表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
いつだって奇跡は片隅から起こるんだ  作者: 友理 潤
第四章 小さな奇跡を起こす二人
29/43

私からもクリスマスプレゼントをあげたいから

………

……


 午後9時すぎ。

 ついつい楽しくて、すっかり長居をしてしまった。

 そろそろおいとましなくては迷惑がかかるので、加奈の家を出ることにした。

 

「今日はありがとうございました! お料理とても美味しかったです!」

「あはは! 雄太くんはお世辞が上手ねぇ。またいつでも遊びにきてちょうだいね」

「雄太にいちゃん! もっと一緒にスマブラやろうよー!」

「こらっ! 大翔! あんた散々雄太さんにゲームの相手をしてもらったのに、まだやらせるつもり!?」

「ええーっ! いいじゃん!」


 レーちゃんが大翔をたしなめる中、俺は大翔くんに微笑みかけた。

 

「また今度やろうな!」

「ちぇっ! ケチ」

「こらっ! 大翔!!」

「あはは! 引き留めちゃってごめんなさいね。もう夜も遅いし、そろそろおしまいにしましょう」


 晴子さんが一歩前に出てきて頭を小さく下げる。

 俺も慌てて頭を下げた。

 そして互いに顔を上げたところで、晴子さんは加奈の背中をポンと押した。

 

「じゃあ雄太くんのことは加奈に送らせますので」

「えっ?」


 加奈が目を丸くする。

 俺は首を横に振った。

 

「ひ、一人で大丈夫です! むしろ加奈さんの帰りが心配ですから!」

「ふふ。大丈夫。この子は夜になると余計に目立たなくなるの」

「ママ! やめてよ……」

「あはは! さあ、行った、行った! あとは若い者同士ってやつよぉ! あはは!」


 押し出されるように俺と加奈の二人は家の外へと出される。

 俺は玄関で見送る加奈の家族へ頭を下げた。

 晴子さんもレーちゃんも大翔くんも。

 みんな笑顔で手を振ってくれている。

 

 ここにきてよかった。

 

 心からそう思えたんだ。

 

………

……


 真っ暗な夜道を二人で並んで歩く。

 変な気恥ずかしさにかられて、会話を切り出せないのは、どうやら加奈も同じようだ。

 二人の足音だけが静かな住宅街に響く中、先に沈黙を破ったのは加奈だった。

 

「……ありがと」

「え?」


 何に対して感謝されているか分からずに思わず聞き返す。

 すると加奈はつないだ手をぎゅっと強く握ってきた。

 これ以上は言わせないで、という合図だ。

 そこで今度は俺の方から切り出した。

 

「ごめんな」

「え?」


 加奈が目を大きくして俺を見てくる。

 俺もまた加奈の手をきゅっと強く握った。

 加奈は目を細めて嬉しそうに微笑む。

 その顔がまぶしすぎて、俺はとっさに目を離した。


「あのね……」

「ん?」


 加奈が視線を落としてもじもじする。

 俺は静かにして彼女の言葉を待った。

 しばらくして、ようやく加奈はボソリとつぶやいた。


「映画のチケットもらったの。2枚……」

「お母さんから?」


 加奈がコクリとうなずく。

 そして深呼吸をした彼女は声を絞り出した。

 

「……明日、一緒に行ってくれるかな?」


 明日は土曜日で学校は休みだ。

 ふわりと宙に浮くような興奮に包まれて言葉が出てこない。

 だから今度は俺がコクリとうなずく。

 すると加奈はぱあっと笑顔を作った。

 

「雄太くん、ありがとう!」

「こ、こっちこそ、ありがとう」


 加奈の方からデートに誘ってきたのは初めてだ。


 天に昇ってしまうくらいに嬉しい!


 ドキドキしすぎて心臓がはちきれそうだ。

 でも顔がにやけてしまうのが怖くて、とっさに話題を変えた。


「も、もしかしてクリスマスプレゼントだったのか?」

「うん。ママからのクリスマスプレゼント」

「そっか……」


 今さらながら、俺は手ぶらで加奈の家まできてしまったことを激しく後悔していた。

 もちろんプレゼントは買ってあり、今度会った時に渡そうと、自分の部屋にとってある。

 

「ごめんな。俺、プレゼント持ってくるの忘れちゃって」

「私も……。部屋に忘れてきちゃった」


 俺は加奈と顔を見合わせた。

 互いにはにかんだ笑顔になる。

 

「明日、ちゃんと渡すから」

「私も……」


 そこで加奈は言葉を切った。

 再び沈黙が二人の間に流れる。

 そうしていよいよお別れのT字路までやってきた。

 

「ここまででいいよ。ありがとな」

「……うん」


 いつも通り、ここに来ると寂しくなる。

 でもこれ以上遅くなれば加奈の帰り道が心配だ。

 俺は加奈とつないだ手を離した。

 すると加奈がポツリとつぶやいた。

 

「……もうクリスマスプレゼントはもらったよ」

「え?」


 加奈が顔を上げて、俺と目を合わせる。

 暗がりの中でも頬がピンク色に染まっているのがよく分かった。

 

「雄太くんが私に勇気をくれた。それにうちへ来てくれた。ママに全部認めてもらえた!」

「加奈……」


 加奈の声がいつになく強い。

 

「だから私にとっては最高のクリスマスプレゼントだよ。雄太くん! ありがとう!」

「あ、ああ。どういたしまして」


 なんで礼を言われているのかよく分からないが、加奈が喜んでくれたならそれでいい。

 俺は小さく微笑むと、加奈から一歩離れた。

 

「じゃあ、また明日」


 いつもならこのまま二歩、三歩と二人の距離が広がっていく。

 

 でも……。

 

 今夜はそうならなかった――。

 

――タンッ!


 地面を蹴る音が響いてきたと思った瞬間に、加奈が俺に向かって飛び込んできたのだ。

 俺はとっさに彼女の方を向いた。

 

――ボフッ。


 加奈の小さな体を受け止めた。

 驚いて声の出せない俺に対して、加奈はまくし立てるように言った。

 

「私からもクリスマスプレゼントをあげたいから!」


 加奈がぐいっと顔を近づけてくる。

 

 近い!

 

 そう思った頃には、俺の視界は彼女の顔で埋め尽くされていた――。

 

「ん……」


 加奈の柔らかな唇が俺の唇と重なる。

 

 初めてのキスだった――。

 

 一つの傘に入った時の一体感とはまったく異なる感覚。

 それは二人で一つになったような不思議なものだ。

 

 俺は加奈と同じようにそっと目を閉じた。

 冬の凍える空気も気にならないくらいに体温がぐんと上がっていく。

 ほんの一瞬のことだったけど、永遠に思えるくらいに時が長く感じられた。

 

 いや、違う。

 このまま時が止まって欲しいと心から願ったんだ。

 

 でも残念だけど、それは叶わなかった。

 加奈の方からゆっくりと離れていく。

 加奈は顔を真っ赤にしてうつむいて、小さな声を出した。

 

「……迷惑だったかな?」


 俺はぶるぶると首を横に振った。

 

「め、迷惑なものか! 嬉しすぎて、この気持ちをどうやって表したらいいのか、困ってるだけだ」


 加奈が上目づかいで俺の顔を覗き込んでくる。

 

「ほんとに?」


 恥ずかしかったけど、俺は目をそらさずに答えた。

 

「ほんとに決まってるだろ! 本当なら叫びながら、何度もジャンプして、喜びを爆発させたいんだから!」


 加奈がクスっと笑う。

 

「ふふ。変なの」


 俺は加奈を抱きしめた。

 

「俺は加奈が大好きだ! 大好きな人からキスされたら誰だって変になるに決まってるだろ!」

「ゆ、雄太くん! 声が大きいよ……」

「はははは!! やった! やった!!」


 ついに笑ってしまった俺に対して、加奈も笑顔を向けている。

 俺は抱きしめる力をぎゅっと強くした。

 彼女のドキドキが俺のドキドキとシンクロしている。

 そうやって二人の幸せが合わさって、一つの大きな幸せを生んだ。


「加奈! 好きだ!」

「雄太くん。恥ずかしいよ……」


 こうして今夜は一生忘れることができないクリスマスイブになった。

 

 来年のクリスマスは加奈がそばにいない。

 けど、この日のことを絶対に思い出すだろう。

 

 それでいい。

 だから大丈夫。

 

 今感じている幸せを大切に胸に刻んでおけば、きっと大丈夫なんだ。

 俺はそう信じて、加奈を抱きしめ続けたのだった――。

 

 



これで第一のクライマックスは終わりです。

次から第二のクライマックスとなります。

これからも応援のほど、よろしくお願いいたします。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ