表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
宵闇の女王は二度目の愛を誤らない~拾った青年に血と寵愛を捧ぐ~  作者: root-M
第四部 第二章 ハリーとヴィオレット
84/142

花から花へ 1

続いて過去編です。

ハリーとヴィオレットの出会いのお話になります。

始まりは、ヴィオレットが「宵闇の女王」として隆盛を誇っていた頃のワンシーンから。

なお、女性同士の生々しいシーンがありますので御注意下さい。

 男装姿のヴィオレットは、とある貴族の屋敷のバルコニーへ降り立った。

 窓には紺色のカーテンが掛かり、室内をすっかり隠している。


 けれど、白い花瓶に白い薔薇が一輪だけ活けられているのが見えた。外からやって来た誰か(・・・・・・・・・・)に見せつけるように、わざわざカーテンの外側に置かれている。

 ヴィオレットはにやりとくちびるを歪め、コンコンと窓を叩く。


 しばらくのち、窓が開いた。ただし、ほんのわずかだけ。猫ならば通れるだろうか、といった程度の小さな隙間。

 だがヴィオレットにとってはそれで十分。肉体を霧に変え、室内へと侵入を果たす。


「また来てくださるなんて、思っておりませんでした」


 薄暗い寝所で、女がうなだれていた。両手で顔を覆い隠して、肩を震わせている。


「今朝窓を開けて、白い薔薇と赤い薔薇が並べられているのを見たとき、年甲斐もなく胸が高鳴って……。今日一日、なんにも手に付かなくて……」

「一日中、ずっと私のことを考えていてくださったのですね、マダム。身に余る光栄です」


 ヴィオレットは夫人へ近寄り、顔を隠している手を取り払おうと試みた。しかし女はヴィオレットへ背を向けて、小走りで逃げていく。


「どうして逃げるのですか、マダム」


 ヴィオレットは夫人をゆっくりと追い詰め、腕の中に捕らえた。しかしまだ顔を見せてくれない。


「なぜそんなに恥ずかしがるのです」


 優しく尋ねても、夫人は身体を強張らせて縮こまるのみ。


「ではなぜ白い薔薇を? 私の訪問を拒否なさりたいなら、赤い薔薇を活ける約束だったでしょう」


 咎めるように言うと、夫人はすすり泣きを始めた。ヴィオレットは、夫人の背中をゆっくり撫でながら申し訳なさそうに囁く。


「マダム、酷な質問をして申し訳ありませんでした。あなたの葛藤は理解できます。夫と子のある身で、神を信じる身で、私のような汚らわしい存在に惹かれる自分が恐ろしいのですね」

「汚らわしいだなんて、そんな!」


 ようやく夫人は顔を上げた。


「違うのです……。もう四十半ばになる女が……、子どもが三人もいる女が、あなたのような若く美しい殿方にのぼせ上って、あまりに恥ずかしいのです。死んでしまいたい」


 またうつむこうとするものだから、ヴィオレットは夫人の両頬を包み込んで上を向かせた。夫人は潤んだ瞳でヴィオレットを真正面から見据えたあと、居たたまれなさそうに瞼を下ろした。


「こんな醜い年増を、あなたの美しい瞳に映さないで」

「私の瞳は、あなたの美しいかんばせを映したがっていますよ」

「美しいなんて、そんな見え透いた冗談を」

「嘘ではありません。私はあなたが欲しい。あなたの身体の隅々を巡る熱いものが欲しくてたまらない」


 ヴィオレットは己のくちびるに指を掛け、歯を露出させる。人間でいう糸切り歯に相当する部分は、肉食獣の牙のように伸びて鋭くなっていた。


「私の歯を見て。あなたの柔らかい肌を求めて、こんなにも浅ましく尖っている。凡俗相手にはこんなふうにはなりませんよ」


 目を開いた夫人は、ヴィオレットの尖鋭を見てごくりと喉を鳴らした。この切っ先がもたらす苦痛と、その先に待ち受ける悦楽を思い出したのだろう。


「本当に……?」

「ええ、本当です」


 ヴィオレットは優雅に微笑んでから、夫人の薄いくちびるへ自らのそれを重ねた。遠慮がちに開かれた隙間に舌をねじ入れて、粘膜の壁を撫で(こす)る。わざと濡れた音を立ててやると、夫人はあっという間に腰を砕いた。


 脱力してしまった夫人を、ヴィオレットはそっと抱き上げた。

 余計な脂肪をまとった肉体は、年頃の娘たちと比べたらずいぶん重いが、人外の力を持つカルミラの民には大した差ではない。

 それに、しわの刻まれた顔貌(かおかたち)も、垂れた頬肉も、(しぼ)んだ乳房も、贅肉で膨らんだ下半身も、すべてこの女性が生きてきた証だ。


 羞恥と期待に震える夫人を寝台に横たえたヴィオレットは、夫人のガウンに手を掛け、やや(たる)んだ首元を露出させる。優しく吸い付くと、『ひっ』と悲鳴を上げた。

 乙女のように純朴な反応を見せる夫人が愛おしかった。いっそ従者にしてしまおうかと思うほど。

 けれど……。


「あなたには『妻』として、『母』としての責務がある。だから、私のものにすることはできない。けれどどうか、今宵は甘い夢に浸ってください」


 慈しみに満ちた言葉を囁くと、夫人は覚悟を決めたように(めい)し、ヴィオレットの前に己のすべてを投げ出した。


 さんざん睦み合い、忘れ得ぬ悦楽を刻み込んだあとでも――牙を抜いて優しく見つめると、人間はすべてを忘れてしまう。残った傷跡も、朝にはかさぶたになり、昼には剥がれて消える。


 暗示は残っているため、窓辺に二色の薔薇を捧げれば、たちまち不埒な記憶を思い起こし、夜に備えて準備をしてくれる。

 けれど、放置すればいずれ暗示は解け、なにもかもを忘れてしまう。


 虚しくて儚いけれど、ゆえに美しい思い出となる。

 人間が忘れてしまっても、ヴィオレットが覚えてさえいれば良いのだ。


 至高の甘露を堪能しながら、吸血鬼の末裔の女は詩情をそそられた。

 高揚した気分の中、思いを巡らせる。


 ――花の命は短いなんて、誰が言ったの。

 (ほころ)びかけの若いつぼみも、大きく開いた花も美しいわ。それは当然のこと。

 けれど、手折(たお)られた花だって必死で生きているの。

 花瓶の底から懸命に水を吸い上げて、枯れ落ちる最期の瞬間まで輝こうとしている……。

花から花へ:ヴェルディのオペラ「椿姫」より。


ヴィオレットが白い薔薇を「歓迎」、赤い薔薇を「拒絶」の符号として使っているのは、デュマ・フィスによる「椿姫」の原作小説のオマージュとして設定させて頂きました。

高級娼婦であるヒロインのマルグリットが、月のうち25日間は白い椿を、5日間は赤い椿を身につけていたことから。

赤い椿の日=月経期間であり、パトロンたちに「今夜は関係を持てない」ことを示していた。

(なお、これは(のち)の文学者たちの説。作中では「花の色がなにを示しているかわからない」とだけ書かれている)


二章は「椿姫」のオマージュ多めになっています。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ