その25:覗き、駄目、絶対。
「いきなりどうした? ノックもせずに入ってきて」
そう言えばそうですね。ノックをし忘れていました。
でも今はそんなことはどうでもいいんですよ。
「魔王様を見掛けませんでしたか?」
「目「……目の前に居るだろう、なんて戯れ言をほざいたら冗談抜きで殺すよ?」……見てません」
反応を見るに言うつもりでしたね。でも言わせません。つまらない冗談に付き合う気は私もクーロちゃんも全くありませんから。
「では、黒水晶で探して下さい」
知らないだろうと思っていたので、間髪入れずに此処に来た目的を話す。
「それは無理だ」
え?
「あの、もう一度お聞きしますが……」
「無理だ。何度聞かれても答えは変わらない」
「……どうしてなの?」
クーロちゃんが私達の共通の疑問を口にする。
「黒水晶は『見たいモノを見る』のではなく『見たいトコロから見る』魔法だ」
「「…………」」
私達が黙っているのを一瞥してから口を開いた。
「例えばの話だが、仮に我がティアの入浴を覗くとしよう」
「死にたいんですね。解りました。今楽にしてあげますよ」
「……ストップ、ティアちゃん」
何故止めるんですか? アルさんは私の入浴を覗いているんですよ。
「仮の話だ! 我は実際にはやってない!」
「そんな話、信じられません」
「それにだ。黒水晶は魔力の消耗が激しくて余り使うのは好きじゃないんだ。前はセイヤの気配を微かに感じて、それを確認する為に使っただけだ」
そんなもの知りません。だって私は使えませんので。
「犯罪者達はそう言うんですよ。自らの罪を隠すために」
「もう一度言うがあくまで仮の話だ! もしやっていたらティアよりも先にセイヤにバレてグッバイ胴体させられているぞ!」
「……いい加減にしやがれ二人とも。……黙らないとブチ殺すぞ」
何時もよりハッキリと、かつ低い声でクーロちゃんは無表情に言い放った。
ク、クーロちゃん? 目が本気なんですけど……?
「……ティアちゃん。今は魔王様を探しているんだよね? だったら黙ってアルの話を聞く。……アルが本当に覗いていたらその時に容赦無くボコボコにすればいいだけなんだよ。……アル、話を続けて」
「「は、はい!」」
こ、怖、怖い。クーロちゃん怖い。
「えっと、覗くとしよう。までだったか? この場合、『見たいモノを見る』ならばティアの入浴が見たいからティアを見ていれば良いし、タイミングが良ければ脱衣シーンから着衣シーンまで拝める訳だ。
だが『見たいトコロから見る』だと風呂場の何処かを最初に指定しないと見れないし、一度指定すると変更出来ないんだ。変更するには魔法を解いて、また新しく発動しないといけない。
つまり、脱衣シーンが見れないだけでなく、場所の指定をミスれば魔力を無駄にするだけになる、なんてこともあるわけだ」
一息を吐き、話を続けるアルさん。
「更に見たい場所を実際に自分の目で見て知らないと見ることは出来ないんだよ。要するに黒水晶は『自分が知っている場所から見える景色を見る』魔法なんだよ。簡単に言えば、さっき言った『見たいトコロから見る』魔法だ。だからセイヤを見ることは出来ない」
「……気配を感じて使うんでしょ? だったら魔王様の気配を今感じて黒水晶で場所を教えて」
そうですよ。気配を探れるならさっさと探して下さい。
「それなんだがな……、今セイヤの気配が全く感じられないんだよ」
どういうことですか!? 魔王様はこの城から一度も出たこと無いのに。
クーロちゃんも驚いているようですが。
「あぁでも安心しろ。この城からは出ていないから」
「……どうして分かるの?」
気配を感じられないのにどうして城からは出ていないことが分かるんですか?
「この城の外には遥か昔に我が掛けた魔法があるんだが、その魔法は地上でも地下でも上空でもその魔法に触れたら俺に触れた物の情報がある程度伝わる魔法でな、不可視で触れたことにも気付かない上に並大抵の者では魔力すら感じられない魔法なんだが、セイヤはそれに触れていないんだよ」
どうしてそんな魔法を掛けてるんですか、貴方は?
「……それは本当なの?」
「ああ本当だ。この魔法は城の周囲に筒状に掛かっているから地下深くだろうと遥か上空でも感知できる。この魔法に触れずに城に入る又は城から出るなら点で移動できる術が無いと無理だ」
点で移動する……? 意味が分かりませんね。
「……テレポート等の瞬間的に中~長距離を移動することだよ」
成る程、そういう意味でしたか。……何故クーロちゃんは口にしていない私の疑問に答えているんでしょうか?
それはそうと、私が今余り喋っていなかったのは仕様です。頭では思うけど、口に出す程の事ではない事ばかりなので口を開かないだけです。ワザとなのです。これも全てはメイドの嗜みです。
さて、今までの話を纏めましょうか。
「つまり、魔王様は外に一度も出たことが無いのでテレポート等の魔法は使えないのでこの城の何処かに必ず居るが、アルさんは気配を感じられないので探すことが出来ない。ってことですね」
美味しい所は持っていくのもメイドの嗜みです。但し、ご主人様――私で言えば魔王様――が傍に居る時は持っていかずにご主人様に差し上げるのが決まりです。
「ちっ、使えねぇな」
「……この役立たずが」
「え? 何それ? 我ってそこまで言われる筋合い無いよな? そっちが勝手に我の部屋に来たんだよな?」
まぁいいでしょう。この役立たずは放っておきますか。
クーロちゃんと目を合わせ、互いに頷き合う。どうやら同じ考えだった様ですね。
何か言っているアルさんを無視してクーロちゃんと部屋を出た。
「どうしたの? 二人とも何か元気無いね」
少し歩いていると光ちゃんと遭遇した。
「……ティアちゃん」
「はい、わかっています」
言葉少なくても意思の疎通をする私達。
これが最後のチャンス。そして最大のヒント。魔王様の妹君。
……今まで光ちゃんの存在を忘れていた事は内緒です。
「魔王様が何処に居るのか知っていますか?」
知らないと言われるともう諦めるしかない。
「え? お兄ちゃん居ないの?」
「はい。お部屋にお茶をお持ちしたのに居なかったんですよ」
私がそう言うと、少し驚いていた光ちゃんはクスリと微笑った。
「……何処に居るのか知っているの?」
クーロちゃんがもう一度訊ねると、光ちゃんはこう答えた。
「今日の夜空は晴れてますか?」
答えではなく質問でした。
「こっちの質問に答えて下さい」
「……ティアちゃん、ちょっと待って」
何ですか、クーロちゃん。知っているならさっさと教えて欲しい性質なんです、私は。
「……今夜は雲一つ無い快晴だよ」
「そうですか」
光ちゃんは一人納得して数回頷く。
いや、だから早く教えて下さい。いい加減怒りますよ?
「……そういう事なんだね」
「はい、そういう事です」
そういう事って何ですかー!?