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宵闇の女王は二度目の愛を誤らない~拾った青年に血と寵愛を捧ぐ~  作者: root-M
第三部 第四章 ハリー・スタインベックの呪詛
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元従者とお人好し

「待ってくれ!」


 ハリーを庇うように現れたのは、ラスティだった。ひどく狼狽(うろた)えながら、エドマンドに向かって(わめ)くように聞き(ただ)す。


「いきなりなんだ、なんだって言うんだよ! トムがなにをしたって言うんだ!」


 ――こんなときに! と、エドマンドの頭に血がのぼる。

 正直言えば、ラスティの存在をすっかり忘却していた。隅の方で傍観していればよかったものを、と歯を軋ませる。


 ラスティの斜め後方では、ハリーが目を丸くしていた。余裕ぶった相好を崩壊させ、闖入者への対応に戸惑いをみせている。


「どけ、ラスティ!」


 感情のままエドマンドは叫んでいた。それが初めての呼名だということにも気付かずに。

 ラスティが、『トム』という偽名を使っていたことなど、頭から吹き飛んでいた。


 ――『その男は、ヴィオレットを裏切り、傷付けた仇敵だ。お前にとっても、憎むべき相手だ!』

 そう叫びたいが、苛立ちで上手く言葉が出てこない。


 痛憤(つうふん)に心を乱しながらも、ラスティの気持ちを汲もうと思いを巡らせる。

 迷子になったラスティは、『トム・ブラック』と名乗ったハリーに保護されたのだ。ラスティからすれば、ハリーは恩人なのだろう。

 その恩人と敵対し、激しく口論するエドマンドとシェリル、その光景に戸惑っている。事情を知らぬまま傍観できぬと全身で主張している。


 しかし、ここで一から十までを説明してやる余裕も謂れもない。多少ラスティを傷付けることになっても、このままハリーへ攻撃を開始するか……。


 エドマンドが殺気を強めたことを察したのか、ラスティの瞳に恐慌の色が混ざる。


「ど、どういう状況なのか、教えてくれ! それに……トムとヴィーになんの関係が――」

「『ヴィー(・・・)』、だと?」


 ラスティの乱入に唖然としていたハリーの片眉が、ぴくりと動く。


「エドマンドの従者が、なぜ彼女を気安く愛称で呼ぶ?」


 いけない、とエドマンドは瞠目して息を呑んだ。血の気が引き、全身から冷や汗が噴き出る。ラスティの介入は、明らかに事態を悪化させた。

 ヴィオレットを憎悪し、彼女の従者を殲滅せしめんとしたハリー。その彼が、ラスティという存在を見逃すはずがない。


「そうか、そういうことか」


 ハリーのくちびるが吊り上がり、邪悪極まりない弧を描く。冷ややかだっただけの碧眼の中に、汚泥のような(よど)みが現れた。


「トム……?」


 ただならぬ雰囲気を察したラスティが、恐々とハリーを振り返る。

 ハリーは左目を見開いて、肩を震わせていた。


「ヴィオレットは、新しい男を引き込んだのか。私の代替品が見つかったんだね、めでたいことじゃないか」


 独り言のようにつぶやき、わざとらしく首をかしげる。


「代替……というのは少し違うか。私とは異なるタイプを選んだのかな。御しやすい、いかにもなお人好しを」

「……ど、どうした、トム?」


 悪意を剥き出しにしたハリーに、ラスティは怯えを見せた。一歩、二歩と後退(あとずさ)る。

 怖気づき身を縮めるラスティを鋭い視線で射抜いてから、ハリーはにっこりと笑ってみせた。


「それは偽名だよ、ラスティくん(・・・・・・)。私とエドマンドの会話を聞いていなかったか? 私はハリー。宵闇の女王の元従者、ハリー・スタインベックだ」

「も、『元』従者……?」

()()に、見覚えがないか?」


 ハリーは眼帯を掴むと、力任せに取り去った。

 右の眼窩に収まるのは、深い闇の色を持ちながらも美しく煌めく黒い瞳。


「私は、ヴィオレットから肉体の一部を奪い、我が物とすることによって、カルミラという化け物の支配から逃れた、元従者だ」


 ラスティはぽかんと口を開けたまま固まった。

 間抜けた面のまま、がくんと膝を折り、次いで尻餅をついた。


 真実を明かされ、驚愕に腰を抜かしたわけではないとエドマンドにはすぐにわかった。ハリーの術中に落ちたのだ。

 それは、ヴィオレットの瞳の――源祖カルミラの能力の一端。


 自分になにが起こっているのか理解できていないラスティは口をぱくぱくさせていたが、やがて全身の力を失って、仰向けに地面に倒れ込んだ。

 卒倒した、というよりも入眠した、と言った方が正しいだろう。

 場違い極まりないが、温かい毛布に包まっているかのように、穏やかな寝顔を見せていた。


「ふむ……他愛ないな。まぁ、『なりたて、ほやほや』ならば、仕方ないか」


 眠りに落ちたラスティを見下ろし、ハリーはつまらなさそうにぼやいた。長靴(ブーツ)のつま先で、寝転がった男の肩のあたりをつつく。


「――ハリー!」


 強い危機感を抱いたエドマンドは、思わず数歩踏み出した。だが、すかさずハリーに手のひらを向けられ、硬直せざるを得なかった。

 ハリーからは、『動くな』と無言の圧力が放たれている。


「彼の喉を踏み砕くよ。それとも、君の従者ではないのだから、どうなろうと関係ないかい?」


 どうなろうと、関係ない――。そう言ってしまえればどんなに楽だろう。

 だが、ラスティを見捨てるという選択肢はエドマンドの中にはなかった。

 いきなり現れてヴィオレットの寵愛を受けるラスティは、確かに憎い。けれどそれは憎悪のたぐいではなく、ただの嫉妬だ。


 それに、どんなにラスティのことが妬ましくとも、エドマンドにとってはヴィオレットの笑顔こそが最優先。ヴィオレットに安楽と幸福をもたらす存在を見殺しにすることはできない。

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