迷子の迷子の赤毛くん 1
グレナデン及びフィリックスと別れたあと、エドマンドとシェリルは大通りから外れて路地裏へ入った。
今までは大通りを中心にラスティを捜索していたが、人混みに嫌気がさして裏通りへ逃げて来ているかもしれない。もちろん、希望的観測に過ぎないが。
大通りから著しく逸れて、貴族街や、ましてや治安の悪い方へ迷い込むほど、底抜けの愚か者だとは思いたくない。
「エドマンド様……」
エドマンドと寄り添うようにして歩くシェリルの声には、軽微な非難が混ざっていた。
「差し出口とは思いますが……。石榴館の方々にラスティ様の捜索を頼んでしまうなんて、得策とは思えません」
彼女の懸念もよく理解できる。無実を証明できたとはいえ、ヴィオレットはつい先日まで、グレナデン一派に殺人犯だと疑われていたのだ。
しかも母から聞いた話によると、ヴィオレットはグレナデンと激しく口論し、闘争寸前までいったとか。
母の介入で事なきを得たようが、ヴィオレットはグレナデンの従者を誘惑し、彼に大いなる屈辱を与えたという。そのわだかまりは、まだ消えていないだろう。もしシェリルがヴィオレットの従者だと知られたら、怒りの矛先を向けられる可能性が高い。
シェリルに関してはエドマンドの従者だと思ってもらえたが、ラスティの『素性』が判明したら……さてどうなることだろう。
「正直言えばぼくも、彼らの助力を乞うたのは『賭け』だと思っている」
本音を告げると、シェリルは『なんと……』とだけ言って、押し黙った。どうやらエドマンドの答えに呆れ果て、言葉を失ったようだ。
「でも、彼らと出会ってしまった以上は仕方ない。適当にあしらってあの場を切り抜けても、怪しく思われて尾行されたらたまったものじゃない。だから、胸襟を開いたふりをして、あのひとたちを利用するほうに賭けてみたんだ」
現に、礼儀正しい青年を装ったら、グレナデンは好意と善意を向けてくれた。
「グレナデンは、堅実で思慮深いひとだ。敵に回しさえしなければ、誠実に力になってくれるだろう」
苛烈な思想を持つグレナデンだが、決して無体を働くような人物ではない。それゆえに人望を集め、石榴館という一つの派閥を束ねるに至っているのだから。
反対に、フィリックスの方がなんとも言い難い。セントグルゼンを『遊び場』にしている者同士、ある程度見知ってはいるし、裏表のない男だとは思う。
だが、『エドマンドくんは従者を持たない主義だったはずでは?』と尋ねられたとき、ぎくりとした。
他の同胞がどんな従者を何人持っているか、興味のないカルミラの民は多い。むしろ、他人の従者に関心を持つことを不躾だとして、嫌う傾向にある。
けれどフィリックスは『少数派』だったようだ。日頃、エドマンドが従者を連れずに単身で出歩いていることを、しかと記憶していたようだ。
それに、エドマンドが『従者を持たない主義』であることは、まごうことなき事実なのだ。公言していないのに、ずばり言い当てられるとは思ってもみなかった。
「……フィリックスは、どうも掴みどころのない人物だが、頭も回るし行動力がある」
不安要素は多いが、彼はこの街には詳しいはずだ。迷い人の捜索には適任だろう。
「だから問題はたった一つだけ。彼らが迷子の赤毛を見つけたとき、根掘り葉掘り質問をして素性を探り、『真相』にたどり着くかどうか」
グレナデンのような良識ある人物なら、他人の従者――ましてや『オルドリッジ夫人の従者』にあれこれ質問をぶつけることは無作法だと避けるだろう。
だが――。
「ラスティ様には前々から言い含めてあります。かつてエドマンド様と出会われたときのように、見知らぬカルミラの民の方と遭遇することがあっても、ヴィオレット様の関係者であること、ましてや超越者であることは隠しておくようにと。ですが……」
途切れたシェリルの言葉尻を、エドマンドは継いだ。
「ああ、あいつは人懐こすぎる。ぼくに対してそうだったように、初対面の者相手でも臆さずに喋る。口の上手いフィリックスに乗せられて、余計なことを言ってしまうかもしれない」
もしかしたら今頃ラスティは見つかっていて、『集合時間までまだ余裕があるから』などとフィリックスに誘われ、そこらのコーヒーハウスにでも入店しているかもしれない。ガヤガヤと雑多な空気に呑まれ、いつもよりもずっと饒舌になってしまうかもしれない。
フィリックスとラスティが仲良くおしゃべりする姿が容易に想像できてしまう。
「でも、あの赤毛が行方不明になってすぐ、ヴィーを呼びに行かなくてよかったよ。彼女とグレナデンが出会っていたら、どうなっていたか……」
苦々しく眉を歪めるエドマンドに、メイドは『そうですわね』と嘆息した。
屋敷で待つヴィオレットに、『預かった赤毛くんが迷子になりました』と報告に戻ったら、間違いなく何発か殴られていただろう。蹴りも追加されていたに違いない。
憤怒と暴力を恐れたエドマンドは、まずは自力でラスティを探そうとしていたのだが、結果として正解だった。
情けない話ではあるが、己の怯懦が良い方向に働くとは、思ってもみなかった。




