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宵闇の女王は二度目の愛を誤らない~拾った青年に血と寵愛を捧ぐ~  作者: root-M
第三部 第四章 ハリー・スタインベックの呪詛
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二人のトム、再び

 この状況で、なぜそこまで優美な笑みを浮かべることができるのか。

 エドマンドは呆然とかつての友の顔を見た。


 しかしハリーの笑みは跡形もなく消え去り、再び酷寒の色を瞳にたたえる。

 なにかを覚悟した顔だった。

 ぼくを殺す気か、とエドマンドは息を呑む。


 ハリーは、おもむろに右手を掲げた。

 すると、エドマンドの左(もも)に刺さっていた槍が抜け、所有者の手に戻った。

 乱暴に傷口を広げられた痛みに、エドマンドは眉間にしわを寄せてくちびるを噛む。

 片足の拘束はなくなったが、激痛は相変わらずで、起き上がる気力をことごとく削ぐ。

 両腿とも、失血は治まりかけているが、空いた穴がいつ塞がるのか定かでない。しばらくはまともに歩行もできないだろう。


 痛みが落ち着いてきてから、ようやくハリーを仰ぐ。彼はすでにエドマンドに背を向けていた。

 視線の先には、気を失ったシェリルがいた。


「復讐の乙女が磔刑(たっけい)になるところを、見ておけ」


 ハリーはエドマンドの方を見ないまま、静かに言った。赤い槍は、逆手に構えられている。


「っ、は、ハリー! やめろぉっ!!」


 エドマンドは叫喚し、死にかけの虫のように足掻いた。しかし焼けつくような痛みが抵抗する気力を奪っていく。絶望と無力感の中、必死に声を張り上げる。


「なぜだ、なぜシェリルを!!」

「前回殺し損ねた娘の命は、今度こそもらっていく」


 ハリーは槍を振りかぶった。


「ダメぇ!」


 甲高い声の主はフレデリカ。肉体の半分ほどが霧になっており、這っているのか浮遊しているのか判別のつかない状態でやって来て、ハリーの足元に縋り付いた。


「ねぇ、やめて、なんでぇ?!」

「邪魔をしてくれるな、フレデリカ。君には関係ない」


 冷然とした男の言葉に、少女は泣きながら笑った。恐慌のあまり、感情のコントロールができていないようだ。


「うんっ、あの、なにか、とっても許せないことがあったのはわかるわっ……。――でも、嫌だぁっ!!」


 聞き分けのない幼児のように叫び、イヤイヤと頭を振る。


「ひとを殺すなんてダメッ、魂が汚れちゃうの、みんな悲しむの!」

「……君は気付いていないだけだ。私たちの魂は、すでに汚れている」

「そんなことない、そんなことないぃっ! どうしてそんな寂しいことを考えるの!」


 絶叫するフレデリカを見下ろしたハリーの表情は、まさしく寂寥(せきりょう)に満ちていた。


「フレデリカ。君は穢れていないのかもしれない。けれど私は、自ら築いた屍山血河を踏み越えてきた。なにもかもが血まみれさ」

「違うぅっ!」


 狂乱するフレデリカを、ハリーはじっと見据えた。二人の視線が真っ向からぶつかったとき、ハリーの黒瞳がぎらりと輝く。


 だが、フレデリカは紙一重のところで顔を背けた。

 俊敏な少女の動きに、ハリーは驚きを見せる。


 パニックに陥っていると思われたフレデリカだが、ハリーの『力』を察知して、回避した。ラスティやシェリルが術に囚われるところをしかと見ていたらしい。もしかしたらフレデリカも何度か術にかかっており、学習しているのかもしれない。


 フレデリカは拳を振り上げ、ハリーの腰の辺りを叩いた。弱々しい殴打だったが、二度三度と続けられた。


「この、バカぁ! 女の子を力尽くでどうにかしようとするなんて!」


 先ほどまで駄々っ子のように喚いていただけのフレデリカの瞳には、正気が戻っていた。ハリーの術を躱したことで平静さを取り戻したらしい。

 いや、平静というにはだいぶ取り乱しているが、少なくとも年相応のしゃんとした様子を見せている。


「そんなふうになんでもかんでも解決してきたから、一人ぼっちなのよ! みんなに殺意を向けられて、憎まれて! だからあんたも殺意を向けるしかないんだわ!」


 年上の男に向かって毅然と『お説教』するフレデリカを見て、エドマンドはヴィオレットの少女時代を思い出していた。容姿も、声も、しゃべり方だって全然違う。でも、物怖じせず思ったことを言うフレデリカの姿に、ヴィオレットと似たものを感じた。


 エドマンドが懐古の情に浸る暇があったのは、すでに気付いていたからだ。


 背後で眠りこけていたラスティが起き上がり、シェリルの元へ馳せ参じたことを。


 遅れて気付いたハリーは、愕然と目を見開き、赤毛男の名をつぶやく。


「トム……! いや、ラスティ、という名だったか……」


 ラスティは、意識を失ってぐったりしているシェリルを抱き上げるように庇い、ひどく不安そうな表情をしている。

 シェリルが半死半生なこと、エドマンドの脚が地面に縫われていること、フレデリカが泣き喚いていること、様々な要因に周章狼狽(しゅうしょうろうばい)しているようだ。

 ハリーがすべての犯人だと理解してはいるようだが、向ける視線に怒りの色は含まっていない。


「やめてくれ、トム……いや、ハリー、というのか」

「もう術が解けたのか……」


 ハリーは信じられないものを見るような顔をしている。相当深く眠らせたつもりだったのだろう。単に術の掛け方が甘かっただけか、それとも『超越者』の力が上回ったのか。


 互いに『トム』と偽名を名乗り合った男たちは、複雑な感情をたたえて視線をぶつけ合っていた。


「っ、ラスティ、ハリーの目を見るな……!」


 エドマンドは慌てて警句を飛ばした。また眠らされては意味がない。いや、今度は眠らされるだけでは済まないかもしれない。もし先ほどのシェリルのように操られてしまったら、状況は絶望的に混迷を極める。


 ラスティはエドマンドの言葉に従い、ハリーから目線を外した。今度は悲痛そうにエドマンドを見る。なんとか助けてやれないかと思案しているようだ。

 その思い遣りは有り難いが、今優先すべきはシェリルだ。

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