コーヒーハウスにて 1
石榴館の主人、アドルファス・M・グレナデンは、セントグルゼンの街を訪れていた。
この街では今、カルミラの民が犯人と思われる連続殺人事件が起こっている。
貴族の少女ばかりが五人、夜の内に攫われ、翌日遺体で発見されているのだ。身体には吸血痕が残り、失血死していることから、『吸血鬼のしわざ』などと噂が立っている。
それはカルミラの民にとって大変都合が悪い。『吸血鬼』とはあくまで作り話の中の存在であると、人間たちに思い込ませておかねばならないからだ。
さもなくば、かつての魔女狩りのように無関係な人間が大勢殺害された挙げ句、カルミラの民も狩り出される事態になるだろう。
なにより、このまま放置すれば同胞の中から『模倣犯』が出る可能性もある。そうなる前に、犯人を『処刑』し、さらし上げなければならない。
もちろん、秩序の維持だけが目的ではない。吸血した人間を死に至らしめるカルミラの民など、本能のままに生きる畜生同然。一族の面汚しだ。あまりに許しがたい。
義憤に燃えるグレナデンの隣には、緩く結わいた黒髪を肩に垂らし、片眼鏡を装着した同胞。
同志であり、昔馴染みでもあるフィリックス・F・シアースミスだ。
二人並んで、大勢の人間たちに混ざって昼間の大通りを闊歩していた。カルミラの民は、人間と比べると色白で少し耳が尖っているが、悪目立ちするほどではない。
ピリピリしているグレナデンとは対照的に、フィリックスは薄い笑みを浮かべて、道行く人々の姿を愉快そうに眺めていた。彼は人間観察が趣味らしいのだが、グレナデンには理解しがたい。
「街の様子は至って普通に見えるが」
グレナデンが話しかけると、フィリックスは鷹揚に答えた。
「ああ、うん。広い街だし、こんなものさ。夜間の警邏が多少厳しくなったくらいかなぁ」
この街はフィリックスにとって『遊び場』の一つで、それなりに詳しいようだった。
フィリックスの先導のもと、通り沿いにあるコーヒーハウスへと入店する。
慣れた様子で入場料を払ったフィリックスは、煙草の煙の充満する店内を奥へと進んでいく。グレナデンは、猥雑な店内の様子に嫌悪をあらわにしながらも、友人の後に続いた。
女客はおらず、服装からして様々な身分の男たちが卓を囲んでガヤガヤと会話を楽しんでいる。新聞を読んだり、書き物をしている者もいる。
うるさく、狭く、汚く、臭い。静寂と清潔を愛するグレナデンには、たいそう居心地の悪い空間だ。
フィリックスは最奥のテーブルまでたどり着くと、そこに一人で腰掛けている男へと挨拶をした。
「やあ大尉。待たせたね」
「……いや、構わんさ」
壮年過ぎの大柄な男が、新聞から顔を上げて肩をすくめた。ちらりとグレナデンに一瞥をくれたあと、難儀そうに居住まいを正す。
身なりのいいグレナデンを見て、お偉いお貴族様だと思ったのだろう。相手を見て態度を変えるのは当たり前のことだ。ゆえにグレナデンは、この男の素直さを評価した。
それから、フィリックスと二人で同じテーブルにつく。
「えーっと、グレナデン、彼はターナー大尉だ。この街の巡察隊を仕切っている」
フィリックスから男を紹介され、グレナデンはぼそりと名乗る。
「……ミリウス・グレナデンだ」
この喧噪の中、ターナーへと明瞭に言葉が届いたかは定かではない。
「……ああ、アダム・ターナーだ。どうも、よろしく」
聞き返されることも、握手を求められることもなかった。グレナデンがそう思っているように、ターナーもまた、二人の関係は今このとき限りのものだと悟ったのだろう。
あらかじめフィリックスから説明を受けていたが、ターナーはただの人間だ。目の前にいる二人が、おとぎ話に語られる『カルミラの民』だとは思ってもいないだろう。
「それであんたらは、改めて今回の事件の話を聞きたいんだな」
ターナーは新聞を乱雑に畳んでテーブルの上へ置いた。
「ああ、貴官の知る限りで結構」
グレナデンは人間を蔑んだりしないが――もちろん品性下劣な者は別だが――、長命種である分、どうしても横柄な接し方になってしまう。年齢だけならばターナーよりも二十は上だろう。
だが一方のフィリックスは、誰に対しても等しく友好的だ。人間に溶け込むのも非常に巧い。
「多忙なところをすまないねぇ大尉。彼も今回の事件にはたいそう憤っていてね」
「いいや、ちょっとした『雑談』なら問題ない」
「そうかい、ふふ、今度いい酒をおごるよ」
「そりゃ、どうも」
どこからどうみても親しい友人のやり取りだ。グレナデンは、フィリックスの社交家ぶりにいつも驚かされる。
フィリックスは、三人目の被害者の親族を装ってターナーに接近したらしい。
カルミラの民は総じて、人間を惑わす力を備えている。つまるところ、吸血行為のための誘惑・幻惑能力なのだが、人間と『親しく付き合う』際にもたいそう有効な手段となるのだ。
今や、フィリックスと大尉は昼間のコーヒーハウスで『世間話』をし、夜のパブでは盃を交わす仲らしい。
片眼鏡:丸いレンズを目のくぼみに嵌め込んで装着する。そのため、彫りの深い顔立ちの者しか身に着けることはできない。視力矯正器具というより、おしゃれなアイテムとしての面が大きい。
コーヒーハウス:入場料を払えば一日中居放題の、いわゆるカフェ。身分を問わず入場でき、商取引や政治談議の場になった。女性は立ち入り禁止。紅茶の流行に伴い、廃れていく。




