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いつだって奇跡は片隅から起こるんだ  作者: 友理 潤
最終章 片隅から奇跡を起こす二人
37/43

幸せなイメージトレーニング

………

……


 日本時間、3月20日午前9時。

 シアトルでは3月19日午後5時。

 

 成田空港に着いた俺は加奈とKINEでメッセージをやり取りしていた。

 

『もうすぐ飛行機に乗るよ!』

『うん。会えるの楽しみ』

『ああ、俺もだよ。じゃあ、またね』

『うん。またね』


 出発は午前11時。

 だからまだ時間はある。

 しかし俺がスマホの電源を落とそうとしていたのには理由があった。

 

「ああ、もう残り3%か……」


 情けないことに充電切れを起こしそうだったのだ。

 昨晩、スマホの充電をすっかり忘れてしまったのが原因だ。

 しかも充電器をリュックに入れたまま、空港のカウンターへスーツケースごと預けてしまったという……。

 

「仕方ないからシアトルの空港で充電させてもらおうかな」


 インフォメーションのお姉さんに聞いたところ、シアトルの空港には数か所だけコンセントがあるらしい。

 ちゃんと電圧の変換器を持ってきているから、そこで充電できるはずだ。

 

「われながら情けないな」


 待合スペースの椅子にドカリと腰をおろす。

 そして加奈に出発前最後のメッセージを送った。

 

『シアトルの空港を7時35分に出るバスに乗るから! ごめん! スマホの電池が切れるからまた明日な!』


 心配性な俺からすればありえないミスだ。

 極度の緊張が原因なのは間違いない。

 初めての海外。

 しかもたった一人で。

 緊張するな、という方が間違っている。

 しかもスマホが使えないとなると、余計に孤独を感じる。

 俺は気を紛らわせるために、ガイドブックを開いた。

 何度も読んで、加奈と一緒に行ってみたい場所には付せんをつけてある。

 

「付せんだらけだな……」


 思わず苦笑がもれる。

 でも加奈と一緒ならどこへ行っても楽しそうだから、ガイドブックが付せんで埋め尽くされるのもしょうがないと思うんだ。

 付せんの箇所を開いて加奈とのデートを想像すれば、自然と顔がにやけていく。


「ふふふ……」


 ……と、その時、ふと視線を感じたのだ。

 恐る恐る隣を見る。

 すると優しそうなおばあさんが俺を見ているではないか!

 しかもニコニコしている!

 俺は慌てて緩んだ頬を引き締めた。

 

「あ、いや、これはイメージトレーニングなんです!」


 適当な言い訳をしてごまかそうとする。

 でもおばあさんの目をごまかすことはできなかった。

 

「とっても幸せそうな訓練だこと」

「あ、はい……」

「よかったら聞かせてくれないかしら? どんな訓練をしていたのか」


 こうなったら仕方ない。

 俺は離れ離れになった恋人に会いに行くことを話した。


「まあ! シアトルまで一人で! えらいわねぇ」


 派手に褒められれば、誰でも悪い気はしないだろう。

 俺は照れ笑いを浮かべながら「ありがとうございます」と言った。


「私のお友だちがシアトルの空港で働いてるの。彼女が言うには、シアトルはとっても良いところみたいよ」

「そうなんですか。早く行きたいです」

「ふふ。あなたのお話しを聞いているだけで、まるで若返ったような気分になれるわ。ご迷惑でなければお二人のこと、もっと聞かせてくださる?」

「え……? でも……」

 

 正直言って、俺と加奈のことを他人に話すのは、とても恥ずかしい。

 でもまるで少女のように目を輝かせて俺を見つめているおばあさんに対し、そんなことは言えない。


「じゃあ……」


 俺はたどたどしく話し始めた。


「とても恥ずかしいんですけど、すべては間違いから始まったんです」

「まあ! 間違いから?」


 おばあさんはうんうんとうなずいて、一生懸命に話を聞いてくれている。

 とても話しやすくて、気づけばペラペラとしゃべっていたから不思議なものだ。


 加奈との思い出が鮮やかによみがえり、言葉となって出ていく。

 それはまるで宝石のようにキラキラと輝いていた。

 目の前のおばあさんはうっとりとしている。

 俺もとても気持ちがよくて、ついさっきまで感じていた緊張はすっかりほどけていたんだ。


「それで加奈との思い出の品をリュックにつめて持っていくことにしたんです」

「まあ! とっても素敵ね! よかったら見せてくれないかしら」

「すみません。スーツケースの中に入れて空港のカウンターで預けちゃったので、今はお見せできないんです」

「ふふ。じゃあ、次にお会いした時に見せてもらわなくちゃ」

「ええ、分かりました。ちょっと恥ずかしいですけどね」

「ふふ。約束よ」

「はい! 約束です!」


 ……と、そこにアナウンスが聞こえてきた。

 

「アメリカ航空ロサンゼルス行き3256便はただ今、75番ゲートよりご搭乗いただいております」

 

 おばあさんがはっとした顔になる。

 

「まあ、私の乗る飛行機だわ」


 俺もまたはっとして口をつぐんだ。

 

「ご、ごめんなさい。ついしゃべりすぎちゃいました」


 うつむく俺に対して、おばさんはニコニコしたまま首を横に振った。

 

「うふふ。とっても楽しいお話だったわよ」

「そんな……」

「私はこれから娘に会いに行くの。初めての孫が生まれてね」


 顔を上げると、おばあさんはとても幸せそうな顔をしている。

 

「夫が亡くなってから初めての海外でね。しかも一人で行くものだから、とても不安だったの。そんな不安をあなたが消してくれた」

「え……?」

「ありがとう。あなたのおかげで幸せな気持ちになれたわ」

「そんな……違います!」


 目を丸くしたおばあさんに、俺は正直に思っていることを話したのだった。


「俺のおかげではありません。これも全部、加奈のおかげなんです。彼女がいてくれるから俺は幸せだし、その幸せがおばあさんを幸せな気持ちにしました」


 おばあさんは目を細めると、穏やかな口調で言った。


「そうね。ふふ。じゃあ加奈さんとお話しできた時に、ちゃんとお礼を言わなきゃね」

「え? いや、俺はそんなつもりじゃ……。ごめんなさい」


 おばあさんはゆっくりと立ち上がった後、もう一度俺に頭を下げてきた。

 俺も慌てて立ち上がって一礼する。

 そして顔を上げたおばあさんは、とても優しい笑顔を浮かべたのだった。

 

「私は渋沢アキという名前なの。よかったら最後にあなたのお名前を聞かせてくれないかしら」

「あ、はい! 田中雄太と言います!」

「ふふ。雄太くんね。良いお名前だわ。今日は本当にありがとう。じゃあ、お先に失礼するわね。あ、そうだ! これ、二人で食べてちょうだい」


 おばあさんが小さな飴を二つ取り出して俺に持たせる。

 しわくちゃの手から感じる柔らかな温もりに心うたれた。

 

「ありがとうございます!」

「では、さようなら。よい旅を」

「さようなら! よい旅を!」


 カラカラと小さな荷物を引きながらアキさんは去っていった。

 手元に残った飴を見つめているうちに、早くなった鼓動がおさまっていく。


「渋沢さんか……。どこかで聞いたような気もするけど……。気のせいか」


 そうしてすっかり平常心に戻ったところで、再びアナウンスが響いてきた。


「カナダ航空バンクバー行き1054便はただ今、70番ゲートよりご搭乗いただいております」


 ドキッと胸が高鳴る。

 しかし緊張はしなかった。

 俺はゆっくりと立ち上がると、脇に置いていた荷物を手に取った。


「さてと。じゃあ、行くとするか」


 さあ、いよいよ飛行機だ。

 そして数時間後には加奈に会える!

 胸の内側に沸き上がってくる興奮を抑えながら、力強く一歩を踏み出したのだった。


………

……


 ちょうどその頃。

 出発ロビーの外がにわかに騒がしくなっていたのを、俺が気づくはずもなかったんだ。


「奥様はまだ見つからんのか!?」

「はい。申し訳ございません……」

「亡き渋沢元総理の奥様にして、ベストジャパン航空の名誉会長の妹というお方だぞ! そんな方がこっそりお屋敷を抜け出して、行方不明になったなんて世間に知られてみろ。俺たち秘書の立場はどうなる?」

「なんとしても探し出しましょう」

「ああ、あくまで誰にも気づかれずに、だぞ」

「はい!」



 


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