全く理解できないね」

 仕事帰りに、小鬼(こおに)がゼビディの左肩(ひだりかた)の上でぶつくさと小言をもらしていました。

「お前の心を守ってやれるのはお前しかいないんだぞ? お前が心のありようのままに動かなくてどうするんだ?」

「心に従うだけが、必ずしも正しいとは限らないんだよ。きっと」

 さっきよりもすっきりした様子の顔で、ゼビディが答えました。

「確かに(ぼく)は、心の底では他人を疑ってばかりだ。心と反する愛想笑(あいそわら)いもしょっちゅうしている。だけど、行動は行動、心は心だ。ただ心のままに生きるんじゃ、いつまで経っても何も変わらない」

「ケッ、それが出来なかったから(おれ)が出て来てやったんだろうが」

 小鬼(こおに)はとても不愉快(ふゆかい)そうな顔をしています。


「確かに(ぼく)間違(まちが)っていた。自分の心を見て見ぬふりして、ただ人に合わせる事が分別ある態度だと思っていた。行動ありきで心をぞんざいに(あつか)ったから、そのせいで苦しくなった。だけどこれからは(ちが)う」

「ほう、何が(ちが)うんだ?」

「自分の心のありようは目をそらさずにちゃんと見るようにする。それはそれとして、どんな行動が望ましいかは自分で決めていく。だから自分の心のありようを見て見ぬふりしたり、心の声を無視したりなんてしない」

 小鬼(こおに)はあきれ顔で、ゼビディの横顔を見ていました。


「覚えておけよ。またお前のせいでお前の心がつぶされそうになったら、(おれ)は何度でも出て来てやるからな」

「そうならないように気を付けるよ。でも、君が来てくれたおかげで、(ぼく)は自分と向き合う事が出来た。そういう意味では感謝しているよ」

「ケッ、言ってろ」

 左肩(ひだりかた)小鬼(こおに)が消えた後、ゼビディは部屋に向かって歩き出しました。

 ただ愛想笑(あいそわら)いをするのではなく、自分の心と向き合いながらも望ましい行動を選び取る。

 それは決して簡単な事ではないですが、今日から自分の行動を変えていけるはずだという確信がゼビディの足取りを軽いものにしていました。

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― 新着の感想 ―
[良い点] 大人の童話、ネガティブ版、といった感じです。 いや気にし過ぎやろw 考え過ぎやでww とは思うのですが、気になるんだから仕方がない。(^_^; 人間なんて勝手なものですし。 前作『みにく…
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