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宵闇の女王は二度目の愛を誤らない~拾った青年に血と寵愛を捧ぐ~  作者: root-M
第三部 第四章 ハリー・スタインベックの呪詛
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展翅版の蝶

 ひとしきり悲鳴を上げたあと、エドマンドは必死に頭をもたげて振り返り、自身に苦痛をもたらしている『なにか』の正体を確認する。


 左右の大腿部(だいたいぶ)を貫通してエドマンドを地面に縫い留めているそれは、槍のような細長い物体だった。


 その黒ずんだ紅玉色は、あまりにも見覚えがある。エドマンドの右腕にも、似たようなものが握られている。

 すべてを察し、涙のにじむ目で『犯人』だと思われる男を見た。


 犯人――ハリーは、顎に手を添えて薄く笑っている。


「ふむ、予想以上にうまくできた」


 独り言のようにつぶやいたハリーは、一歩二歩とエドマンドの方へ歩み寄ってくる。


「お、まえ……いつの間にこの技を……」


 喘ぎながら問うと、ハリーはますます笑みを濃くした。


「いつの間にもなにも……ついさっき、さ」

「なん、だっ、て……」


 エドマンドは驚愕のあまり、激痛を忘却した。現実を噛み締めているうちに痛みも舞い戻り、ぐうっと呻く。


 ハリーは背中の傷から流れ出た血を用いて、エドマンド同様に武器を作り出したらしい。しかも、二振りも。

 さらに、作り出した槍を手品のように上空に浮かべて待機させておいた。おそらく、エドマンドが乱入してきたフレデリカに気を取られているときに。


 そして最適のタイミングを見計らい、遠隔操作で放った。


 二本とも(もも)に刺さっていることから想定するに、あえて脚を狙ったようだ。だがもし頭や胸を貫かれていたら、強靭な生命力を持つカルミラの民といえど即死だった。

 生まれて初めて『死』を身近に感じたエドマンドは、慄然(りつぜん)と震える。


「抜かったな、エドマンド。私はもはや、カルミラの民の奴隷人形ではない。お前たちとほとんど同等の力を手に入れた、『化け物』だ」


 ハリーは自虐的な物言いで解説を始めた。


「従者であったころ、宵闇の女王がこの技を使うところを何度か見ていた。そしてつい先ほど、お前が剣を出現させるところをこの目で『視た』。……思いのほか、簡単な技じゃないか」


 ――簡単だと? 言ってくれる……。

 エドマンドは、ハリーとの実力差に絶望感を覚えた。


 血で造り出した武器の遠隔操作は、エドマンドには不可能な芸当だった。エドマンドの血剣は、手から離すとたちまち液体に戻り、体内へ還ってしまう。

 練度の不足、生来の素質、年齢の問題。様々な要因がある。


 さらにエドマンド自身、血液硬化の習得に数年を要した。兄姉(けいし)に頭を下げ、何度も『視せて』もらった。あとはひたすら一人で鍛錬を続けた。


 それを、ハリーはぶっつけ本番で、追い詰められた状況で、やすやすとやってのけたのだ。

 なんと途方もない才腕だろうか。


 ハリーは、従者だった頃から、物覚えのいい男だった。いや、人間だった頃から、なんでも卒なくこなす男だった。

 そんな彼が、カルミラの民の秘術を短時間で使いこなしてしまうのは、当然のことなのかもしれない。ましてや、ヴィオレットの力を継いでいるのだから。


 しかし、ここで挫けるわけにはいかない。エドマンドは痛みを堪え、血槍(けっそう)を引き抜こうと試みた。

 だが、それにはすさまじい覚悟が必要だった。肉を(えぐ)られる痛みに耐える覚悟が。

 わずかに身を(よじ)るだけで新鮮な苦痛が生み出され、涙と悲鳴が漏れる状況で、そんな覚悟はできやしなかった。


 一番安楽な手段は、『お願いです、ぼくに刺さっている武器を回収してください』とハリーへ哀願することだ。血の武器は、使用主の意思に従い液体へ戻る。


 いっそ奴に屈しようか……。いいや、ダメだ。

 弱音を吐きそうになりながらも、辛うじて残ったプライドがそれを阻止していた。


 けれどやはり状況を打破する方策がない。今のエドマンドは、展翅版(てんしばん)にピンで縫い留められた蝶だ。不用意な言動をすれば、もっと痛めつけられかねない。


 いや、むしろ、眼前に立ちはだかっている男の目的は、かつての友を(なぶ)ることなのかもしれない。憎しみに任せてエドマンドを虐待し、ゆっくりと死に至らしめようとしているのかもしれない……。


 苦痛と怖れに身を縮ませながら、エドマンドはハリーの表情を窺った。


「二対一でこの有様(ありさま)か、エドマンド」


 降ってきたのは、相変わらずの侮蔑。ぐうの()も出ない。

 くちびるを引き結んでいると、ハリーの瞳に一抹の哀れみが宿る。


「エドマンド……お前はもともと温順で平和的な性格だった。血なまぐさい復讐に身を投じるなど、柄ではないと自分で理解しているだろうに」


 彼の言う通りだった。闘争や流血は、エドマンドの好むところではない。

 しかし――。


「……侮るな」


 悔しさに拳を握りながら、エドマンドは吐き捨てる。


「大切なものを踏みにじられて袖手傍観(しゅうしゅぼうかん)していられるほど、ぼくは腰抜けではない」

「そうだな……お前は、そういうヤツだった」


 ハリーはわずかに目を細め、どこか感傷的に言葉を紡ぐ。


「お前は、自分自身への侮辱は笑顔で受け流していたが、親しい者が愚弄されれば決して捨て置かなかった。その献身的な優しさに敬慕の念を抱いていたが、同時に歯痒く感じていたよ」

「……なにを……?」


 過去を懐かしむような素振りを見せ始めたハリー、その唐突さにエドマンドは眉をひそめる。

 ハリーはただ滔々と続けた。


「たまには利己的になればよかっただろう。愁嘆(しゅうたん)する女の心に付け込んで、我が物にしてしまえばよかっただろう。復讐心など起こさず、生来の(しょう)に合わせて平穏に、安楽に生きて行けばよかっただろう。なぜそうしなかった? 彼女は、それ(・・)を望んでいたのではなかったか?」


 ずきりとエドマンドの心が痛んだ。

 ハリーの言う通り、ヴィオレットは報復などこれっぽちも望んでいない。彼女の意思に反してエドマンドが復讐を唱えたせいで、二人の間に溝ができた。


 悲しみを胸に抱いたまま、ただ静かに暮らしたいと願うヴィオレットに寄り添ってさえいれば、いつか身も心も許してくれたかもしれない。


 そうしてさえいれば、ヴィオレットとシェリルに『家族』と呼ばれ、温かく笑い合っていたのはエドマンドだったかもしれない。ラスティなどではなく……。


 ――なれど、誰もが復讐を放棄したら、誰が罪人に報いを受けさせるのか。


「……ぼくは孤独でいい」


 エドマンドは決然と言った。


「とうにぼくは決めていた。ヴィーの隣に立つのではなく、ただ見守ろうと。彼女の幸福を祈ろうと。彼女の心の平穏を少しでも乱す輩がいるのなら、ぼくが速やかに排除すると」


 それが自己満足だということは理解している。誰に褒められるでもないことだとわかっている。


「感謝なんてされなくていい。気まぐれに美しい笑顔をみせてくれれば、戯れにキスをくれれば、それでいい」


 脚の痛みを(こら)え、真っ直ぐに、はっきりと、眼前の罪人へ告げる。


「だから、ヴィーとぼくのために、お前は死んでくれ……!」


 まごうことなき本心をぶつけると、ハリーは爽やかに笑んだ。まるで、新緑の間を吹き抜ける初夏の風のように。

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