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宵闇の女王は二度目の愛を誤らない~拾った青年に血と寵愛を捧ぐ~  作者: root-M
第四部 第二章 ハリーとヴィオレット
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女を勝ち取る喜びは

 ある日の昼過ぎ。

 ヴィオレットをホテルへ送り届けたハリーは、行きつけのカフェへ寄り、遅めの食事をとっていた。

 耳にはヴィオレットの甘い声が、腕には体温が、くちびるにはくちびるの感触が残っている。

 そのすべてがハリーをしっとりと酔わせ、とてもいい気分だった。


 店内にいる誰よりも、通りを歩く誰よりも、ハリーは幸福なのだ。優越感と共に込み上げてきた笑みを必死でこらえた。油断すれば、一人でにやにやとしてしまう。


「なんて締まりのない顔をしているんだか」


 唐突に声を掛けられ、愉悦に浸っていたハリーは我に返った。

 いつの間にか、ハリーの向かいにエドマンドが立っていた。金色の目には呆れ返ったような色が浮かび、口元は固く引き結ばれ、明らかな不快感を示していた。


「……エド、マンド」


 呆然と友の名を呼んだが、返事はなかった。勝手に対面の席へ腰掛け、給仕になにかを頼んでいる。


 エドマンドが(つい)ぞ見たこともないような仏頂面をしている理由を、ハリーは即座に察した。ヴィオレットにのぼせて、仲介人である彼をずっと放置していたから――ではないだろう。


 ハリーが、ヴィオレットを我が物としたからだ。


 ヴィオレット本人から聞いたのか、はたまたハリーの態度を見て察したのかは定かでないが、なんとなく後者であるような気がした。


 エドマンドは以前、『君の恋路を応援する』と言ってくれたが、やはり(わだかま)りはあったようだ。

 ハリーは後ろめたさに目を伏せる。


 しかし直後に込み上げてきた感情は、まごうことなき優越感だった。

 『女を勝ち取る喜び』とはここまで強烈な快感なのかと、感動さえ覚えた。エドマンドに勝利宣言をして、敗北感に(まみ)れた顔を拝してやろうかとさえ思った。


 ――私はなんと醜悪なことを考えて……。

 ハリーは己の思考を恥じた。自己嫌悪と罪悪感に深い息を吐き、エドマンドに視線を向ける。


「その……エドマンド」


 けれど、友人の顔に怒りはなかった。いつもの彼らしい柔和な目をして、ハリーを見つめ返してきている。


「ああハリー、まったく君ときたら。『自分は世界一の幸福者です』と言わんばかりの顔をして。こっちの調子が狂ってしまうよ」


 声音は穏やかで、胸裏に憎悪を隠しているようには思えない。

 ただ、瞳には一抹の寂寥(せきりょう)が浮かんでいて、それを必死で押し留めているようにも見えた。


「本音を言えばね、ぼくはヴィーのことが好きだ。ぼくに恋を教えてくれたのか彼女で、彼女のために一生を捧げてもいいと思っていた」


 エドマンドの物言いは寂然(じゃくぜん)としていたが、ゆえにハリーの胸を打った。いや、突き刺した。それはエドマンドなりの反撃なのだろう。重石(おもし)であり、呪いであるのだろう。

 しかし、エドマンドの口元には穏やかな笑みが浮かんでいる。


「だから、彼女が幸せならばそれで構わないし、彼女に幸せを運んでくれる男がぼくの親友なら、願ってもない」

「……本当に、祝福してくれるのか」


 (すが)るように尋ねると、エドマンドはわずかに顔をしかめた。だがすぐに表情を緩め、おどけるように肩を(すく)めた。


「功労者には、褒賞が必要だろう? 期待しているよ」

「……ああ、必ずいつか、君に報いる」


 ハリーはエドマンドの懐の大きさに深い敬意を抱いた。恋人を得た代償に、気の良い友人を失うなんてあまりに悲し過ぎる。そうならなかったことを、神に深謝した。


「ところでエドマンド……。ヴィオレットは、何者なんだ?」


 ハリーは食事を再開しながらエドマンドに尋ねる。


「君の幼馴染ということは、同郷ということかな? 君の近親者なのか? 私などと遊び回っていて、問題ないのだろうか。奔放な女性だということはわかっているが、御両親、もしくは後見(こうけん)の方はどうお考えなのか……」


 胸の奥底に沈殿していた不安を次々にぶつけると、エドマンドは明らかな動揺を見せた。


「……ヴィーからは、なにも聞いていないのか?」


 戸惑いに満ちた声。ハリーの憂いはますます強くなり、強張った表情で頷く。


「何度か、尋ねようと思ったんだ。……けれど、彼女の美しい顔を見ていると、すべてがどうでもよくなって、いつも聞かず仕舞(じま)いになってしまう」


 そう、ヴィオレットの宝石のような黒瞳(こくどう)に見つめられると、頭がふわふわして、彼女の素性なんてどうでもいいから、今日も目一杯楽しもう、なんて気分になってしまう。


「そうか……」


 と、エドマンドは小さく息を吐いた。安堵の吐息であることは間違いなかった。

 相当な訳ありか、とハリーは気が気でない。

 不安は不安を呼び、エドマンドへと更なる懸念をぶつけてしまう。


「彼女といると、不思議なことが多いんだ。世界に二人といないような美女を連れ歩いているというのに、誰も私に注目しない。先日、二人でいるときにクレマンに声を掛けられたが、あの女好きは彼女に軽く挨拶しただけで、見惚れることさえしなかった」

「――ハリー」


 諭すように名を呼ばれ、ハリーは困惑しながらエドマンドを見た。彼は目を細め、困ったように微笑んでいる。

 なぜそんな表情をしているのか、ハリーは必死に友人の心の内を探ろうとした。彼の金色の瞳を真っ直ぐに見据えて、問い詰めようと口を開いたが……。


 ……気付いたときには、エドマンドと並んで大通りを歩いていた。

 いつの間に、と吃驚(きっきょう)して周囲を見回す。


「どうしたんだハリー」


 エドマンドが呆れたような声を掛けてくる。


「エドマンド、私はいつの間に食事を終えたのだ?」

「ああ、しっかりしてくれハリー。ヴィーのことがショックだったんだろう。でもそんなに深く悩むことはないさ。いつもと変わらず接してやってくれ」

「……うん? ……ああ」


 そういえばそうだった。エドマンドからヴィオレットの素性を聞いて、予想外のことに唖然としたのだった。


 ――妾腹の子だったのか。

 さる貴族の落胤(らくいん)。正妻に邪険にされている分、父親にはたいそう甘やかされているとか。


 しかし、話の内容を半分も覚えていない。どこの貴族なのかさえ記憶に残っていなかった。

 驚きはしたものの、そこまで衝撃を受ける話でもないような気がする。金持ちが愛人との間に子をこさえるなんて、そこら中に転がっているような話だ。


「なにも聞かなかったことにするという約束は守ってくれよ」


 エドマンドの苦い声が聞こえた瞬間、『まぁいいか』という気分になった。

 だからただ、


「ああ、わかった」


 とだけ答えたのだった。

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