恋とはどんなものかしら 2
「ねぇエド。私の名前、知りたい?」
焦らすような物言いと共に顔を覗き込まれたが、エドマンドはすでに眼前の少女の名を知っている。小さく可憐な紫色の花の名と同じだと。
しかしここで肯定しておかねば、きっと機嫌を損ねるだろう。少女は、『名乗りたいわ!』と全身で主張していた。
再度こくりと頷くと、ヴィオレットはふふっと笑んで胸に手を当てた。
「私はヴィオレットよ。ヴィオレット・ラウラ・マクファーレン。――始祖・ラウラの血と名を継ぐ者よ」
後半部分はもったいぶるようにゆっくりと告げられたが、エドマンドはそのことさえとうに父母から聞き及んでいた。
だから、『ふぅん』と素気無い返事をしてしまう。
すると、ヴィオレットの眉がきりきりとつり上がった。
「もう少し驚いたらどうなの!」
「は、はひ……。びっくり、しています。偉大なレディ」
気迫に押されて追従してしまった。
でも、カルミラの民はみんな始祖ラウラから派生したというから、エドマンドだって始祖の血を多少は継いでいるはずだ。そんなに自慢することでもないと思うが……。
首を捻っていると、ヴィオレットはさらに憤慨した。
「もういいわ、愚図!」
「ぐ、愚図……」
思わぬ罵倒に、エドマンドはずっしりと消沈した。そんな辛辣な言葉を浴びせられたのは初めてだったから。
だが、遠慮のないヴィオレットの言動は決して忌避したいと思うものではなかった。アーサーの息子だからと言って、おべっかを使われるよりもずっとマシだった。
うなだれたまま、上目遣いでヴィオレットの顔色を窺うと、いつの間にか怒りを消失させていた。腕組みをしてなにか考え込んでいる。
やがて、不意に口を開いた。
「なにかしていないと退屈極まりないわね。……エド、お前は霧になれるの?」
「は、はい。あまり長い距離は移動できないですが……」
おずおずと答えると、ヴィオレットは目を輝かせた。
「私、王都の大烏塔に行ってみたいの! あそこは昔、監獄だったんですって。無実の罪で処刑された王妃の幽霊が出るそうよ。本当かどうか、今から確かめに行かない?」
エドマンドは全力で頭を横に振った。幽霊探しなんて絶対に御免だ、ものすごーく怖い。
ヴィオレットは紅いくちびるを尖らせたあと、エドマンドに指先を突きつけた。
「惰弱ね! 私たちだって、人間からしてみたら怪異のたぐいなのよ。幽霊の親戚みたいなものではなくて?」
「そ、そんな! ぜんぜん違います!」
カルミラの民は『生きて』いるし、幽霊のように怨念を抱いて彷徨ったりしない。
委縮するエドマンドに対し、ヴィオレットは口元に嘲笑を浮かべ、試すような視線を向けてくる。
「お前は臆病者の羊なの? それとも、私の騎士になってくれるかしら?」
「ええと……羊か騎士の二択ですか?」
「もしくは畑の案山子。路傍の石ころ。私に見向きもされない、退屈で哀れな存在」
そんなのは嫌だ、ととっさに思った。この美しい女王の関心が欲しい。
「き、騎士がいいです」
と、勢いよくヴィオレットの手を握る。そのまま少女の目を見つめて、ぱっと思いついた台詞を言う。
「ぼくはあなたの騎士です。だから、あなたを危険にさらすことはできません!」
すると、ヴィオレットは虚を突かれたように何度もまばたきしていたが、やがてころころと笑い出した。
「あら、その答えは悪くない、悪くないわ! ほとんど満点よ、リトルナイト。だいぶ頼りないけれど、私、とっても気分がいいわ!」
顔いっぱいに歓喜を浮かべ、くるくると軽やかに回る。
その動きを眺めながら、エドマンドは先日鑑賞したばかりのバレエを思い出していた。今のヴィオレットは、バレエの踊り子のように可憐だ。
しかも、彼女の着ている衣装をよく見てみれば、幾層にも布を重ねたチュチュドレス。風の精のように踊って、エドマンドを誘惑しようとしているのだろうか。
口を開けて見惚れていると、ヴィオレットはぴたりと停止してエドマンドに迫る。
「私にはまだ人間を従者にする力がないの。だからお前は、私が従者を得るまで、私を守るのよ!」
――従者を得るまで? とエドマンドは眉をひそめた。
ならば、あと五、六年といったところ……。たった五、六年ぽっち……。長寿のカルミラの民にとっては、ほんの束の間……。
「れ、レディ。あなたが従者を持ったあとも、ぼくは騎士でいたいです」
やや噛みながらも思ったことを伝えると、ヴィオレットの表情はますます妖美に煌めいた。
「まあエド、なんて男気のある台詞でしょう! 私はすこぶるお前が気に入ったわ。どこか、二人きりになれるところに行きましょう」
「ふ、二人きり……? なにをして遊びましょうか」
お人形遊びがいいだろうか。それだったら、四番目の姉の部屋に忍び込めば見つかるだろう。長兄の部屋にも、とびきり華美なものがあったはずだ。
どちらの部屋へ行こうかなと思案していると、ヴィオレットはにぃっと笑って、エドマンドの耳元に口を寄せた。
「キスをしてあ・げ・る。お前が望む回数だけ、お前が望む部分にね」
えっ! とエドマンドは吃驚仰天した。
ヴィオレットの物言いがあまりにコケティッシュで、セクシャルで、エロティックだったから。
子どもゆえに、その淫靡さを十全に感じ取ることはできなかったが、お尻のあたりがムズムズして、顔がカッカしてきた。
この気持ちをどうしたらいいかわからなくて、母の元へ逃げ帰ろうかと思った。
しかし、ここで勇気を出して一歩を踏み出せば、とっても素敵で気持ちのいいことが待ち受けていそうな……。
風の精:『ラ・シルフィード』というバレエの演目がある。くるぶし丈のチュチュを着てつま先で踊る、ロマン主義のバレエの代表作。精霊が青年を誘惑する。




