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宵闇の女王は二度目の愛を誤らない~拾った青年に血と寵愛を捧ぐ~  作者: root-M
第三部 第四章 ハリー・スタインベックの呪詛
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狂騒劇の終幕

 ラスティとシェリルへ向けて放たれた槍は、突如現れた『なにか』に弾かれ、気の抜けた音を立てて地面に転がった。


 ラスティたちを庇うように現れたそれは、深紅の盾。

 形状は丸みを帯びた逆三角形で、ヒーターシールドと呼称されるものによく似ていた。


 ――まさか、ラスティが作り出したのか?

 エドマンドはとっさにそう思ったが、赤毛男は盾の陰であんぐりと口を開けている。

 よくよく見てみれば、盾の背後には、白い霧がまとわりついていた。


「狂騒劇も終幕だ」


 気取った物言いと共に姿を現したのは、金髪を肩口で切りそろえた美丈夫。

 石榴館(せきりゅうかん)のあるじ、アドルファス・М(ミリウス)・グレナデンだった。

 表情こそ平静なものだったが、青い瞳にはおそろしく冷厳な光が宿っており、ハリーを鋭く見据えている。


 予期せぬ人物の乱入に唖然としていたハリーだったが、すぐに口元に笑みが戻った。


「『父親殺しのグレナデン』か」

「黙れ、下郎」


 ハリーの皮肉を受け流し、グレナデンは深紅の盾に手をかざした。盾は三つの塊に分かれたあと、みるみるうちに形を変え、軍刀(サーベル)のような姿になる。

 三振りの剣は散開し、ハリーへ襲い掛かった。


 ハリーは焦燥を浮かべながらも剣の軌道を見極め、回避しようとするが、足がもたついている。なにより、腰元にはフレデリカがしがみ付いていて、致命的な重石(おもし)となっていた。


 為すすべなく剣の餌食になるかと思われたが、すべての剣はハリーの肉体の手前で停止した。

 ただし、鋭利な切っ先は隙なくハリーを狙っている。

 絶体絶命の状況に思えるが、ハリーは不敵に笑んでいた。対するグレナデンは渋面を作っている。


 エドマンドには、グレナデンの心の内がよく理解できた。ハリーに寄り添うようにしている――というよりは、腰を抜かしているように見える――フレデリカを傷付けまいとしているのだ。

 ときに冷酷な同胞殺しとなるグレナデンの優しさを垣間見たエドマンドは、深い敬意を抱いた。


「百年近く生きる化け物には敵わないな」


 笑みを浮かべて軽口を叩いているものの、ハリーの瞳には畏怖の色があった。

 血の造形物の形を自在に変え、三振りを別々に操るグレナデンの技量は、さしものハリーにも脅威に映ったようだ。


「化け物だと? 戯言(ぎげん)を抜かすな。それに、私はまだ六十になったばかりだ」


 生真面目に訂正するグレナデンに、ハリーは呆れたような目を向けた。


「人間からすれば、立派な化け物だ」

「かもしれんな」


 にべもなく答えたグレナデンは、剣の切っ先をじりじりとハリーへ近付けている。

 わずかな切迫感を滲ませながらも、ハリーはいけしゃあしゃあと言った。


「分が悪いな。見逃してもらえないだろうか?」

「それは都合が良すぎるというものだ。呆れ果てるほどにな」


 グレナデンの言う通りだ。今までさんざん場を蹂躙しておいて、不利になった途端『見逃せ』というのは、余りにも手前勝手だ。

 だがハリーは、まだ薄っすらと笑っている。


「父親殺し、同胞殺しの男にも、他人の従者を思い遣る気概はあるだろう。私の腕の中の娘や、背後で襤褸布(ぼろぬの)のようになっている娘を、見殺しにする残忍さまでは持ち合わせていまい?」


 剣を向けられ怯えているフレデリカを人質のように抱き寄せ、反対の手でシェリルを指さし、最後にエドマンドを一瞥(いちべつ)した。


「それに加えてオルドリッジ家のお坊ちゃんのことも」


 (あざけ)るような物言いをされたエドマンドは、悔しさに拳を握るしかなかった。

 グレナデンは厳めしい表情を崩さず、ふんと鼻を鳴らす。


「卑しいネズミは醜悪な物言いをするな」


 吐き捨てるように言ったあと、しばしハリーと睨み合う。

 だがやがて、三振りの剣はハリーから遠ざかっていった。


「今は見逃してやる。ネズミらしくさっさと遁走(とんそう)するがいい。いずれ必ず、謀反の報いを受けさせる」

「お優しいことで」


 ハリーは皮肉気にくちびるを歪めたあと、フレデリカに『帰るよ』と語り掛けた。


「い、いやっ!」


 首を振って拒絶するフレデリカを、酷薄な声で諭す。


「ではここに残るか? あの御仁は容赦がない。君を手酷く尋問するのも厭わないだろう」


 見え透いた嘘。グレナデンにフレデリカを尋問する意図があるのなら、容赦なく剣を放っていただろう。

 しかしフレデリカは強張った面持ちでグレナデンを見つめたあと、慌てて霧に姿を変え、空へと逃げ去って行った。


 きっと、グレナデンの顔が怖かったのだろう。

 エドマンドだって、初めてグレナデンと会ったとき――たしか十歳にも満たない頃だった――すごく怖かった。子ども相手にさえ、にこりともしないのだから。

 愛想よく笑みを振りまけば、いくらでも女が寄ってくるような容姿なのに、性格の峻険さがありありと(おもて)に出てしまっている。


 脱兎の如く逃げ出したフレデリカの後を追い、ハリーも霧になって飛んでいく。彼の姿が見えなくなると、エドマンドの右脚に刺さっていた血の槍も溶けるように消えていった。


 エドマンドはようやく自由を得たが、当然激痛は残ったままで、まだ起き上がることはできない。惨めさを噛み締めながら、うつ伏せの体勢で痛みが引くのを待つ。


 しかし、なぜグレナデンはやすやすとハリーを逃したのだろうか。

 この場には『足手まとい』がたくさんいるから無理な攻撃はできなかったとしても、満身創痍でふらふらと去って行ったハリーを追跡することなど容易いだろうに……。

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