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宵闇の女王は二度目の愛を誤らない~拾った青年に血と寵愛を捧ぐ~  作者: root-M
第四部 第一章 小さな女王と小さな騎士
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恋とはどんなものかしら 1

第四部は過去編になります。

第一章は、エドマンドとヴィオレットの幼い頃のお話です。

 エドマンドが初めてヴィオレットと出会ったのは、確か七歳のとき。三番目の姉の誕生会の場だったと記憶している。


 いや、母親同士の親密さを考えると、物心つかぬ内から何度か顔を合わせていただろうとは思う。

 しかし、言葉を交わし、触れ合ったのはそのときが初めてだった。


 まず、母親を介して紹介され、『こんにちは』とだけ挨拶を交わした。それ以上の言葉を紡ぐことができず、エドマンドはそそくさと母の背後へ身を隠した。


 だって、エドマンドよりたった一つ年上なだけの少女は、すでに凄絶なほどに美しかったのだから。

 この年頃の子には、『かわいい』という言葉が相応しいのかもしれないが、すでにヴィオレットは一端(いっぱし)の『女王』だった。


 長い睫毛の奥に控える漆黒の瞳の中には、満天の星空のような煌めきが満ちていた。

 それがあまりに魅力的で、もっと近くでよく見たいと思った。

 けれどヴィオレットは恐ろしく不機嫌な面をして、あたりの大人たちを威圧するように睨みつけていたものだから、とても近寄りがたかった。

 だからエドマンドは母親のドレスの陰に隠れて、覗き見るのが精いっぱい。


 エドマンドの母・キャスリーンとヴィオレットの母・パトリシアは親友同士で、同伴中の子どもたちのことはそっちのけでおしゃべりを始めた。

 ヴィオレットはそれが気に入らなかったのかもしれない。我にこそ注目せよ、と全身で主張していた。


 ゆえに、エドマンドから注がれる熱い視線に気付いたとき、ふふんと得意げな顔になった。薔薇のように赤いくちびるの端をつり上げて、キャスリーンの前へ進み出る。

 黒い瞳は真っ直ぐにエドマンドを捉えており、無言でくいっと顎をしゃくりあげた。


 ヴィオレットがなにを求めているのか、エドマンドにはさっぱりわからなかった。ただ、美しい少女が自分に注目していることが嬉しく、胸が躍った。


 けれど恐ろしくもあった。初動を間違えて、彼女に嫌われたくない。

 母のドレスをぎゅっと握り締めてもじもじしていると、上からくすりと笑声が聞こえた。声の主である母を見上げると、微笑ましそうに解説してくれる。


「エド、ヴィオレットはね、あなたにエスコートを求めているのよ」

「え?」


 ぽかんとしながらヴィオレットを見遣ると、眉間にたっぷりとしわが寄っていた。理解の遅いエドマンドに苛立っているようだった。


「坊や、この娘にオルドリッジ邸を案内してやってくれない?」


 パトリシアからもそう言われた。

 ヴィオレットをそのまま大人にしたようなとびきりの美女で、エドマンドはパトリシアのことさえまともに見ることが出来なかった。

 見上げるとどうしても大きなおっぱいが目に入って、ドキドキが止まらなくなってしまうのだ。


「さぁ、小さなレディをスマートに導いて差し上げなさい」


 母に強く背中を押され、ヴィオレットの御前へと献上された。

 たぶん、(てい)のいい厄介払いだったのだろう。子連れでは自由に歓談できないから。


 美しいリトルクイーンに見つめられ、エドマンドの頬はすこぶる熱くなった。きっと、尖った耳の先っぽまで真っ赤になっているに違いない。


 ――エスコートって、どうやったらいいんだろう。

 父や兄が、母や従者たちにしているはずだが、ぜんぜん思い出せない。


 かといって、このまま突っ立っているわけにもいかなかった。ヴィオレットがどんどん不機嫌になっているし、母親連中は他人事のようにクスクス笑いながらエドマンドの動向を窺っている。


 仕方なしに、エドマンドはヴィオレットの手を掴んだ。そのまま『こっち!』とだけ言って走る。

 母親たちの『あらあら』という呆れたような笑声が聞こえた。なにか間違ったらしい。


 しかし、ヴィオレットは手を振り払うことなくついて来てくれている。そのことが嬉しく、また誇らしかった。

 男としての株が上がった……そんな気がした。


 大勢が集う大広間を出て、人の少ない廊下へとヴィオレットを導く。

 どんなふうに屋敷を案内しようか思案しつつ、乱れた呼吸を整えていると、耳に息を吹きかけられた。


「わぁっ!」


 驚いて手を放してしまった。

 なんのつもりだ、とどぎまぎしながらヴィオレットを見てみれば、大きな目を細めて色っぽく微笑んでいた。

 たった一歳年上なだけなんて皆目(かいもく)思えない、妖艶な『女』の笑い方。


 エドマンドの心臓はこれ以上なく激しく高鳴り、このまま破裂してしまうのではないかと思った。


「強引な男は好きよ」


 ヴィオレットは囁くようにそう言った。


「まるで駆け落ちでもしているみたいだったわ。騎士に手を引かれて逃げる花嫁は、こんな気分だったのかしら」


 と、踊るように一回転してみせる。ドレスの裾が軽やかにひるがえり、細いふくらはぎが見えた。

 しかし、言っていることがあまりに大人びていて、エドマンドは首をかしげることしかできなかった。


「あ、あの、屋敷を案内します、レディ」


 つい敬語で話しかけてしまった。しかし少女はぷいとそっぽを向く。


「いらないわ。今度、アーサーおじさまと探険するの。そう約束してくださったわ」

「父上と? そんな約束いつの間に? いいなぁ」


 エドマンドは素直に羨んだ。

 みなに畏敬の念を向けられるアーサーは、エドマンドにとってはとても遠い存在だった。いつも周囲に人が集っていて、多忙そうで、気軽に話しかけることは到底できなかった。

 けれど、勇気を出して話しかけて、きちんとおねだりしてみたら、たまには一緒に遊んでくれるかもしれない。今度やってみよう。


 小さな決意を胸に秘めつつ、眼前の少女へお伺いを立てる。


「じゃあ、なにがお望みですか、レディ?」

「まずはお前の名前を教えなさい」

「あ……」


 互いの母を介して名前を聞いただけで、自分の口で自己紹介するのはまだだった。エドマンドは居住まいを正して、ヴィオレットへ向き直る。


「ぼくは、エドマンド・イライア」「そう、エドマンドね」


 せっかく(かしこ)まって名乗ろうとしたのに、ばっさりと遮られてしまった。エドマンドは面食らい、目をぱちくりさせる。


「おばさまに『エド』と呼ばれていたから、私もエドと呼ぶわよ」


 決定事項のように告げられて、ただ頷くしかなかった。

恋とはどんなものかしら:モーツァルトのオペラ『フィガロの結婚』より

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