行方の知れない人びと
「たっ、助けてくれ! 助けてくれ! どうか、命だけは!!」
「ははっ、君ともあろう方が、命乞いなんかするの?
…………見苦しいよ、勇者」
「……っ!! わ、分かった、俺は良い、だが妻子は!!
あいつらはお前と、何の関係も無いだろう!」
「まぁね。生かしといてもよかったんだけど………君の妻って、コレだよねぇ?」
そう言って掲げられたのは………見るも無惨な、女性だった。
それを見た男は、顔色を変えて、妻を物のように扱う敵に襲い掛かる。
だがそれは、叶わなかった。
「………っとお。君、血ぃ登りすぎ。しょうがないじゃん、襲いかかってくるんだもん。元パーティーメンバーなのが仇になったねぇ」
「うるさい! 妻を返せ! 子を返せ!!」
「あんまりだよー、子はまだ殺してないでしょ?」
そう言って笑いながら反対の手を見せる。
当然、男は取り返そうとするが………。
「もー、落ち着いて? 君がやることは、一つだよ」
そう言って、ビンを投げる。
それを男は、咄嗟に受け取った。
「どう足掻いても敵わない敵なら、逃げるのが一番さ。それを飲んであの世へ逃げるなら、子だけは助けてやろう」
「………っ!!」
「魅力的な提案だろう? 苦しまずに、最愛の人のところにいけるんだから……」
「本当に子は…………!!」
「ああ」
口だけで笑う敵を前に、男はただ……信じることしかできない。
(………すまない。無力で、すまない、すまない………)
子を抱える敵を前に頭を地につけ、男はビンを飲み干す。
(元気でやれよ………レリック)
「…………さらばだ、魔王」
「ああ。人殺し同士、地獄で会おう。勇者」
はっと笑い、男は血を吐く。
残ったのは、大きな目で死んだ両親を見つめる赤子のみ。
「さて、と。君には大仕事をしてもらうよ。………親以上の死に目になるかもしれないけど、そんなのは生かしたのとで相殺だよねぇ………?」
赤子は変わらず、魔王と呼ばれた者を見つめる。
「あははははは………じゃあ最後に、私からのプレゼントだ。自慢すると良いよ、王や貴族に。魔王から貰ったーってね!」
スッと光が赤子を包み込み、そしてやがて消える。
あははははは………あははははは………
とても楽しそうに、魔王城に笑い声が響いた。
☀ ☀
ガバッと跳ね起きる。寝起きは最悪だった。
うずくまるように頭を抱える。
「くそっ………」
親が死ぬ姿というものは、見ていて楽しいものでもない。
だが幸か不幸か親をほとんど知らなかった。
………あいつのせいで。
心臓のあたりがズキリと傷む。
そこには、実に不気味な痣があった。
彼には、そこには呪いがかけられていた。
何か彼にもわからない、不吉な呪いを。
「やぁ、相変わらず辛気臭い顔だね、レリック。それじゃあ幸福だって逃げ出すよー?」
「…………煩い、どこから入った、出ていけ、帰れ」
「わぁご挨拶。せっかく良い情報持ってきたのになー」
「じゃあそれを吐いて、とっとと出ていけ」
「だから酷いってー。私は仮にも国王なのになー」
「知るか。ただの世襲だろう」
「んー、だけどさー、敬意ってものがさー」
「お前を敬っているわけがないだろう」
「えー!? 勇者なのにー!?」
悲しいなー、謀反でも起こすのかなー、と言う彼は全く悲壮感を含んでいなかった。
当たり前だ。何せ彼は、俺を信用しきってるのだから。
☀ ☀
「やぁ退屈そうだねぇ。君、なら私と遊んでよ」
そう言って馴れ馴れしく話しかけてきたのが十年前の彼だった。
当然その時は国王だなんて知らなかった。せいぜい二十くらいにしか見えない外見のせいで、言われても信じなかったが。
「………俺は忙しい。話しかけるな」
「へぇー、庭でぼうっとしてるのに?」
そのとき俺は、王宮で暮らしていた。
奇跡的に生き延びた、勇者の子として。
「っ、庭の監視だ!!」
「誰も通らないのに? 不毛じゃない? それより、一緒にチャンバラしよう?」
「………お前何かにはわからない! 大人なんかには!」
「ふーん、じゃあ君は私より子供なんだぁ?」
ケラケラと笑う男に腹が立ち、ならもう近付かないようにしてやろうと服をめくった。
「見ろ! 俺は呪われているんだぞ!」
「んー? それって、魔王からのプレゼントじゃないの?」
「そうだ! 魔王からの呪いだぞ!」
肩で息をしながら、精一杯睨み付ける。
すると彼は、にやぁと笑った。
「ふぅん? そうやって、いつも逃げられてきたのか」
「…………は?」
「…………良いねぇ、良い盾だ。あはははは…………」
濁った目で無邪気に笑う彼は、子供の目からも不安定に見えた。
ゾッとした俺が身を引こうとしたところで………腕を捕まれる。
俺は逃げようと足掻くが、子供の力ではピクリとも動かない。
「………そうだねぇ。たしかに、大抵の人間はそれで逃げるだろうねぇ。でもそれは、強い奴には効かないよ? 例えば………魔王とか?」
「……知るか。俺は……」
「無力なままでいるの? ただ世を恨んで、大人から逃げて?」
「っ…………お前に何が………」
「わかんないよ。私は、私の人生しか知らないし。でも君の父さんは、そんなのに満足する人間じゃなかった。それだけ言っておく」
「…………っ!!」
「私は君が怖くないよ。望むこと何だって教えてあげよう。君、気に入ってるからねー」
「………俺は」
「ああ、返事は急がない。また会ったときにねー」
それが最初の出会いだった。
☀ ☀
「んー、素質はあるけどねー、君は体力無いなー。まぁ君、小さいからなー」
「………っ、うるっ………さい………」
ゼエゼエと床に倒れる俺は、精一杯の虚勢を張った。
けれどそんなものは、彼には通じなかった。
「鍛えた方が良いねぇ。………そんなんじゃあ魔王は倒せないよぉ?」
「はあ!?」
俺はガバリと顔を上げる。
すると、不思議そうな顔をした彼がいた。
「………倒す気無いかぁ。ま、良いけどね」
「…………いや」
咄嗟に否定する。
正直そんなつもりはなかったが、彼にそう思われるのは癪だった。
「ゆっくり考えて。君はまだ、未来があるんだから………あ、でも一つ。魔王を倒すと、大抵のことができる魔力が手に入るらしいよ」
最後に一つ、爆弾を落としていった。
☀ ☀
「とにかく君は、水くさいよ。勝手に王宮を出ていったこともそうだけど……どうして私にそう冷たいの? 私は保護者みたいなものなのにさ」
「………お前が無神経だからだよ。寝てる他人の部屋に入るな。あとお前は保護者じゃない。早く情報を吐け」
「あーあー、私が可哀想。………情報っていうのは、魔王の居場所。とうとう影が掴んだの」
「………そうか」
魔王城が十五年前に燃えて以来、魔王の足取りは途絶えていた。
それがとうとう、見つかったという。
「そこそこ近いよ。ほら、地図。………そういえば、倒して手にいれる魔力で叶える願いって、決まったの?」
「…………」
「あー、教えてはくれないか。まぁ良いよ」
……何も喋る気はなかったのに、諦めたように笑う彼に心がざわつく。
そういえば最近ふと、理解できずに心が沈んだり、浮き足立つことが多くなった。
「………悪人を懲らしめる。それで、善人だけの幸せな世界にする」
「………………へぇ?」
彼の目が、キラリと光る。
面白いものを見つけたかのような、好奇の視線だった。
「………私の国は、不満かな?」
「………そうじゃない。ただ………いない方が良い人間もいるだろ。魔王とか」
「まぁね。……いなければいない方が良いだろうね」
「だろう? だから、俺はそれを目指す」
「…………ふーん、さすが真面目な君らしい。………ところで、その世界に僕はいるのかなぁ?」
一瞬、思考が停止する。
だが動揺はなんとか隠し、普通に答える。
「………殺してほしいというなら、殺すが」
「あははははは………はははははは………そう、そっか」
彼は姿勢を整え、俺を真っ直ぐ見つめる。
「真っ直ぐだねぇ君は。そんな性の赤ん坊の君に、魔王は惚れ込んだんだろうねぇ。………私は君のそんなところ、大好きだよ」
☀ ☀
「どういうことだ、国王! 何故おまえが魔王の城にいる!」
「あははははは…………簡単だよレリック、私が魔王だからさ」
「なぜ………なぜ…」
「だって倒すべき絶対悪がいれば、みんなまとまってくれるでしょ? 善と悪を互いに演じるのが私の処世術なんだよー」
レリックの目には、絶望が浮かんでいた。
味方であるはずの人が、敵であったか。はたまた、他の理由か。
戦意は既になくなっていた。
「んー、顔は隠してたんだけど。鉄仮面、壊れちゃったねー。いやぁレリック、強い強い」
「………そんな」
「あー、やっぱりそういう感じになるかー。君は、優しいもんねー」
彼は剣を鞘に収め、呆然と魔王を見つめる。
父の敵であり自分の恩人である人を前に、どうすれば良いかわからないようだった。
「………ねぇレリック。君は善人だけの国を作るんでしょう?」
「………」
ピクリ、と肩が動く。
「……魔王を倒して、人々を導いて。大丈夫、君ならできる」
「………お前は」
「ん?」
「……………お前は良いのか。お前は今まで、国に力を注いできたのに」
彼が聞くと、魔王は一瞬、虚を突かれたような顔をした。
しかしそれはすぐに戻り、にこやかな顔を浮かべた。
「―――私は、もう良いんだ」
「なぜ」
「だって私はもう………永く生きたから」
☀ ☀
魔王がいた。強い魔王がいた。
彼は無敵だった。誰も彼に勝てなかった。
でも彼は、勝ちたくなかった。早く、負けてしまいたかった。
だから彼は、自分で自分を殺す敵を作った。
わざわざ恨まれるような真似をして。
しかし彼はミスをした。小さいようで、絶望的なまでに大きなミスを。
彼は勇者を好いてしまった。それはきっと、勇者も同じ。
………彼らの行方は、誰も知らない。