恋敵
鬱々と沈み込むエドマンドだったが、ラスティの声で我に返った。
「なぁ、エドマンド」
どこか呑気な呼び掛けは、エドマンドにとって救いだった。辛い記憶を打ち払って、ぶっきらぼうに返事をする。
「まだなにかあるのか」
「あんた以前言っていたな。カルミラの民は、同族同士で愛とか恋とか言わないって」
「……ああ」
いきなりなぜその話を、とエドマンドは眉をひそめる。ラスティは相変わらず締まりのない笑みを浮かべたまま、勢いよくエドマンドを指さした。
「でもあんたは、ヴィーのことが好きなんだろう! 幼馴染としてじゃなく、愛とか恋とか、そういう意味で!」
「……!!」
エドマンドはすかさずラスティから顔を背け、その質問には絶対に答えない、と全身でアピールした。
だが、徐々に頬が、やがて耳まで熱くなる。きっと顔は林檎のように真っ赤っ赤だ。
薄暗いからきっとバレていないはず。しかしラスティはすべてを見通したかのように、含み笑いをした。
「じゃあ、俺とあんたは『恋敵』ってやつだ」
「はぁぁぁぁぁぁ~?!」
思わず素っ頓狂な声が出た。かっと頭に血が上り、椅子のひじ掛けに拳を打ち付けていた。
「ふざけるな! どうしてぼくとお前がそんなっ! 第一、『恋敵』などと烏滸がましい! 付き合いの長いぼくの方が有利に決まっている!」
激情に任せてテーブルの下で地団駄を踏んでいると、ラスティは大きく吹き出した。
「元気になったな!」
「は?」
毒気を抜かれて目を瞬かせていると、ラスティは穏やかに笑う。
「辛気臭いのはもうやめよう。ヴィーが起きてきたら、その調子で接してやればいいよ。きっともうそんなに怒ってないからさ」
「……本当にそうだろうか」
沈んだ声で問うと、ラスティは白い歯を見せ、満面の朗色を浮かべた。
「きっとそうだ。でも、目を覚ましたらまた泣くかもしれないから、そのときは慰めてやってくれ」
「ぼくに彼女を慰める権利なんて……」
「俺の恋敵は弱気だなぁ。あんたの方が有利なんじゃなかったのか」
煽るように茶化され、エドマンドは憤慨する。
「だから恋敵などと呼ぶな!」
「悪い悪い。あんたがそんなに嫌がるなら、やめるよ」
からからと笑ってから、ラスティは難儀そうに立ち上がった。肩を回してから、腕を高く上げて身体を伸ばす。
「じゃ、俺は適当に寝床を見つけるから、あんたはゆっくり休んでくれ。火を入れようか?」
「いや、大丈夫だ。しかし……適当な寝場所なんて見つかるのか?」
この応接室で眠ればいいのに、エドマンドに気を使ってくれているのだろう。その気持ちは有り難いが、一緒の部屋で仲良く眠るのは絶対にイヤだ。
ラスティは『うーん』と上を向いてから、窓の外へ目をやった。
「いざとなれば、土を掘って眠るさ」
「えっ……」
そんな、犬みたいなことを……と強烈な憐憫の目を向けると、ラスティは慌てて否定した。
「冗談だよ。でも、従軍してたときに経験したんだ。二度と御免だけどな」
「そうなのか」
従軍経験があるとは知らなかった。ならば、それなりに凄絶な経験もしたのではないだろうか。ますます憐れみを感じたが、今さら慰めの言葉を掛けても無意味だろう。
「じゃあな、ごゆっくり」
「ああ……」
颯爽と退室していくラスティを、エドマンドは視線で見送る。
扉が閉まると、口から吐息がこぼれた。それは重苦しい嘆息ではなく、なんだか快いものだった。
くだらない話をして、言い合いをして。そのお陰で、心の靄がほとんど晴れている。
なんだかんだ、慰められた格好になってしまったようだ。
――少しだけ、眠るか……。
エドマンドは座る者のいなくなったソファを眺める。
自罰のために横になることは避けていたが、鬱々とした気持ちが去ったことで、幾分か自身に甘くなっていた。多少身体を休めても、罰は当たるまい。
ソファには、ラスティの温もりがしっかりと残っていて、すこぶる不愉快だった。
けれど、疲労が瞼を重く落とし、意識を深く沈めていった。
***
「ラス! ラス!」
翌朝、屋敷中に女主人の声が響いた。ソファの上で熟睡していたエドマンドは飛び起き、口元を拭う。
「ラス! どこへ行ったの! ラス!」
尋常な声音ではない。相当に取り乱し、必死に助けを乞うているかのようだった。
エドマンドは慌てて応接室から飛び出して、喚き続けるヴィオレットの元へ馳せ参じた。
対面した瞬間、侮蔑や罵倒の言葉を浴びせられる覚悟をしていたが、予想に反して、ヴィオレットは腕の中に飛び込んできた。
「エドマンドぉっ、ラスがいないの……。どこにもいないのぉっ……!」
ヴィオレットは弱々しく泣いていた。他の男を求めながら。
それは、憎悪に満ちた目を向けられ、拒絶されるよりも、エドマンドの心を深く傷付けた。
ヴィオレットは、ラスティという男にこんなにも依存している。
――なにが『付き合いの長いぼくの方が有利』だ。ぼくはとうに敗北している。お前とあいつに。
恋敵と名乗る権利など、端からありはしないのだ。
心から流れる血を無理矢理に堰き止め、笑顔を作る。
「落ち着いてヴィー。ラスティなら、腹でも壊してるんじゃないかな。……えっと、シェリルの様子は見に行ったのかい?」
穏やかに話し掛けると、ヴィオレットは『いいえ』と力なく首を振る。
「じゃあ、彼女のところへ行こう」
ヴィオレットはこくんと頷く。けれど、エドマンドに縋ったままでないと歩けないようだった。
ヴィオレットを寝室まで誘導しながら、エドマンドは苦い顔で考える。
奴はどこへ消えたのか、と。
ラスティの気配は、マクファーレン邸には感じられない。
昨夜の会話が脳裏に蘇る。
『目を覚ましたらまた泣くかもしれないから、そのときは慰めてやってくれ』
――まさか。
まさかとは思うが、ラスティ……。
お前は、ハリーの元へ行ったのか。
どうやって、とは考えなかった。
あの超越者の男なら、なんとかしてハリーの居場所にたどり着いてしまうのではないか、そんな気がした。




