その3:別れの言葉と妹の出現
「なぁティア。魔王って何をしたらいいんだ?」
食後、俺にあてがわれた部屋――魔王が使用する部屋――に戻った後、コーヒーを淹れているティアに聞いてみた。
「特に何もありませんよ。人間を攻撃する必要も世界を支配する必要もありませんし」
する事が何もないだと?
「じゃあ何故俺を召喚したんだ? 何もすることのない、お飾り魔王として召喚されるのは我慢ならんのだが?」
言葉に怒気を含めて問いただす。
「すみません。ですがこの世界には魔王様が必要なんです」
心の底から申し訳なさそうに謝るティアを見て、興が削がれた。
「……はぁ。……わかったよ、もう召喚されたことについては何も言わないよ」
……全く。あ〜あ、あと数日であのマンガの最新刊が出たのにな〜。
それに光と出掛ける予定があったのに……。そういえば家族への別れの言葉を言ってなかったな。
父さん、母さん、俺は異世界で魔王として生きていきます。俺は元気なので、何も心配しないで下さい。あと、光のことを頼みます。
超絶ブラコンの光は俺が居なくなったことで暴れると思いますが、その時は俺の部屋からYシャツを持ち出して与えてください。そうすれば落ち着くと思います。それでも落ち着かなければ俺の下着を与えてください。アイツは知られていないと思い込んでいますが、俺の下着の匂いを嗅いで嬉しそうにしているのを、俺は知っています。それでも止まらない場合は俺の部屋に放り込んで下さい。そうすれば俺の部屋は散らかるが、光は完全に落ち着きます。何ならそのまま俺の部屋で生活させてあげてください。その方が光も悦びます。
光が変態みたいに思うと思いますが、それは深すぎる愛ゆえの行動なので赦してあげてください。俺以外の人には迷惑は決して掛かりませんので。そして、どんなに変態な光でも俺にとっては可愛い妹なんです。
べ、別に俺は光を愛してなんかないんだからねっ!!
いやマジで、家族としての好きだから。
か、勘違いしないでよねっ!!
最後に光。ゴメンな、約束守れなくて。お前は約束したその日から日曜を凄く楽しそうに待ってたのに。こんなダメダメな兄ちゃんを好きでいてくれてありがとうな。俺は光のことは絶対一生忘れないから。これが俺ができる最後のことだから。お前は俺のことを忘れて幸せになってくれ。
コンコン
俺が届かないと分かっていながらも家族への別れの言葉を送っていると、誰かが来たようだ。
「入っていいぞ」
ドアが開き、一つの影が勢いよく入ってきた。
「お兄ちゃ〜ん!!」
入ってきた影は光で、俺に抱きついてきた。
「お兄ちゃん、お兄ちゃん、お兄ちゃん! あぁ、お兄ちゃんの匂いだ〜」
俺にしがみつき思う存分匂いを嗅ぎ、えへへ〜、と笑う光。
うん、やっぱり変態だな。流石超絶ブラコンの称号を持つ妹。俺が受け止めるしかないんだな。愛を受け止めるんじゃないぞ? 行動だけだからな。いくらなんでも血の繋がった妹の愛を受け止めることなんて出来ねぇよ。
「ティア、コーヒーをくれ」
光の頭を撫でつつ、コーヒーを要求する。
「あ、あの、魔王様?」
ティアは困惑した表情でおそるおそる訊ねてきた。
「コイツは俺の妹。名前は光。超絶ブラコンでいつもこんな感じだ。気にするな」
「そうなんですか。分かりました」
未だに匂いを嗅ぎ続ける妹を無視してティアとの会話を楽しんだ。
そういえば何故光はここにいるんだ?
俺の中で新たに疑問が一つ増えた。