男同士の話
テーブルに突っ伏して眠っていたエドマンドは、ノックの音で目を覚ました。
すっかり夜も更け、部屋には闇と冷気が満ちている。ぶるっと身体を震わせた。
ノックの無骨さから、やってきたのはヴィオレットではなくラスティだと察せられた。『入れ』と短く返事をすると、勢いよく扉が開き、予想通りの人物が入ってくる。
ラスティは燭台を手にしており、蝋燭の明かりが、いかにも人の好さそうな赤毛男の容貌を明瞭にしていた。
エドマンドの伏せっていたテーブルに燭台を置いたラスティは、気遣わしげに声を掛けてきた。
「放置してすまなかった。やっとヴィーが落ち着いたから」
「そうか……。彼女はどうしている?」
「シェリルの部屋で眠ってるよ」
「眠ったのか……」
――ぼくに対して、憎しみの言葉を口にしていなかったか?
そう尋ねたかったが、辛うじて飲み込んだ。それは明日、ヴィオレットの口から直接聞かねばなるまい。
辛い覚悟を決めていると、ラスティが首をかしげた。
「帰らないのか?」
さっさと失せろ、という意味ではなく、気を使ってのことだとわかったため、エドマンドはそっと首を横に振る。
「ここで待っている。彼女から罵倒の言葉を浴びせられるまでね」
するとラスティは『うへぇ』と呆れ果てたような表情をして、首を竦めた。
「あんたも面倒臭いやつだな~」
「な、なんだと?」
しかも、『あんたも』とは……他に誰のことを指しているのか。
「ぼくはシェリルを守り切れなかった。その償いをしなければならない。罵られ、殴られて、ヴィーの気が済んだら誠心誠意、謝罪する。その義務を果たすまで、家には帰れない」
「……そうか」
あっさり引き下がったラスティは、数刻前までグレナデンが座っていたソファへどっかりと腰を据える。それから、疲れたように上を向いて、長い息を吐いた。
まるで一仕事終えた労働者のような姿。エドマンドは労いの言葉を掛けずにいられなかった。
「ヴィーを宥めてくれて、ありがとう。取り乱す彼女を慰めるのは、一苦労だっただろう」
「まぁな」
ラスティの返事はとても軽い調子だったが、疲労の色は隠しきれていなかった。相当な気苦労があったはずだ。その役目を押し付けてしまったこと、申し訳なく思う。
「お前は寝ないのか?」
気遣って尋ねると、ラスティは困ったように笑い、ひらひらと手を振る。
「寝床がないんだ」
「……お前の部屋はないのか」
「ああ」
部屋がないなんて、どんな扱いを受けているんだ……と哀れみを感じたが、すぐに『ある事実』に思い至った。
この赤毛男は、いつもはヴィオレットと一緒に寝ているから、寝室を持つ必要がないのだ。
なんと腹立たしい、遠回しに自慢しているのか。
むしゃくしゃしていると、ラスティはテーブルの上に両肘をついて、指を組んだ。その上に顎を乗せて、エドマンドをじっと見つめてくる。
「なぁエドマンド。俺、あんたに聞きたいことがあったんだ。夜も更けて、二人きりだし、ちょうどいい」
ひどく真剣な眼差しを向けられ、エドマンドは眉をひそめた。
「なんだ、急に改まって。気持ち悪いな」
「いや、ずっと悩んでいることがあってな……」
「……言ってみろ」
ヴィオレットを押鎮めてくれた礼として、悩みの一つや二つ聞いてやってもいいだろう。この能天気そうな男の悩みなど、大したことないに違いない。
しかしラスティは眉根を寄せ、すこぶる難しそうな顔をした。
おや、これは相当に深刻な悩みか、とエドマンドは身を乗り出し、傾聴の体勢を取った。
ラスティはしばらく押し黙っていたが、やがて意を決したように口を開く。
「『超越者』として蘇ってから、人間だった頃と決定的に変わっちまったことがあるんだ」
「……ああ、だろうな」
「いや、人間じゃなくなったから仕方ない、っていうのは理解できるんだが、感情が追い付かないというか……」
「なんだ? 吸血のことか?」
「そっちじゃなくて――――……」
ぼそぼそと語られた内容にエドマンドは面食らったが、くだらないと笑い飛ばすことはできなかった。ラスティの表情はそれほどに困窮していた。
今まで、一人でずっと苦悩していたのだと思うと、同情心も湧いてくる。
だから、わかる範囲で答えてやる。
「そういうことなら――――……」
部屋には二人しかいないが、つい声を潜めてしまった。ラスティも耳を傾け、ふんふんと真剣に相槌を打ってくる。
そのあと、非常に立ち入った話をいくつか振ってきたが、寂然とした夜の雰囲気に呑まれ、エドマンドも口を滑らせる。
ひとしきりおしゃべりしたあと、『言い過ぎた』と頭を抱えるほどに、深い話をしてしまった。
渋面を作って後悔するエドマンドとは対照的に、赤毛男はたいそうすっきりした表情をしている。いや、むしろニヤニヤと気色悪く笑んでいる。
エドマンドをからかっているのではなく、私的な話をしたことで二人の仲が深まった、と勘違いしているようだ。
一言二言、罵倒してやろうかと思ったとき、ふと過去の記憶が蘇った。
そういえば、ハリーとも似た話をしたな、と。
湧きあがってきたのは、憎しみではなく、懐旧の念。
あの穏やかで幸福な日々は、どうして壊れてしまったのだろう……。
途端に陰鬱な気分になり、長く重い息を吐いた。




