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宵闇の女王は二度目の愛を誤らない~拾った青年に血と寵愛を捧ぐ~  作者: root-M
第四部 第二章 ハリーとヴィオレット
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犬の名は

 フレデリカはホレスを見送りに出たらしく、入室してくることはなかった。

 そのことに対し、ハリーはひどい落胆を覚えてしまう。彼女の朗らかな笑みが見たかった。からかって遊びたかった。


 そこまで考え、ハリーは眉間を押さえる。

 ――馬鹿なことを。そんなことを望む権利はないというのに。


 フレデリカはあくまで、ホレスのものだ。

 右目に宿る力を使えば、フレデリカはハリーへ(かしず)くだろう。いっそそうしてしまおうかと衝動的に思ったが……。


 ――それは、(けだもの)にも劣る考えだ。


 それからハリーは、ぼぅっと窓の外を眺めて過ごした。肉体は万全ではないが目は冴えており、二度寝したいとは思えなかった。気怠さのお陰で、余計なことを考えずに済んでいる。


 やがて扉がノックされ、返事を待たずにフレデリカが入室してきた。妙に明るい表情をしており、軽やかな足取りでハリーの傍らまでやってくると、小鳥のように首をかしげる。


「起きてたの。寝てなくて大丈夫?」

「ああ、問題ない」

「そうなんだ。お茶でも淹れましょうか?」


 弾んだ声と、満面の笑み。いかにも、『素敵なことがありました』といった様子だ。


「おや、御機嫌だね、フレデリカ。ホレス氏に血を吸われたか」


 ずばりと指摘すると、少女はカッと顔を赤らめた。


「べ、別にいいじゃない」

「私の屋敷で乳繰(ちちく)り合うのはやめて欲しいな」


 下品な物言いでからかうと、フレデリカは『きーっ』と奇声を発して拳を振り上げた。感情のまま振り下ろされたそれを、ハリーは(すんで)のところで避ける。

 しかし、上体を(ひね)ったせいで、背中の傷がずきりと痛んだ。


 思わず顔をしかめたが、すぐさま取り繕って、涼しい顔を作る。恐る恐るフレデリカを窺うと、頬を膨らませてそっぽを向いており、ハリーの変化に気付いた様子はなかった。


 ハリーは秘かに安堵する。フレデリカに余計な心配を掛けたくなかった。心根の優しい少女は、きっととても悲しい顔をするだろうから。


「ところでフレデリカ……。領域内にぼんやりした違和感があるのだけど、なにか隠していないか?」


 先ほどから感じていた疑念をぶつけると、フレデリカは目をまん丸にして視線を泳がせた。動揺をまったく隠せていないくせに、白々しく首を横に振る。


「……なんにも」

「窓から見えたよ。君が水を持ってどこかへ駆けていく姿をね。まさか、犬か猫でも拾ってきたのか?」


 目撃証言と冗談半分の推測を突きつけると、フレデリカはいっそう挙動不審になった。ひとしきりあたふたしたあと、名案が閃いたと言わんばかりに顔を輝かせる。


「そう、犬! 犬が迷い込んできたの」


 なんと隠し事の下手な娘だろう。ハリーは奥歯をグッと噛み締めて笑いをこらえた。フレデリカの口を割らせるために、厳しい表情を作る。


「そんな馬鹿な。閉じられたこの領域に、野良犬が入り込んできたって?」

「あなたの術が不完全なんでしょ」


 フレデリカはぷいと顔を背けた。開き直ってしまったようだ。ハリーは半眼になって突っ込む。


「いや、この領域を守っているのはホレス氏の術だよ」

「じゃ、じゃあホレス様の術が不完全なのよ!」


 ますますおかしい。主人を崇め(たた)えるはずの従者が、主人を貶めるようなことを言うなんて。


「なにを隠している? さもなくば、先日(よだれ)を垂らして昼寝していたことをホレス氏に暴露するよ」


 冗談ではなく本気だと示すため、声を低く冷たくする。馬鹿げた脅し文句だが、フレデリカに対しては覿面(てきめん)の効果があるはずだ。


 案の定、少女はごくりと息を呑んでから、くちびるを引き結んで苦悩の色を見せた。屈辱と秘密を天秤にかけているのだろう。


「わ、わかったわ。その犬、ここに連れて来ていい?」


 想定外の返答にハリーは面食らう。


「まさか、本当に犬なのか? だが、連れて来られてもすこぶる困るな……」


 犬はあまり好きではないし、野良ならば衛生的に問題がある。寝所に入れたくなんてない。


「汚くないから大丈夫よ!」


 フレデリカは感情的に叫ぶと、駆け足で部屋を出て行った。犬好きの言う『汚くない』がどれほど信用ならないかは、経験則で知っている。絶対に臭いし、毛だって舞うだろう。


 ハリーは嘆息して、どんな犬がやってきても平静を保とうと覚悟を決めた。さすがに狼猟犬(ウルフハウンド)のような大型犬ではあるまい。


 それからしばらくのち。

 フレデリカが連れてきた『犬』は、ハリーの予想をはるかに超える大きさだった。


 毛は赤錆色(あかさびいろ)で、驚くべきことに、『おはよう』と人語をしゃべった。表情は豊かで、とても気まずそうに眉を下げ、口元には締まりのない笑みが浮かんでいた。


 ――たぶん、名前は『ラスティ』というのだろう。

次回より五部となります。

お楽しみください。

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― 新着の感想 ―
[良い点] 過去編の第四部、素敵でした。 第一章のエドマンドがヴィオレットにとても純粋に惚れているのが微笑ましかったです。ヴィオレットの感触も悪くなさそうな雰囲気なのに……。 大人になった現在の、信頼…
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