「俺達の未来2021」
羅生門子によって見せられたこれまでの神宮羅生の全てを見終わって(途中でスキップして)、俺達の意識は現実へと戻ってくる。
目の前では、羅生門子がしたり顔で佇んでいた。
「嘘よ……こんなの……希望なんてないわ……!」
そして羅々は膝から崩れた体勢のまま泣きじゃくっていた。
「そう、これが神宮羅生、神宮羅門の数奇なる運命。私はループを繰り返す中で神宮羅生という個人を超越し、全く別の存在となった」
「故に、あなたは……」
「神宮羅生門子! 神宮羅生と神宮羅門が持つ全てのカルマを内包した新たな存在」
やってんねえ。
「私は最早自らの力で過去へ戻ることが出来る。核戦争は私の力を巡って起こったものだ」
うわ、全部俺と核のせいだ!
「こんな力があっても、今更やり直したところで別の存在となった私を救うことなどもう出来はしない」
「だけど! あなたの力で羅生と羅門を救うことが出来たハズよ! どうして!?」
「……そんなことをすれば私が消えてしまう。私自身が消えてしまったら、これまで私という存在が繰り返してきたものは何の意味もなくなってしまう……それは耐えられない」
「我が身かわいさじゃない! 失望したわ!」
盛り上がってんねえ。
「どうする兄さん。僕ら結構テンション違うよ? 合わせる?」
「……いや、きついだろ合わせるの。しかも俺ら途中でスキップしただろ? 結局どうやって羅生門子になったか見てねえじゃん」
「あー……」
いくら何でも不真面目過ぎたな。羅々の奴絶対全部真面目に見てるよ。
なんか悪いことした気分だな。
レンタルした映画スキップして要点だけ見た奴と全部劇場で見た奴くらいの温度差あるんじゃねえかこれ。
「知っているだろう。この神宮城に住む無数の羅生達を。私が過去を否定すれば、彼らは消えてしまうんだぞ」
「それは……」
空気合わせんのきついなぁ。
「それに、何をしたって運命は変わらない。どうあがいても神宮羅門は消える、志村詩織は死ぬ……私はもう、繰り返したくない」
神宮羅生が繰り返す世界で、その結末はいつも変わらなかった。
必ず羅門は死ぬか消え、そして詩織も死ぬ。
でも俺はこれ、少なくとも詩織に関しては俺が悪いと思うんだよな。何で毎回藤内の結婚式無茶苦茶にするの。無茶と苦茶なのか?
魁人に関してはわりとわからん殺しだけど。
「一つの可能性の私達よ。絶望したか?」
「……いや……別に……」
「何故……?」
ほんとに不思議そうな顔してる……。
「まあ、確かにしんどいけどさ……これで全部わかったんだ。いくらでも手の打ちようがあるだろ、帰ってから」
「そんなことをすれば羅生達は消えるぞ」
「……まあ、しょうがないというか……」
確かに気の毒ではあるがそれはそれこれはこれだ。
「何故ここに羅生達が集まっていると思う?」
「あ、そこわかんねーわ。そういや何で?」
「ここが最も平和で安全だからだ。この時代、この城の中にいればもう何も失うことはない。彼らは元の時代で誰かを失った者達だ。私はそれを何人もここに匿っている」
「まあ、そうかもなぁ……でもなんか、外にいる人達を犠牲にしてまでってのは違うんじゃねえか? ほんとにそいつら俺なのか?」
確かに見た目は俺だ。話してても俺っぽいなと思わないでもない。
でも俺は、少なくともこの俺は、そんな平和が欲しいとは思わない。
「ここに残りなさい、一つの可能性の私達よ……運命は変えられない。変えられるのなら……私は既に消滅しているハズだから」
「ねえ」
そこで不意に、今まで黙っていた羅門が口を挟む。
「神宮羅生門子……君が運命に負けるのは仕方がないかも知れない。君一人では抗いがたい運命だったと僕も思う」
後半スキップしたけどな。
「だけど、だからって僕達にまでその敗北を強要するのは違うんじゃないかな」
「何……?」
「よくわかったよ。君はもう、僕でも兄さんでもない。僕も兄さんも、そんな考え方はしないよ」
羅門の言う通りだ。
羅生門子は俺でも羅門でもない。自分のためだけに、過去の俺や未来を救える可能性を無視するなんて、俺達はしない。
「僕達の未来は僕達で変える。君にも、運命とやらにも勝手に決めさせたりはしない」
「……羅門!」
今まで余裕を持って話していた羅生門子が、突如として声を荒げる。
今にも泣き出しそうな顔で、羅生門子は羅門に手を伸ばす。
「お前が……お前が私の前からまた消えてしまう……」
「……」
「お前はいつもそうだ……何度ここへ来ても、同じ答えを出す。未来を変えようとする……だけどいつだって、お前が消えるだけで終わるんだ……」
羅門は珍しい。ここへ来てもすぐ消えてしまう。
それはそういう意味だった。
でも羅門は、不敵に笑ってみせた。
「その消えた僕ってさ、僕一人だったでしょ」
「……ああ」
「今度は大丈夫だよ。だって兄さんと二人だから!」
そう言って、羅門は勢いよく俺の肩を抱き寄せる。
それを俺は拒まなかった。
思いは同じだったから。
「そうだな。それもそうだ」
「僕と兄さん、二人でぐらとぐら! きっとなんとか出来るよ!」
その瞬間、羅生門子の身体が透け始める。
突然のことに驚いていると、羅生門子は諦めたように微笑んだ。
「…………そうか」
「羅生門子……?」
「どうやら過去が変わるようだ……君達の決意で。元の時代に戻る、君達の行動で」
「――――羅々!」
そしてそれは、羅生門子から生まれた羅々も同様だった。
彼女の身体もうっすらと透け始め、消えようとしていた。
「あ、あたし……」
「羅々……その……」
言いよどむ俺に、羅々はかぶりを振ってから屈託のない笑みを浮かべる。
「……良かった」
「え……?」
「この未来が変わるんだわ……2021年が、変わろうとしている。神宮三年が消えようとしているわ!」
「……羅々、二人を元の時代に送ろう。見送ってあげなさい」
羅生門子は再び、俺と羅門に手をかざす。
「さようなら。神宮羅生、神宮羅門。あなた達のおかげで、未来が変わるわ……」
「礼を言うのは俺達の方だよ。ここに来なきゃ、俺達の未来は羅生門子達と同じ結末を迎えていた。何のお礼も出来ねえのが悔しいくらいだよ」
そう答えると、羅々は少し照れくさそうにうつむく。だがすぐに顔を上げて、目に涙を浮かべながら微笑んだ。
「じゃあ、一つ……約束してくれる?」
「なんだよ」
「もし、もしあなたに娘が産まれたら……その時は……あたしの名前を、つけてくれる?」
それじゃあ娘までぐらになっちまうな。
でもそうだな……それも良いか。
「……ああ、きっとな」
「…………ありがとう」
羅生門子の両手が光を放ち始める。本当に過去へ帰れるのか不安だったが、今は羅生門子を信じるしかない。
「羅生門子……いや、兄さん」
「……なんだ?」
「…………僕達を、兄さん達を守ってくれてありがとう。でも、僕は行くよ」
「……行って来い、羅門」
羅生門子のその声が聞こえた時にはもう、俺達の視界から羅生門子は消えていて、表情は見えなかった。
だけどきっと、笑っていたと思う。
2009年9月20日。
気がつけば俺達は、あのデロリアンが止められていた場所に戻ってきていた。
時刻は出発前とほとんど同じで、まだ夕日が差している。
急いで詩織や岸田に連絡を取り、俺達が元の時代に帰ってきているのだということを確認し、胸をなでおろした。
「……夕飯どうする? カップ麺にする?」
「……いや、今日はなんか食いに行くか」
「ほんと!? どこ行く?」
「そうだな……今日は中華を食べに行こう」
「北京ダックだね! いつもの!」
今まで一回もお前と食べに行ったことないけどな。
「そうだ、鳳凰院に連絡しねえと」
「涼香に? 北京ダック一緒に食べるの?」
「いや、そうじゃなくてな。ちょっとあいつにしか頼めないことがあるんだ」
まずはフラグを折っておかないとな。
あれから数日後、俺達は鳳凰院家のパーティールームに集まっていた。
小洒落たテーブルクロスの敷かれたテーブルが並び、天井にはでかいシャンデリア。鳳凰院家らしい豪奢な部屋だ。
「ふふふ、いつぞやの焼き肉のお礼もかねて、今夜は全身全霊おもてなしさせていただきますわ!」
部屋の中には俺と羅門、鳳凰院の他にクラスの連中が集まっている。一部だけ呼ぶのもなんだか忍びないので、いっそのこと全員に声をかけたら驚いたことに全員集まってくれた。
テーブルの上の料理はまだ手つかずだ。主賓がまだ来ていないからな。
「いや、あの焼き肉はむしろ改めて謝りてえんだけどな……」
「細かいことは気にしないでくださいまし。さて、わたくしは主賓を迎えに行きますわ」
そう言って優雅に一礼すると、鳳凰院は側近の牧村を連れて部屋を出ていく。
「すごいね兄さん、みんな集まってくれた」
「……ああ。後はあいつが喜んでくれるかどうかだな」
主賓は気難しいところがあるかも知れない。というかよく知らない。
だけど俺は、そいつを楽しませてやりたい。
ずっと寂しい思いをしてて、気を許せる場所がなかったって言うなら、そういう場所を与えてやりてえ。
しばらくして、ドアを叩く音がする。
鳳凰院が主賓を連れてきたのだ。
俺達は一斉にクラッカーを取り出すと、主賓が部屋に入ってきた瞬間一気に鳴らした。
「!?」
突然のことに、そいつは目を丸くした。
「お誕生日おめでとう……魁人」
そいつは……海音寺魁人は、そう言った俺を見て困惑していた。
「神宮羅生……な、何で僕のことを……」
「……悪い。俺、お前のこと知らなかった」
「はぁ……?」
「よくわかんねえけど俺、お前を一人にさせちまったらしいから……」
魁人は俺の言葉に、どう答えれば良いのかわからなくなっている様子だった。
「だからこれから……これから始めよう。俺がお前の兄貴だって実感ねえけど、とりあえず一人にはしねえよ」
「……なんだよこれ……。鳳凰院家から招かれたと思ったらこんな……こんな……え……?」
魁人は怒っているようにも、喜んでいるようにも見えた。突然のことに感情が追いつかないのだろう。
そんな魁人に、羅門が駆け寄ってくる。
「ねえ! ご飯食べようよ! みんなで自己紹介してさ! 友達になろう、魁人!」
「お前……誰だよ……」
「それをこれから話すんだ! みんなでね!」
神宮羅生は、海音寺魁人のことを何も知らなかった。
でもそれは、海音寺魁人も同じだった。
だからちゃんと知り合えば良い。
友達になりゃ良いんだ。
それで一人じゃないってわかれば、思い詰めることもなくなるかも知れない。
「無茶苦茶だ……わけわかんないよ……」
「そりゃそうかもな。俺と羅門で、無茶と苦茶だからな」
「はぁ……?」
困惑する魁人を迎え入れて、パーティーは始まった。
騒いでいる内に魁人も少しずつ打ち解けて、冗談を言い合えるくらいにはなっていった。
「兄さん、今日のこと、あの時既に思いついてたの?」
パーティーが終わって家に帰る道すがら、羅門はそう問うてくる。
「なんとなく、な。お前がなんとか出来るっつった時に、まず何から始めっかなって」
俺と羅門と詩織だけ救うんじゃ駄目な気がした。
それよりもまずは、魁人を救ってやりたいと思った。
「魁人のやつが辛い思いして、俺を憎むくらい思い詰めてるなら……まずそこから救いてえなって」
「お兄ちゃんだね」
「ああ。親に出来ねえ時、弟を助けてやるのが兄貴の仕事なんじゃねえかな」
「……僕のことも助けてくれる?」
「つまんねえこと聞くなよ。俺とお前でぐらとぐら、きっとなんとか出来る……だろ?」
「……うん!」
そうさ、二人ならなんとか出来る。
どんな未来も変えていける。
運命なんて知ったことかよ。
2021年9月20日。
令和三年。
大急ぎで仕事を片付けた俺は、スーツのまま全速力で走っていた。
駅を抜け、病院まで辿り着いたところで、隣に羅門が並んできた。
「兄さん!」
「おう! 急ぐぞ!」
窮屈なスーツの俺と違って、羅門の奴はラフな格好をしている。良いなぁ、動画配信者。しかもこいつめちゃくちゃ当ててるし。
病院の受付で手続きをすませ、俺と羅門は分娩室へと案内される。
中へ入ると、赤ん坊の泣き声が聞こえてきた。
抱きかかえられた赤ん坊を見て、俺は安心のあまり腰が抜けそうだった。
「元気な女の子ですよ」
看護師にそう言われ、俺は赤ん坊を見て穏やかに微笑む。
「産まれてきてくれてありがとな……羅々」
泣きじゃくる赤ん坊を受け取って、俺はそっと抱き上げた。
これが、俺達の未来だ。
終