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いつだって奇跡は片隅から起こるんだ  作者: 友理 潤
最終章 片隅から奇跡を起こす二人
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ねえ、ママ。私、変じゃない?

◇◇


 ロストバゲージ。

 行きに空港で預けた荷物が、到着した空港に届かないこと。

 その確率はおよそ1000個に2個と言われている。

 乗り継ぎの際に、荷物を積み忘れた、という理由が多いらしい。

 そして雄太くんは、運悪くロストバゲージにあってしまった。

 

 いや……。

 彼は運が良かったのかもしれない。

 

 ロストバゲージにあった彼は、どうにかして荷物の行方を探そうと空港のスタッフにかけあったの。

 

――お願いします! すごく大事なものが入っているんです! お願いします!!


 でも空港のスタッフは規則通りの対応をした。

 

――Please fill out the Property Irregularity Report. We will deliver it when it is found, so you can leave the airport after completing the entry.

(では、手荷物紛失報告書を記入してください。荷物が見つかったら届けるから、記入が終わったら、もう空港から出ていいわよ)


 でも雄太くんは記入を終えても引き下がらなかった。

 

――お願いします!! 一緒に探してください!


 空港のスタッフは困ったそうよ。

 それもそうよね。

 相手は日本語しかしゃべらないし、英語もまったく通じない。

 それなのに一向に引き下がろうとしないのだから……。

 

 バスの時間はとうに過ぎ、雄太くんは事故をまぬがれた。

 そして彼が空港のスタッフに詰め寄ってから2時間半もたった頃。

 彼に手を差し伸べる人が現れたの。

 

――Are you Yuta Tanaka?

(あなたが田中雄太さんかしら?)


 それはシアトル・タコマ空港の総統……つまり空港でもっとも偉い人。

 ドリス・カーターさんだった。


「はい……」


 小さな声で答えた雄太くんに、ドリスさんは日本語でたずねたの。


「荷物が見つからないって聞いたけど、本当なの?」

「はい……」


 彼女は憔悴しきった雄太くんから目を離すと、即座に空港のスタッフに指示した。

 

――Hey you. Get in touch with Canada Airlines and Vancouver Airport now. Ask where his luggage is.

(ねえ、あなた。今すぐカナダ航空とバンクーバー空港に連絡を取りなさい。彼の荷物がどこにあるのか聞くのよ)


――But the boss. By convention, the airline is contacted by the traveler himself. If we get in touch with the situation, it becomes a responsibility issue.

(しかし、ボス。規則では航空会社への連絡は旅行者自身が行うことになっております。万が一私たちが連絡したことによって事態が悪化したら責任問題になりますよ)


――Liability issue? Why do you need to hesitate to help a traveler who are in front of you rather than that? I'm willing to do it if it helps and it becomes a problem of responsibility.

(責任問題? そんなことよりも目の前に困っている旅行者がいて、それを助けてあげることに、なぜ躊躇する必要があるの? 手助けして責任問題になるのなら、私はそれでも構わないと思っているわ。)


 彼女の指示によって、空港のスタッフはカナダ航空とバンクーバー空港へ連絡をした。

 その結果、雄太くんの荷物は次の便でシアトルに向かっていることが判明したのだ。

 

「ありがとうございます! ありがとうございます!!」


 何度も頭を下げる雄太くんに、ドリスさんは日本語でこう言ったそうよ。

 

「お礼を言うなら、アキさんに言ってください。私は彼女に頼まれただけですから」

「アキさん? はて……。どちらさまだろう」

「ふふふ。渋沢アキさん。あなたとは成田空港で出会ったと聞きました」

「あっ! あのおばあさん……あの品のある女性の方か!」


 雄太くんが驚いたのも無理はないと思う。

 だって私だって後から聞いた時はビックリしたもの。

 ついさっき電話でお話ししていた相手が、元総理大臣の奥様だったなんて……。

 

「ユータ。あと一つ。あなたにはすべきことがあるでしょう?」


 あぜんとしたままの雄太くんに、ドリスさんは自分のスマホを渡してくれたそうよ。

 既にどこかへダイヤルがしてあって、雄太くんは訳も分からずに手渡されたスマホに耳を当てた。

 すると……。

 

「もしもし……?」

「もしもし!? その声は……加奈か!?」


 雄太くんの耳に届いたのは私の声だった。

 でもここまでのお話は全部後から知ったことなの。

 なぜなら私は、

 

「うああああああ!!」


 雄太くんの声が聞こえた瞬間から泣き崩れてしまったのだから……。

 

………

……


 午前10時過ぎ――。

 私はママと一緒にシアトル・タコマ空港に着いた。

 言うまでもなく雄太くんを迎えにきたのだ。雄太くんはバスで近くまで行くと言ってたけど、私もママもそれを許さなかった。

 だってまたやきもきするのは嫌だったし……。

 

 それに……。


 ……少しでも早く会いたかったから。


「ねえ、ママ。私、変じゃない?」


 私は雄太くんが出てくる出口に背を向けてママにたずねる。

 

 あれだけ泣いた後だけど、目は腫れていないかな。

 髪の毛は乱れていないかな。

 お洋服は変じゃないかな。

 

 ママは私からの問いかけに「うん、大丈夫よ」と、何度も笑顔でうなずいている。

 

「笑顔は大丈夫かな? 私、絶対に笑顔で雄太くんを迎えようって決めてるの」

「うん、大丈夫よ」

「ほんとに?」


 それでも私は自信がなくて、ママに問い続けていた。

 

 ……と、その時だった。

 

――トントン。


 左の肩が優しく叩かれたのだ。

 私は固まってしまった。

 だって手の温もりを感じただけで、背後に立っている人が誰なのか、もう分かってしまったんだもの。

 

「加奈」


 たった二文字。

 その二文字が私の鼓膜を震わせただけで、私の固い決意はもろくも崩れてしまった。

 涙がポロポロとこぼれ落ち、笑顔が作れない。

 顔はうつむき、足は棒のように動かない。

 背後に立っていた人が私の前に回り込み、私の頬にそっと手を添えた。

 

「ごめんな、加奈。もう泣かないで」


 ごめん、なんて言わないで。

 だって私は……。

 だって私は……。

 


「雄太くん!! うわああああ!!」



 雄太くん。

 あなたに会えただけで、こんなにも嬉しいんだから――。

 

「加奈。やっと会えた」


 雄太くんは私を優しく抱きしめた。

 そして私が泣き止むまで、ずっと背中をさすってくれたのだった。

 


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