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宵闇の女王は二度目の愛を誤らない~拾った青年に血と寵愛を捧ぐ~  作者: root-M
第三部 第四章 ハリー・スタインベックの呪詛
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怨敵

 霧に変じた状態でのろのろと街の上空を浮遊するフレデリカ。そのあとを追いながら、エドマンドは疑念を抱いた。


 ――街の外へ導かれているのだろうか? なぜ?


 その予測は当たった。城壁を超え、旧街道沿いにある見張り塔の跡地まで連れてこられた。

 放置された塔はすっかり朽ちて、半分ほどしか残っていない。かつては周囲に家屋があったのだろうが、今は土台だけになっている。


 ひと気のない場所へ誘導されたことに、エドマンドはわずかな危機感を持った。少し気を引き締める。しかし、衆目があるところでは実体化できないため、『トム・ブラック』の配慮かもしれない。


 建物の陰で実体へ戻る。

 小さな悲鳴が聞こえたため視線を向けると、少し離れたところでフレデリカが尻餅をついていた。着地に失敗したらしい。

 手を貸そうかと思っていたら、シェリルに先を越された。立ち上がったフレデリカのスカートの土汚れを甲斐甲斐しく払ってやって、感極まったフレデリカに抱き付かれていた。


 彼女らの関係がこれっきりにならないといい、とエドマンドは目を細める。

 ヴィオレットは、シェリルが交友関係を広げ、外へ出て行くことを嫌厭するかもしれない。でも、可愛い従者のために決断してくれたらいいなと思う。

 そしていずれはヴィオレット自身も、陽の当たる場所へ出て欲しい。そして夜は、傲慢な女王として君臨して欲しい。


 愛しい幼馴染のことを想いながら、視線を巡らせ周囲を確認する。朽ちた建物とまばらに生える草木以外、なにもなく、誰もいなかった。


「あれ? どこ行ったのよ!」


 フレデリカがキョロキョロしながらわめいた。呼びつけておきながら、トム・ブラックはどこかへ姿を消してしまったのだろうか。

 (いぶか)しいな、とエドマンドは警戒を強めた。

 遅れて、広範囲に『人払いの術』が施されていることに気付く。だから、人間どころか小動物の気配もないのだ。

 誘い込まれたような気分になり、鳥肌が立った。


 シェリルへ警句を飛ばそうと口を開いたとき――。


 ――声が降ってきた。


「おや、なんという巡り合わせだろうか」


 聞き覚えがあるというよりも、あまりに馴染み深い声。どくりと心臓が鳴り、身体が強張った。愕然と、天を仰ぐ。


 何者かが、朽ちた塔の上に座っている。傾きかけた日でちょうど逆光になっており、姿が判然としない。

 目を見張り、その者の姿を捉えようと努める。


 長い三つ編みとリボンが風に揺らいでいる。

 すでにエドマンドは悟っていた。そこにいるのが、誰なのか。

 しかし、視界に収めるまで理性が納得しない。


 いや、もしかしたら戦慄に身がすくんでいるのかもしれない。

 はたまた、歓喜に打ち震えているのかもしれない。

 再会を焦がれた男が、すぐそこにいる。


 かつての友(・・・・・)が――絶対に殺すと誓った男が、眼前にいる。


「銀髪の美丈夫だと聞いて、まさかとは思ったが……トムの主人は、君だったのか、エドマンド――」

「――ハリぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃっ!!!!」


 叫喚したのは、シェリルだった。

 エドマンドは弾かれたように振り返ったが、すでにシェリルはいなかった。

 地面が激しくえぐれており、凄まじい脚力を発揮して飛び上がったのだと見て取れた。

 再度塔を仰ぐと、二つの人影がもつれるように壁の向こうへ落ちていった。


「……シェリル!」


 讐敵(しゅうてき)との再会にのぼせていたエドマンドの全身が、急激に冷える。シェリルを先行させてしまったこと、この上なく後悔した。

 なぜ、ぼくが先に動かなかった、と。

 すぐさま肉体を霧に変え、壁をすり抜けた。


 山積する瓦礫の合間、二つの霧の塊がぶつかり合っていた。

 いや、正確には片方が迫り、片方が逃れている。

 逃げる方は時折停滞し、追い付かれる寸前でまた距離を取っている。

 まるで追尾者を嘲るかのよう。術の練度の差が如実に現れていた。


 (らち)が明かないと思ったのか、シェリルが実体を現した。ぜいぜいと肩で息をしている。

 わずかに離れたところで、もう一つの霧の塊が金髪の青年の姿になった。彼――ハリーは、微塵も息切れしていない。


 数年ぶりに見るエドマンドの怨敵は、かつてと全く変わらぬ姿をしていた。

 逃亡生活で(すさ)み、やつれているということも一切ない。エドマンドの記憶にある姿とそっくりそのまま、艶やかな金の髪を三つ編みにして、リボンと共に風に流している。整った面立ちには優雅な笑み。

 右目を覆う眼帯、その奥に秘められたものを想うと、エドマンドも我を失いそうだった。


 ハリーは、澄んだ声でシェリルへ語りかける。


「久しぶりだね、セーラ(・・・)。髪を切ってしまったのか」

「よくも、そんな平然と……っ!」


 息を整えながらも、シェリルは憤怒の声をあげた。積年の友のように気安い挨拶をしたハリーへ、刺し貫くような視線を送る。息を吸い込んでから、怒りをまき散らすように叫んだ。


「セーラという名の非力な娘は、あの日、お姉さまたちと共に死んだ!! 今の私は、復讐のために生きる『シェリル』だっっ!!」


 しかしハリーは、『ふむ』と興味深そうに顎をさすっただけ。


「君だけ殺し損ねたことはわかっていたが、ずいぶん勇猛果敢になって」

「お前を殺すためだっ!!」


 シェリルは獣のように吠えた。彼女の形相は、(つい)ぞ見たことないほどに歪んでいる。

 憎悪と殺意だけが、普段は明るく闊達な少女を突き動かしているようだ。

 だって彼女は、最愛のあるじを踏みにじられ、敬愛する『姉』たちを惨殺されたのだから。


 ハリーのくちびるが吊り上がる。


「死に損なった娘が、復讐の女神(エリニュス)となったか」


 その芝居掛かった物言いに、エドマンドは懐かしさを覚えた。

 エリニュスは、とりわけ血族間殺人に厳しい女神だ。それを知っているがゆえの自虐的な台詞だろうか。

エリニュス:ギリシア神話に登場する復讐の女神。エリニュスは複数形で、三人の女神のことを指す。

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