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いつだって奇跡は片隅から起こるんだ  作者: 友理 潤
最終章 片隅から奇跡を起こす二人
39/43

おたくのボスを出してくれる?

………

……


 Switterには『ダイレクトメッセージ』といって、特定の人と直接メッセージをやり取りできる機能がある。

 私は『ダイレクトメッセージを送りたい』と言ってきた人とメッセージを交わした。

 その人はロサンゼルスに住んでいる40歳の女性で、70歳のお母さんが日本から来ているという。

 そのお母さんが成田空港で雄太くんらしき人と会話を交わしたというのだ。

 彼女は私と電話で話したいということだったので、ママの許しのもと、家の電話を使ってお話しすることにした。

 

「こんにちは。私は渋沢アキと申します」


 とてもゆったりした気品のある口調だ。

 でも私は一刻でも早く雄太くんのことが知りたくて、つい早口で返してしまった。

 

「はじめまして、私は遠藤加奈と申します。あの……。雄太くんと会ったって本当ですか?」


 少しだけ間があく。

 私はきつい口調で聞いてしまったことを後悔した。

 でもアキさんはそんなことを気にすることなく、穏やかな口調で答えた。

 

「ふふ。もしあなたの言う『雄太くん』が『田中雄太』という、メガネをかけた素敵な青年だったなら、答えは『本当』ということになるわね」


 その言葉を耳にしたとたんに、ぐわっと熱いものがこみ上げてきて、私の目から涙としてこぼれてきた。


 私は声が震えそうになるのをどうにかこらえながら答えた。


「その人です。その人が私の大切な恋人、雄太くんです」

「そう、それはよかったわ。本当は彼がどんなお話をしてくれたか、教えてあげたいところだけど、そんな暇はなさそうね。私の友人がシアトル・タコマ空港で働いているの。彼女に連絡をとって、雄太さんを見かけなかったか聞いてみましょう。その際にここの電話番号を教えてもいいかしら?」


 私は受話器をおさえてママにたずねる。

 ママはコクリとうなずいた。


「はい、大丈夫です。よろしくお願いいたします」

「ふふ。ありがとう。それから最後にこれだけは言わせてちょうだい」

「はい……」


 なんだろう?

 嫌なことじゃなければいいけど……。


 でも身構える必要なんてまったくなかった。


「雄太さんがお話ししてくれた加奈さんはとっても素敵な人でね。あなたたちのお話を聞いただけで、温かな気持ちになれたの。ああ、幸せってこういうことを言うんだなって、この歳になって初めて分かったの。だから雄太さんと加奈さんには、本当に感謝してる。ありがとう。私はあなたたちの幸せをいつまでも願っているわ」




 止まりかけた涙が再びあふれ出す。

 私は震える声でお礼を言った。

 

「ありがとう……ございます!」


 雄太くんに早く会いたい。

 私は祈るような気持ちで電話を切ったのだった。


………

……


 加奈との電話を終えたアキは、すぐにシアトル・タコマ空港に電話をかけた。

 彼女の流暢な英語がリビングに響く。


「もしもし。私は渋沢アキ。シアトル港湾局のドリスさんを出してくださる?」

「はっ? 誰だって?」

「ドリスさんよ。あなた、声はお若いのに、ずいぶんと耳が遠いのね」

「ちょ、ちょっと待ってくれ。ドリスさんって、あのドリスさんかい?」


 アキはムッとした。

 しかしあくまで気品のある声を保ったまま続けた。


「ドリスさんといったら、シアトル・タコマ空港の総裁……つまりあなたのボスに決まっているでしょう」

「ま、待て。あんたはいったい何者なんだ……?」

「ふふ。私が何者だってあなたには関係ないでしょ。彼女にはアキが呼んでいると言えば通じるはずよ。さあ、早くしてちょうだい。こっちは時間がないの」


 しばらく保留音が続く。

 アキはトントンと指でテーブルの端を叩きながら待った。

 そんな母に向けて、娘は子どもをあやしながら問いかけた。


「なんで母さんがそこまでする必要があるの?」


 アキはちらりと娘の方を見ると、小首をかしげた。


「さあ? どうしてかしら」

「あきれた……」

「あ、ドリス? 久しぶりね。お元気だったかしら。今日は一つお願いがあって電話したの。そちらにとある日本人の男の子が……」


 ペラペラと話し始めた母を見た娘は、言葉とは裏腹に胸を高鳴らせていた。

 その理由は単純だ。

 こんなにも目をキラキラさせた母を初めて見たからである。


「素敵な出会いをしたのね」


 娘はそうつぶやいた後、子どもにミルクを与えるために奥の部屋へ消えていく。その足取りはまるでスキップしているかのようだった。


………

……


 午前8時50分。

 私、加奈が祈るような気持ちでソファに腰かけている中、

 

――プルル……。


 家の電話の着信音が響き渡った。

 家族全員で顔を見合わせる。


「加奈。出てくれる?」


 ママの問いかけに、私はコクリとうなずく。

 一度だけ深呼吸をして、受話器に右手を伸ばした。

 その手がかすかに震えている。

 でもここで躊躇する訳にはいかない。

 期待と不安が入り交じる中、私は受話器を取った。


「もしもし……?」


 日本語で切り出したのは、受話器の向こう側にいるのが雄太くんであって欲しいと願っていたからだ。


 相手の声を待っている間。

 私は目をつむっていた。

 真っ暗な視界に広がったのは、かつて雄太くんと一緒にプラネタリウムで見た満天の星空だ。


 その中央に流れる天の川。

 私はその真ん中に立った。

 すると目の前に人の形をした影があった。


 誰だかは分からない。

 でもこの人だ。

 今、私が『もしもし』と話しかけたのは。


 もし本当に奇跡があるのなら、私の願いをかなえてください!


 私は懸命に手を伸ばした。

 そして目の前の影が私の手を取った瞬間、



「もしもし!? その声は……加奈か!?」



 奇跡は起こったのだった――。

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