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宵闇の女王は二度目の愛を誤らない~拾った青年に血と寵愛を捧ぐ~  作者: root-M
第四部 第一章 小さな女王と小さな騎士
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恋とはどんなものかしら 2

「ねぇエド。私の名前、知りたい?」


 焦らすような物言いと共に顔を覗き込まれたが、エドマンドはすでに眼前の少女の名を知っている。小さく可憐な紫色の花の名と同じだと。


 しかしここで肯定しておかねば、きっと機嫌を損ねるだろう。少女は、『名乗りたいわ!』と全身で主張していた。

 再度こくりと頷くと、ヴィオレットはふふっと笑んで胸に手を当てた。


「私はヴィオレットよ。ヴィオレット・ラウラ・マクファーレン。――始祖・ラウラの血と名を継ぐ者よ」


 後半部分はもったいぶるようにゆっくりと告げられたが、エドマンドはそのことさえとうに父母から聞き及んでいた。

 だから、『ふぅん』と素気無(すげな)い返事をしてしまう。


 すると、ヴィオレットの眉がきりきりとつり上がった。


「もう少し驚いたらどうなの!」

「は、はひ……。びっくり、しています。偉大なレディ」


 気迫に押されて追従してしまった。

 でも、カルミラの民はみんな始祖ラウラから派生したというから、エドマンドだって始祖の血を多少は継いでいるはずだ。そんなに自慢することでもないと思うが……。


 首を(ひね)っていると、ヴィオレットはさらに憤慨した。


「もういいわ、愚図(ぐず)!」

「ぐ、愚図……」


 思わぬ罵倒に、エドマンドはずっしりと消沈した。そんな辛辣な言葉を浴びせられたのは初めてだったから。


 だが、遠慮のないヴィオレットの言動は決して忌避(きひ)したいと思うものではなかった。アーサーの息子だからと言って、おべっかを使われるよりもずっとマシだった。


 うなだれたまま、上目遣いでヴィオレットの顔色を窺うと、いつの間にか怒りを消失させていた。腕組みをしてなにか考え込んでいる。

 やがて、不意に口を開いた。


「なにかしていないと退屈極まりないわね。……エド、お前は霧になれるの?」

「は、はい。あまり長い距離は移動できないですが……」


 おずおずと答えると、ヴィオレットは目を輝かせた。


「私、王都の大烏塔(タワーオブレイヴン)に行ってみたいの! あそこは昔、監獄だったんですって。無実の罪で処刑された王妃の幽霊が出るそうよ。本当かどうか、今から確かめに行かない?」


 エドマンドは全力で頭を横に振った。幽霊探しなんて絶対に御免だ、ものすごーく怖い。

 ヴィオレットは紅いくちびるを尖らせたあと、エドマンドに指先を突きつけた。


「惰弱ね! 私たちだって、人間からしてみたら怪異のたぐいなのよ。幽霊の親戚みたいなものではなくて?」

「そ、そんな! ぜんぜん違います!」


 カルミラの民は『生きて』いるし、幽霊のように怨念を抱いて彷徨(さまよ)ったりしない。

 委縮するエドマンドに対し、ヴィオレットは口元に嘲笑を浮かべ、試すような視線を向けてくる。


「お前は臆病者の羊なの? それとも、私の騎士になってくれるかしら?」

「ええと……羊か騎士の二択ですか?」

「もしくは畑の案山子(かかし)。路傍の石ころ。私に見向きもされない、退屈で哀れな存在」


 そんなのは嫌だ、ととっさに思った。この美しい女王の関心が欲しい。


「き、騎士がいいです」


 と、勢いよくヴィオレットの手を握る。そのまま少女の目を見つめて、ぱっと思いついた台詞を言う。


「ぼくはあなたの騎士です。だから、あなたを危険にさらすことはできません!」


 すると、ヴィオレットは虚を突かれたように何度もまばたきしていたが、やがてころころと笑い出した。


「あら、その答えは悪くない、悪くないわ! ほとんど満点よ、リトルナイト。だいぶ頼りないけれど、私、とっても気分がいいわ!」


 顔いっぱいに歓喜を浮かべ、くるくると軽やかに回る。

 その動きを眺めながら、エドマンドは先日鑑賞したばかりのバレエを思い出していた。今のヴィオレットは、バレエの踊り子のように可憐だ。

 しかも、彼女の着ている衣装をよく見てみれば、幾層にも布を重ねたチュチュドレス。風の精(シルフィード)のように踊って、エドマンドを誘惑しようとしているのだろうか。


 口を開けて見惚れていると、ヴィオレットはぴたりと停止してエドマンドに迫る。


「私にはまだ人間を従者にする力がないの。だからお前は、私が従者を得るまで、私を守るのよ!」


 ――従者を得るまで? とエドマンドは眉をひそめた。

 ならば、あと五、六年といったところ……。たった五、六年ぽっち……。長寿のカルミラの民にとっては、ほんの束の間……。


「れ、レディ。あなたが従者を持ったあとも、ぼくは騎士でいたいです」


 やや噛みながらも思ったことを伝えると、ヴィオレットの表情はますます妖美に煌めいた。


「まあエド、なんて男気(おとこぎ)のある台詞でしょう! 私はすこぶるお前が気に入ったわ。どこか、二人きりになれるところに行きましょう」

「ふ、二人きり……? なにをして遊びましょうか」


 お人形遊びがいいだろうか。それだったら、四番目の姉の部屋に忍び込めば見つかるだろう。長兄の部屋にも、とびきり華美なものがあったはずだ。


 どちらの部屋へ行こうかなと思案していると、ヴィオレットはにぃっと笑って、エドマンドの耳元に口を寄せた。


「キスをしてあ・げ・る。お前が望む回数だけ、お前が望む部分にね」


 えっ! とエドマンドは吃驚仰天(きっきょうぎょうてん)した。

 ヴィオレットの物言いがあまりにコケティッシュで、セクシャルで、エロティックだったから。


 子どもゆえに、その淫靡さを十全に感じ取ることはできなかったが、お尻のあたりがムズムズして、顔がカッカしてきた。


 この気持ちをどうしたらいいかわからなくて、母の元へ逃げ帰ろうかと思った。

 しかし、ここで勇気を出して一歩を踏み出せば、とっても素敵で気持ちのいいことが待ち受けていそうな……。

風の精(シルフィード):『ラ・シルフィード』というバレエの演目がある。くるぶし丈のチュチュを着てつま先で踊る、ロマン主義の(ロマンティック)バレエの代表作。精霊が青年を誘惑する。

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