5―ファンタジーな異世界に召喚されたよ
「ようこそ勇者様方。どうか魔王を倒して平和をもたらしてくれませんか?」
目を覚ました直後、優し気な天使ボイスが周囲に響き渡る。
様子を伺うため見渡すと、どうやら俺以外の人間は既に起き上がって目の前に立つ女の子に見惚れているところらしい。
見たところ15、6の女の子に見惚れる高校二年生達……マズくはないか、年齢的に。
いかんいかん、まずは状況を整理しよう。
俺たちは異世界に転移させられた、というより召喚された。
それは空気中に漂う魔力の濃度の違いからもわかる通りだ。
まさか異世界から帰って一週間とちょっとで別の異世界に来ることになるとは思いもしなかったけどな。
現在の場所は大広間かなんかの一室と言って間違いないだろう、足元には以前見たものよりも質の悪い魔法陣が描かれている事から、召喚の間とも言えるかもしれないな、送還には期待しない方がいい。
女の子の周りには兜だけ外した甲冑姿の男女が七人、いずれも帯剣した格好だけじゃない本物の実力者だとわかる。
結論――状況は極めて危険な可能性あり。
「つってもしゃあないか」
結論付けたところで、現状なにができるわけでもない。
できる事といったら、目の前にいる女の子の話を大人しく聞くことぐらいよ。
「え?え?」
「ここどこ?」
「な、なんだ!? ここは一体!」
はい、軽いパニックになった。
頭が痛くなるね、気が付いた途端これだと。
女の子もそれを見てどうしようか迷っているようだし……大丈夫かよ。
こういう場合は、アイツが頼りになる。
「勇助、お前の出番だ」
「あぁ、わかった」
勇助の背中を押すと、勇助も自身の役割を理解して進んで前に出てくれる。
続いて我らがマドンナ紗知も出てくれるのは、実に効果的でいい。
長年の相棒達は理解が速くて助かる。
「あ…」
未だパニックに陥っているクラスメイトたちの前に出ると、同じく前に出ていた女の子から熱っぽい声が漏れる。
相変わらずのモテ性能で長年の相棒羨ましい限りだ、状況さえ考慮しなければ。
パンッ、と乾いた音が広間に響いた。
彼が一つ大きく手を叩くだけで、みんながみんな静けさを取り戻し、彼の方へと視線を注ぐ。
昔から勇助っていう男はそうだった。
正義感が強く、変なところでドジを踏む癖にそれがまた愛嬌を誘い、さらに失敗を取り戻すどころか挽回して魅せる。
優秀故に人気者で、なんていうか若いながらにオーラを持ったような男……そして紗知は勇助のできない分野をサポートする。
12年と7年前まではそこが俺の席だったが、いつからか紗知が座るようになったんだっけか。
紗知もあの頃は引っ込み思案だったのが、今では立派に成長して……お兄ちゃんじゃないけど嬉しいよ。
「みんな、まずは落ち着いて! 話を聞いてみよう!」
「そうよみんな、不安なのはわかるけど、まずは話を聞いてからにしましょう?」
勇助がそう言い、紗知が足りない部分を補う。
思い出話はここまでだ、俺は俺のできることをやる。
といってもしっかりと話を聞くだけになるけどね。
「ありがとうございます。勇者様」
「「おぉ…」」
話しがまとまったと見てお相手も落ち着きを取り戻したのか、女の子が上品で優雅な一礼を披露する。
先程までと違い方と付いていないのは、勇助個人に対するお礼だからか。
あまりに現実離れした美しさに感嘆の声をあげる男子達……それとは対称的に、勇助の目は厳しく細められていた。
美しいものには棘がある、俺が教えた事だ。
「あの、貴女は?」
だから、その判断は間違いではない。
相手の立ち場を考えなければだが。
「貴様! 第一王女様に名も名乗らずに、無礼であろう!」
案の定、お相手は高貴なご身分の方のようで、傍で待機していた騎士男が顔を真っ赤にして詰め寄る。
しかしそれをよしとしない者がいた。
「…………」
熊谷 理人。
クラスじゃ巨人とまで言われる大きな図体を活かして、騎士と勇助の間に割って入り、進路を妨げる。
パッと見で120キロは超えているだろうその巨体を退かすには、騎士の腕力じゃあ少々足りないようだった。
「な、なんだ貴様、どかんか!」
「ユリウス、下がりなさい」
「ですが…」
「下がりなさい」
「……わかりました」
王女様が窘めるように二度言うと、ユリウスと呼ばれた騎士は不承不承ながら下がっていく。
王女様に三度目はないらしい、覚えておいて損はないだろう。
「ありがとう熊谷君」
「……」
熊谷くんはそれに無言で肯定の意を示すと、同じように後ろに下がる。
だがいつでもまた前に出れるように、注意は払っているようだ。
今までは大きくて無愛想なやつとしか思わなかったが、彼は案外良い人みたい、俺の友達になりたい人リストに加えておこう。
「改めまして、ようこそ勇者様方。私はアーデウス王国第一王女、マリー・エルト・アーデウスと申します」
再び、一礼を披露する王女様。
その優雅さにまぁたクラスメイトが男女構わず見惚れるが、それに釣られる我が友ではない。
「お、俺、いえ、自分は野上勇助と申します。野上が姓で、勇助が名前です」
けどまぁ、さすがに王女様相手に名乗り出るのは緊張するらしい。
当然と言えば当然か、そういう身分に疎いとはいえこっちで言えば政府関係者みたいなもんだ……さっきの氷のように冷たい声を聞いた後じゃ尚の事。
「それで、ここはいったいどこなんでしょう?」
それでも要点を聞けるあたり、うちの友人はしっかりしてる。
王女様もそれを待ってましたとばかりに説明を始めてくれた。
「ここは勇者様方が居た世界とは別の世界で、プロメテアと呼ばれる世界です。アーデウス王国は、この大陸中央右部に存在する国家でございます」
「待って、ここが別の世界だっていう証拠はどこにあるの?」
「それもそうですね」
うんうんと頷く勇助の横で、出鼻を挫くように紗知が手で制してそう聞く。
でもそれは間違いじゃない。
俺はもう慣れたものだから魔力の差で気付いていたが、他のクラスメイト達はそうじゃない。
更に言えば、明らかにそうとしか思えない状況でも、状況を正しく確認するのは良い事だ。
王女様もそれをわかっているのか、少し考えるような仕草をした後、人差し指を宙に振るような仕草を見せた。
「ではこれでどうでしょう? 『光の精よ、我が御言に従い暖かな光を生み出したまえ。光球』」
「ほう、詠唱魔法か」
俺の言葉に近くに居た小っちゃい女生徒が驚いてこっちを見るが……この程度なら漫画の影響だと言って乗り切れるので問題ない。
納得してる奴や戸惑ってる奴、驚いてる奴にブツブツなにかしら言ってる奴と、クラスメイトの連中も三者三様だ。
あそこの集団は確実にオタクだな、間違いない。
それよりも、旧時代的だがどうやらこちらの世界にも魔法が浸透しているようで安心した。
俺だけがまさか魔法を使って目立つわけにもいかないのでね。
なんてことを考えていると、光を消した王女様から興味深い言葉が放たれた。
「他にも、人ではない種族……森などの自然と共に生きる獣人族やエルフ族、草木などの自然に宿る精霊族、獰猛凶悪で好戦的な魔人族などが存在します」
「ひゅ~」
王女様が連ねていく言葉に、意図せず口笛を吹いてしまう。
仕方がないじゃん、だって俺が転移した前の異世界じゃあ人か機械人形か人と機械を半々で割ったようなやつばかりだったんだから。
これほど嬉しい事はない、異世界はやっぱこうでなくちゃ。
だいたいどんなもんかわかってるオタク共と一部は喜び、知らないやつはその騒ぎように困惑する。
だというのに王女様は一瞬、そこまで目立たなかったはずの口笛の元である俺と視線があった。
だが気にするよりも早く、女騎士の一人が何事か耳打ちするとすぐに背筋を正し、俺達を見渡して口を開く。
その様子の一部始終を見てた俺からしたら……うんもう嫌な予感しかしない。
「では、そろそろ父……国王様にお会いしていただいてもよろしいでしょうか?」
厄介事というのは叩きつけるようにやってくるらしい。
今日の教訓だね。
モチベ爆上がりのまま連日投稿…昨日はそれほど嬉しかったから仕方ないね
追記、脱字修正。