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宵闇の女王は二度目の愛を誤らない~拾った青年に血と寵愛を捧ぐ~  作者: root-M
第三部 第一章 アドルファス・M・グレナデンの義憤
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コーヒーハウスにて 2

 しかし、せっかくここまで足を運んだものの、ターナーの話にはさして新鮮味がなかった。すでに石榴館(せきりゅうかん)に集うカルミラの民の間で噂になっていることばかりだった。


 ターナーは巡察隊の隊長と言っても、警備以外の権限はないに等しいらしい。死体を精査することも、被害者宅で聞き込みをすることもできていない。

 そもそも巡察隊自体が新しい組織で衆望が薄く、貴族たちに対しては捜査の手を入れることさえ叶わないという。


 そうなれば、上流階級の社交界に溶け込んでいるカルミラの民たちの方がどうしても情報通となる。被害者の姓名までも、ターナーに聞くまでもなく、すでにグレナデンは知り及んでいた。


 これならば、貴族に紛れて、サロンにでも侵入したほうが余程有意義だったかもしれない。

 けれどグレナデンは、後悔していない。『ターナーに話を聞くことは無駄だった』ということがわかっただけで満足だ。完璧主義の彼は、あらゆる調査をしておきたかったのだ。


 しかしわずかな失望は表に出ていたらしく、ターナーは申し訳なさそうに眉尻を下げた。だが恐らく演技だろう。くたびれた軍人の処世術だと思われる。


 もう用は済んだ、とグレナデンが席を立とうとしたとき、ターナーが口を開いた。


「ところで――あんたらは、最近街を離れていたのか?」


 唐突な問いかけの意図が掴めず、グレナデンはフィリックスと顔を見合わせた。


「グレナデンも私もこの街の人間じゃないよ。それに私は、ここ数日は余所に行っていた」


 フィリックスが答えると、ターナーは『そうか』と言ったあと、忌々しそうに言葉を紡いだ。


「三日前、六人目の被害者が出た」

「なっ――」「おっ、おっ、なんだって?!」


 グレナデンの驚愕の声を遮って、フィリックスが身を乗り出した。目はまん丸に見開かれている。驚きよりも、好奇心が前面に出ているようだった。


「殺されたのは、どこの誰だい?」


 腰を据え直したフィリックスは、目に見えてうきうきしていた。不謹慎な態度にターナーは眉をひそめたものの、素直に教えてくれた。


「……今度はたった八歳、商人の娘だ」

「貴族じゃないんだ。しかも子どもか。へ~え」

「フィリックス、少し黙れ」


 感心したような様子のフィリックスを、グレナデンは峻厳にたしなめた。ターナーの心証を悪くすれば、情報を入手し損ねる可能性がある。

 おそらくターナーには、同じ年頃の娘がいるのだろう。表情にわずかな嫌悪と怒りが出ている。

 グレナデンだって、憤慨せずにはいられない。ただでさえ幼児性愛はカルミラの民の間で強く嫌厭されているのに、果てに殺してしまうとは。これはますます犯人を許しがたい。


 ターナーは、苛立ちと不快感を顔ではなく仕草に出した。指先でテーブルをトントン叩き始める。


「幼い子どもが被害に遭っちまったのはたいそう胸糞悪い。しかも、その商人は敬虔な旧教徒だった。悪魔のしわざだとえらく騒ぎやがってな」


 すると、フィリックスはさも愉快そうに口角を上げた。


「じゃあ、死んだ子は胸に杭を刺されたのかい? それとも、燃やされてしまったのかな?」


 死後の復活を恐れたか、もしくは悪魔と接触した異端者とされたか。


「……郊外で煙が上がっていたそうだ。なんの煙だったのかは、俺は知らん」


 ターナーが苦々しく言うと、フィリックスはわずかに目を細め、声のトーンを落とした。


「そうか、それは哀れなこと。…………しかしそれじゃあ死体が見れないなぁ」


 後半の言葉は、ごくごく小さなつぶやきで、ターナーには聞こえなかっただろう。だが、人間よりも優れた聴力を持つグレナデンの耳には、はっきりと届いた。

 遺体を確認すれば、なにか手掛かりが見つかるかもしれない。だが墓を暴くなど、あまりに道義に(もと)る行為だ。


 これ以上フィリックスが不道徳な好奇心を発揮するようなら、止めねばなるまい。グレナデンは小さく嘆息した。

 友の気苦労など知らず、フィリックスはさらに質問を重ねる。


「で、今回も『男にも女にも見える人物』が目撃されたのかい?」


 すると、ターナーは困惑したように眉を歪めて頭を掻く。


「いや、今回はなかった。……そもそも、その情報の出所がよくわからんのだ」

「なんだと?」


 グレナデンは疑念の声をあげずにいられなかった。


「最初の五人の周囲には、そういう人物がいたのではなかったか?」

「俺が直接聞いたわけじゃない。いつの間にか噂になっていた。俺は、どこかの誰かが面白半分に流した話なんじゃないかと思っているが……。実際にそういうヤツがいたとしても、犯人とは限らないしな」

「……ふむ」


 沈着で理知的な男だ、とグレナデンはターナーに対する評価を上げた。風聞や迷信に踊らされない人間は非常に稀有だ。

 だがターナーは、強く憤りながらも、犯人探しに躍起になっている様子はない。恐らく、給料分の仕事しかしない主義なのだろう。

 もちろんそれは合理的で好ましい。この男がもう十歳ほど若ければ、従者にしてもよかったかもしれない。

 有能な者を側に置きたいという欲望に、口内の牙がほんの少し尖った。

警察組織について:物語のモデルになっている国と時代において、近代的な警察組織が創設されるのはこの数十年後。平和は市民一人一人の手で守るものであるという意識が強く、また、他国の警察組織の印象が悪く、なかなか本格的な警察組織が成立しなかったらしい。刑事という職業ができて、ようやく貴族へ捜査の手を入れられるようになった。


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