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いつだって奇跡は片隅から起こるんだ  作者: 友理 潤
最終章 片隅から奇跡を起こす二人
38/43

加奈。あきらめちゃダメよ

◇◇


 雄太くんが成田空港を発ったのはシアトルの時間で3月19日午後7時。

 経由地であるカナダのバンクーバーを出発したのは3月20日午前5時。

 そしてシアトルの空港には午前6時すぎに到着。

 空港に到着した後は、入国審査を受けてから日本で預けた荷物を受け取り、バスに乗る。

 バスの出発時間は午前7時35分。

 

 午前7時45分。

 そのバスが事故を起こした……。

 

 テレビの速報で知った私は居ても立っても居られずに家を飛び出した。

 でも玲於奈によって家の中に引き戻されてしまった。

 今はリビングのソファに座らされている。

 ダイニングチェアに腰かけた玲於奈が、タオルで髪をふきながら言った。

 

「ダメ……。カオちゃんにも雄太さんから何の連絡もきてないって」


 私はママの手で半ば強引に着替えさせられた。

 泥だらけになった服が横目に映る。

 雄太くんに見せたくて、今日のために買ってきたのに……。

 悔しさと悲しさの入り混じった感情がこみあげてきて、じんわりと涙が浮かんできた。

 

「まだ事故を起こしたバスに乗ったという確証はないわ。もしかしたら運良く事故を避けているかもしれない。とにかく今は雄太くんの居場所を突き止めて、彼と連絡を取り合うことを考えましょう」


 ママが穏やかな口調で言ったのは、私を落ち着かせようとしてくれているから。

 

「そ、そうだよ! スマホの充電ができなくて連絡が取れないだけかもしれないし! きっと大丈夫だよ!」


 玲於奈がママに同調して私を励ましてくれる。

 二人の優しさが余計に涙腺を刺激した。

 

「雄太くん……。お願い。無事でいて……」


 弱々しい声とともにポロポロと涙が落ちる。

 湿った空気を嫌うようにママが張りのある声をあげた。


「警察は雄太くんを見つけたら連絡くれることになってるけど、時間はかかるでしょうね。空港はダメ。ぜんぜん取り合ってくれない。こっちが何か言えば『規則、規則』ってうるさいんだから! 次はバス会社に電話してみるわ」

「私はカオちゃんを通じて遠山先輩たちに連絡がきていないか聞いてみる」


 ママと玲於奈が真剣な顔つきで、スマホとにらめっこしている。

 そこに口を挟んだのは大翔だった。

 

「けどさぁ! 普通は空港に着いたら充電するんじゃないか? それに公衆電話だってある。今になっても連絡がこないってことは、何かあったとしか思えないんだよなぁ」

「こらっ! 大翔! なんてこと言うの!!」


 玲於奈が大翔をたしなめる。

 しかし反抗期に差し掛かった大翔は口を尖らせて反論した。

 

「だって6時に空港に到着してからもう2時間以上もたってるんだぜ!? 連絡がとれない状況にあるとしか考えられないじゃん!」

「大翔! いい加減にしなさい!!」


 玲於奈が大翔につかみかかる。

 その時、私の口が勝手に動いた。


「もういいから!!」


 自分でもビックリするくらいの大声だ。

 大翔、玲於奈それにママまで驚いて、私のことを見つめている。

 普段の私なら縮こまってしまっただろうけど今は違った。

 

 

「私が雄太くんを見つける」



 私は泥を綺麗にふきとったスマホを手に取った。

 雨に濡れて冷え切った体が熱くなっていくのが分かる。

 

 今まではいつだって雄太くんが私に手を差し伸べてくれた。

 今度は私が雄太くんに向かって手を差し出す番だ。

 

 自然と全身に力が入る。

 しかしそんな私に冷水を浴びせたのは大翔だった。

 

「んで? 加奈ねえは誰に連絡するのさ?」

「それは……」


 言葉につまる……。

 言われてみればその通りだ。

 

 ただでさえ私には友だちが少ない。

 ハイスクールのクラスメイトのうち、連絡先を知っているのは2人だけ。

 日本ではいつも教室の片隅でひとりぼっちだった私。

 こんな時に誰を頼ればいいのだろう。

 

 私は……。

 無力だ――。

 

 

「加奈。あきらめちゃダメよ」



 ママの低い声が鼓膜を震わせた瞬間に、顔が上がった。

 

「貸して」

「あっ……」


 私のスマホをかすめ取ったママは、勝手にタップしている。

 私は抵抗する術もなく、ただママの様子を見ていた。

 

「これでよし。はい」


 スマホを返される。

 そして表示された画面を見た私は目を丸くした。

 

「Switter……」


 それは『Switter』と呼ばれるSNSの画面だった。

 自分のメッセージがフォロアーと呼ばれるインターネット上の知り合いに届けられ、その知り合いからさらに知り合いへとメッセージが拡散されていくという仕組みだ。

 

 でも、Switterを使ったことがない私がメッセージを発信しても、誰も拡散してくれない。

 躊躇している私に、ママが力強い声をかけてきた。

 

「加奈。大丈夫。ママたちも手伝うから」

「え?」

「うん! お姉ちゃんのメッセージを私たちから広げようよ!」

「……一応、俺だって玲於奈ねえよりはフォロアー数いるしな」

「はあ!? 言っておくけど、あんたみたいに薄っぺらい付き合いじゃなくて、私はフォロアーの人たちと深い絆でつながってるんだから!」


 ママだけでなく、玲於奈と大翔もスマホを握りしめて私を見ている。

 ドクンと心臓が脈打った。


 

「加奈。やってやりましょう。シアトルの片隅から奇跡を起こすのよ」



 私はママの言葉に大きくうなずくと、震える手で英語のメッセージを打ち始めた。

 

 

『I can't get in touch with a lover who came from Japan. He arrived at Seattle-Tacoma Airport at 6:00 and then scheduled to take a 7:35 bus to Lynnwood. His name is Yuta. He may have been involved in an accident this morning. I am very worried. He is an important person for me. Please contact me if you see him. Please』

(日本から会いに来た恋人と連絡が取れません。彼はシアトル・タコマ空港に6時に到着し、その後7時35分発のリンウッド行きのバスに乗る予定でした。彼の名前は雄太。今朝の事故に巻き込まれたかもしれません。とても心配です。私にとって大切な人なんです。彼を見かけたら連絡ください。お願いします)


 

 送信する前にママが文章をチェックする。

 

「うん。これでいきましょう」


 私は一度深呼吸した後、送信ボタンをタップした。



 こうして運命は動き出した――。

 


「よぉし! さっそく拡散だ!」

「私もカオちゃんに頼んで拡散を手伝ってもらうよ!」

「ママも知り合いに頼んでみるわ」


 ママ、玲於奈、大翔の三人が一斉にスマホの画面にかじりつく。

 私も負けてられない。

 ハイスクールの友だちにメッセージを送った。

 すぐにメッセージが返ってくる。

 

『カナ! 任せて! 私も協力するから!』

『絶対にユータは見つかる! 信じて!』


 二人の応援に後押しされるように、Switterのメッセージ画面に、拡散をしめす『R』の文字の横の数がちょっとずつ増えていく。

 すぐに3が10になり、ちょっと目を離した隙に100になった。

 

「すげー……」


 これには大翔も驚いているようだ。

 同時にメッセージに対するコメントがつきはじめた。

 

『絶対に見つかる! 大丈夫だよ!』

『あなたの恋人の無事をお祈りしております』

『あのバスに乗っていたのか……。希望を捨てないで!』

『応援してる!』

『負けないで!』


 私の知らない人たちが応援してくれている……。

 それだけで涙が出てきそうなくらいに嬉しかった。

 さらにKINEにも多くのメッセージが届けられた。

 

『雄太なら大丈夫! 幼馴染の私が保証する! だから希望を捨てないで! 加奈ちゃん!』


 遠山さんからだ。

 

『加奈ちゃんに心配かけさせるなんて、あいつはなんてヤツだ! でも親友の俺なら分かる! あいつはきっと今ごろどこかで元気にやってるさ! 心配無用だぜ!』


 舟木くんも。

 

『遠藤さん! 私も応援しているから!』

『田中くんの無事を祈ってるよ!』

『遠藤! 愛を信じるんだぞ! 愛があれば何でもかなう!』


 高校のクラスメイトたちにマリア先生まで……。

 

 もうお別れしてから1年もたつのに、みんな私のことを覚えていてくれたんだ。

 しかもみんな応援してくれている。

 

「本当にありがとう!」


 私はソファに腰をかけたまま、目の前にいないみんなに頭を下げた。

 その間もどんどん『R』の数字は伸びていき、ついに1000を超えた。


 雄太くん。

 届いているかな?

 私と雄太くんのために、色んな人が頑張ってくれている。



 世界は優しさでつながっているんだよ――。


 

 そうして午前8時半を過ぎた時だった。

 ついに奇跡が起こったのである。

 

 

「加奈! ちょっとコメントを見て!」


 私は弾かれるようにコメント欄に目をやった。

 するととあるコメントが目に入ってきた瞬間に、雷にうたれたかのような衝撃が走ったのだった。

 

 

『私の母に心当たりがあるそうです。詳しいお話をうかがいたいので、ダイレクトメッセージを送ってもよろしいでしょうか?』

 

 


 


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