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宵闇の女王は二度目の愛を誤らない~拾った青年に血と寵愛を捧ぐ~  作者: root-M
第一部 エドマンド・E・オルドリッジの憂苦
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女を口説くには不似合いな

 しかし、屈辱的ではあるが、怒りを抑えて言わねばならない。

 大切な『家族』を守るために。


「私はここ数年ほど、従者の血しか吸っていない。……わかるだろう」

「ああ、わかるとも。以前ほどの覇気は微塵もない、ただの(しな)びた女だ」


 この上ない侮辱に、ヴィオレットはこめかみを引きつらせた。

 カルミラの民は、従者の血液だけでも生き延びることはできるが、強大な力を保持し続けるには、人間の生き血を摂取せねばならない。

 けれど、ヴィオレットはそれをするのが怖かった。

 血を吸った人間に嫌悪され、蔑みの眼差しを向けられることが。


「どこぞの輩が、私の姿を騙って人間の少女を殺して回っているのはまことに(いきどお)ろしいことだ。だが私には犯人の目星もつかない。それの捜査は、お前たちに任せたい」

「まぁいいだろう。我々としても捨て置くことはできない」


 妙に物分かりがいい男に対し、ヴィオレットは怪訝な目を向けた。グレナデンは難儀そうに嘆息すると、背もたれに深く身を預ける。


「だが、別件でも近々赴こうと思っていたところでな。そちらの用件も聞いてもらえるか」


 嫌な予感しかしない。ヴィオレットはそれを思い切り態度に出してから促した。


「……言ってみろ」

「ハリー・スタインベックの件だ」

「――!」


 ヴィオレットは動揺を隠すことができなかった。右目の奥が鋭く痛み、顔をしかめる。

 そんなヴィオレットに冷たい視線を向け、グレナデンは傲然と言った。


「奴は我々カルミラの民の汚点だ。その『製造元』である貴女に責任を取ってもらいたい」

「責任……? わ、私に彼を殺せと……」


 声が震え、語尾が途切れた。


「いいや、奴の『処分』も我々が執り行う。今の貴女にそれができるとは思えない」


 またもや侮蔑が降ってきたが、それに怒りを抱く余裕はなかった。


「ヴィオレット・L・マクファーレン」


 グレナデンは、もったいぶるようにヴィオレットのフルネームを口にした。少し間を置き、緩慢に言葉を紡ぐ。


「早急に子を成し、その血を残せ。貴女が継いでいる『L』の名を、一刻も早く子に継承しろ。それこそが貴女の『責任』だ。力の一部を奪われ、屋敷に引きこもっている女を『君主』として戴くのはカルミラの民全体の恥辱でしかないのだから」

「……なっ!」


 ほんのわずか放心したあと瞬時に頭が沸騰し、ヴィオレットは猛然と立ち上がった。

 子どもを作ることを強要されるなど、家畜同然。自由を愛するカルミラの民の女にはこの上ない屈辱。

 瞳に炎を燃やし、眼前の男を睨み据えた。


 グレナデンもまた、凍えるような目でヴィオレットを見つめてくる。そして冷えたままの声で、ただ淡々と言った。


「手頃な男を見繕えぬのなら、私でもよい」


 それは、『仕方がない、我慢してやる』という舐め腐った物言いだった。女を口説こうとしている男の態度ではない。


「グレナデン……っ!」


 怒りで戦慄きながら、その名を呼ぶ。


「それ以上、戯けたことを言ってみろ……! 私が本当に萎びているか、その身に刻み込んでやる……!」


 低く震える声は、凶暴な肉食獣のうなりの如し。

 けれど対するグレナデンは口角を上げるのみ。


「それはまこと愉快。貴女の力がいかに衰えているか、ぜひ教示願いたい」


 慇懃(いんぎん)に言ってから、悠然と立ち上がる。切れ長の目を細め、ヴィオレットの全身を視線で舐めた。


「いかに宵闇の女王とて、四肢すべてを折られれば身の程を知るに違いない。ひいてはさぞ慎み深い淑女となり、次の『春』には従順に出迎えてくれるだろうな」


 要するに、次回の発情時には屋敷に招待しろと言うことだ。折檻し、恐怖を教え込んだ上で。

 女を愚弄する言葉をよくもここまで思い付くものだ。その鼻柱を、いや、いっそのこと(くび)をへし折ってやりたい、とヴィオレットの心中に凶悪なものが芽生え、室内に重苦しい圧が満ちた。

 だが――。


 ――やめなさい、ヴィオレット。

 わずかに残る理性が制止の声を発している。


 ――今の私では勝てない。『力』を失った上に、しばらく人の生き血も飲んでいない。ここで激情に身を任せたところで、相打ちがいいところ。ここは敵地のようなものではないか。


 ――それでもやらねばならぬ。受けた屈辱は返さねば、この身に流れる血の矜持が腐る。

 そう、本能が闘争せよと叫び、肉体を突き動かそうとしている。例えこれが、グレナデンの計略だとしても。


 ヴィオレットの激憤と、グレナデンの冷眼がぶつかる。まさに一触即発。

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― 新着の感想 ―
[一言] やはり言葉のチョイスが素晴らしい。 グレナデンの性格の悪さ……
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