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いつだって奇跡は片隅から起こるんだ  作者: 友理 潤
第四章 小さな奇跡を起こす二人
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イブに涙は似合わないから


 私の突然の告白にも、ママは表情一つ変えていない。

 それが不気味だったけど、もう後には引けないし、引くつもりもない。

 私はママが何か言い出す前に言葉を続けた。

 

「ママに黙ったままでごめんなさい。でも私、その人のことが大好きで仕方ないの」


 全部言えた……。

 小さな達成感がふっと心を軽くする。

 しかしママの鋭い一言で、緩みかけた頬が引き締まった。

 

「それだけ?」


「えっ……?」


「ただ好きな人ができただけ?」


「え、あ、それは……。……ごめんなさい。カレシができたの」


 再び重い沈黙がただよう。

 私はママの顔を見ることができず、下を向きながら目をつむっていた。

 

 やっぱり怒ってるよね。

 『ママからの掟』を破っちゃったんだから……。

 

 激しい痛みが胸を締め付ける。

 それでも、

 

――大丈夫。きっと大丈夫だから。


 と雄太くんがそばで励ましてくれているような心地がしていた。

 

 大丈夫。きっと大丈夫。

 

 祈るような気持ちで何度も心の中で繰り返す。

 冷たい汗が背中を伝っていくのが分かる。

 自然と全身が小刻みに震えていた。

 

 ……と、その時だった。

 

――カチャッ。


 目の前のお皿から音がしたのだ。

 私は恐る恐る目を開けた。

 すると目に飛び込んできたのは、真っ白なお皿の上に置かれた、小さな箱だった。

 綺麗にラッピングされている。

 

「これは?」


 手に取りながら声がもれる。

 

「ママからのクリスマスプレゼントよ」


 すごく優しい声。

 私ははっとしてママを見た。

 ママの太陽のような笑顔が目に映り、にわかに心が躍り出す。

 

 もしかしてママは……。


 思いもよらなかった予感が小さな芽を出してきた。

 

「開けてごらんなさい」


 きっとこの中に答えはある。

 小刻みに震える手で丁寧に包みをはがして、箱のふたをゆっくりと開けた。

 そして中身を見た瞬間に、予感は確信に変わったのだった。


「映画のチケットが……。2枚……」


 そうか……。

 やっぱりそうだったんだ。

 


「今年一番の恋愛映画だそうよ」


 

 ママは全部知っていたんだ――。



「ふふ。ママが気づかないとでも思った?」


 心臓を撃ち抜かれたかのような衝撃に全身が震える。

 ママはゆったりとした口調で続けた。

 

「週末のたびに幸せそうにしているあなたに」


 あふれ出した涙が頬を伝う。

 

「毎日、楽しそうに学校へ通うあなたに」


「ママ……」


「愛する娘をこんなにも幸せにできる人の存在に。私が気づかないとでも思ったの?」


「ううっ……。うわああああ!!」


 椅子を飛び出し、ママの胸に飛び込む。

 これまで抑え込んでいた感情がせきを切ってあふれだした。

 

――ほらね。大丈夫だっただろ。


 雄太くんのささやく声が耳をくすぐる。

 余計に涙が止まらなくなった。

 

「加奈。ありがとう。自分から言い出してくれて」

「ごめんなさい! ごめんなさい!」


 ママが優しく私の頭をなでてくれた。

 まるで赤ん坊の頃に戻ったかのように、私はママの胸にうずくまった。

 すると柔らかなママの声が聞こえてきたのだった。


「謝ることなんて何もないわ。むしろママの方が謝らなきゃいけないと思ってるの」

「え?」


 涙でぐしゃぐしゃの顔をママに向ける。

 ママはちょっとだけバツが悪そうに、視線をそらした。

 

「パパとあんなことになっちゃった直後だったからね。愛だ恋だは身を滅ぼす敵だと勘違いしてたの。でも、加奈が気づかせてくれた」


 そこで話を切ったママは一度だけ深呼吸した。

 そして噛んで含ませるようにゆったりとした口調で続けたのだった。



「人を愛することは生きること。恋をすることは幸せになること。だからそれを否定しちゃダメなんだって」



 ママの声が鼓膜を震わせた瞬間に、私はすべて許されたことを理解したのだ。


「ありがとう。ママ」


 ようやく自分の席に戻った私に、ママは紙ナプキンを差し出してきた。

 

「さあ、顔をふきなさい。イブに涙は似合わないから」


 そのセリフ……。

 どこかで聞いたような気がする。

 

――イブに涙は似合わないから。


 そうだ。

 雄太くんだ。


――笑顔だよ。加奈。

 

 雄太くんの優しい手の感触までも思い出す。

 ポカポカと温かい気持ちに包まれて、頬が緩んでいくのが自分でも分かる。

 その様子を見たママは小さく微笑んだ。


「ふふ。もう大丈夫そうね」


 自分のスマホを素早くタップするママ。

 

「ママ?」

 

 私が目を丸くしているうちにスマホが震えた。

 そして画面に目をやったママは驚きの声をあげた。

 

「まあ!」

「ママ? 誰からなの?」


 眉をひそめる私に、ママがニコニコと笑いかけてくる。

 なんだか気味が悪い。

 

「ふふ。玲於奈からよ」

「玲於奈?」

「加奈にプレゼントがあるんだって」

「私に?」


 ますます訳が分からない。

 でもママは私の戸惑いを無視して、ドアの向こうに大きな声をかけた。

 

「もういいわよー!!」


――ガチャッ。


 ドアがゆっくりと開く。

 私は条件反射のようにドアの方へ目を向けた。

 

 しかし次の瞬間、固まってしまった。

 

 なぜならドアの向こうから現れたのは……。

 

 

 雄太くんだったのだから――。

 

 



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