2―日常に帰ってきたー
ほんの僅かな浮遊感の後、視界が開ける。
目の前に広がったのは、12年もの間忘れていたマンションの一室、自分の部屋だった。
「成功したか!?」
思わず駆け出して、カーテンを引き裂くように開いて窓を覗き込む。
急に飛び込んできた光に目を背けるが、窓の外に広がっていたのは――圧倒的な機械量と魔力の空気。
ではなく、見慣れた高層ビルや駅、俺の通う学校だった。
垂れさがる広告は日本語で、流れる選挙の声も日本語。
ここは紛れもなく、俺が元居た世界だ。
「っっっしゃあ!!!」
握りこぶしを掲げ、思いを声に乗せて叫ぶ。
あまりにデカ過ぎて耳鳴りが起こるが、その感覚すらも今は嬉しい。
ついでに往来の人が何人かおっかなびっくりこちらを見やるが、うんごめん。
「いやーこの騒がしさ、空気の悪さ! 懐かしいねぇ!」
窓枠に取り付けられた落下防止用の手すりに、腕を組んで乗り体重を預けながら、転移した当初を思い出す。
向こうの世界には鋼鉄の秩序――こっちで言う法律――とかいうのがあって、静謐が基本だったから、最初は本当に苦労した。
異世界だワー! と叫んだら、魔導人形に連行され、その後足腰立たなくなるまでボッコボコにされるわ。
窓一つない、ただただ真っ白で無重力な機械牢に気が狂うまで入れられたり。
出たら出たでガラクタだらけのスラム街に放り投げられて、野良犬並みの生活を強いられたりだとか。
うん、マジで最初の頃はろくな目にあっちゃいない。
思い出し涙を拭いて、窓から降り立つ。
その身に存分の陽光を受けながら、グッと体を伸ばして息を吐いた。
「あぁ~、体が重いことに幸せを感じる」
あっちの世界じゃ、重力制御の魔導機構を腕に纏ったあの機械、機装腕に付けていたので、重力なんて関係なかったから、この重力が懐かしい。
「それに若いって良いね!」
パッと見でも精力に漲る若い体に、ベタベタと触る。
可能性ばかり感じるこの肉体、いったいどう改造してやろうか。
「ひさっしぶりの、ア・イ・ス♪」
一通りはしゃぎ続けてある程度落ち着いたので、コンビニにインしてアイスと弁当屋で弁当を買って帰ってきた。
これが元の世界に帰ってきたらやりたいと思ってことの一つ、食う事。
不思議に思うかもしれないが、向こうの世界じゃ氷菓子どころか食事の概念自体がなかった。
呼吸で吸引した酸素、それを血流と共に走る魔導回路を用いて魔力に変換することで、体の機能を維持していたからだ。
当然、当時の俺の体にはそんな機能備わっていなかったわけで……しかしそこは苦難の機械牢生活の末手に入れた。
本家に比べて歪な機能にはなったが、生き残るためにいつの間にか身に着けざるを得なかったというのが正しい。
そういう様々な事情があって、あっちにはアイスも弁当も存在しなかったわけだ。
「うひー、この頭がキンキンする感覚も久しぶり!」
木製のスプーンを持った手の甲で、頭を押さえる。
この頭が痛くなる現象は、脳が冷たさを痛みと勘違いしてるからだとか。
そんな風に楽しみながらアイスを食べ終えると、今度はお昼ご飯に買ってきた弁当を開けていく。
順序が逆な気もするが、なによりもアイスを先に食べたかったんだから仕方ない。
一口大に切り分けたホックホクのハンバーグを、木製の箸で掴んで口に運ぶ。
数回、咀嚼すると、無言のままに米とハンバーグを交互に、小さいポテトサラダを交えて食べていく。
「やべぇ、美味い」
空になった弁当箱を手に呟く。
財布を握ってもう一度、なんて考えが一瞬横切る。
が、頭を振ってすぐに追いやった。
「焦るな俺、今の俺は貧乏学生、美味しいからってまた食べてたらキリがない」
さっきお財布の中を見て絶望したばかりじゃないか……だというのに金使ってりゃマジでヤバイ。
かといって、養護施設育ちの俺には頼りになる親元なんていない。
……今のバイト先に謝罪退社して、飲食関係のアルバイトを始めてみるのもいいかもしれない。
「なんにせよ、だ」
これからは存分に普通の生活を楽しめるんだ、ゆっくりと決めていこう。
大丈夫、まだまだ時間はある。
あれから七時間ほど、肉体改造の一環である筋トレを終えて、飯を食べ、風呂に入り、カレンダーを眺めながらベッドに横になった。
「はぁ、極楽浄土」
我ながらなんとも気持ち悪い声音だが、事実極楽のようだ。
あっちの生活にも不満があったわけじゃないが、普通っていうだけで尊い。
今日は今までの人生の中で最も充実した良い日だったし、明日からもこんな日々が続くと思うともうニヤけが止まらないね。
しかも。
「明日は連休明けの学校! こりゃまた楽しみだぜ!」
12年前は嫌いだった学校だが、それすらも今は懐かしい。
本当に、明日が楽しみだ。
ブクマ一つでちょっとやる気出たから続きを書いた。我ながらチョロイン。