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いつだって奇跡は片隅から起こるんだ  作者: 友理 潤
第四章 小さな奇跡を起こす二人
24/43

一番星に小さな祈りを

………

……


 夕方。

 海岸から人々がはけていく中、俺と加奈は二人で波打ち際を歩いていた。

 恭一と春奈が気を利かせてくれて、クラスのみんなから離してくれたのだ。

 昼間は意識することすらなかった波の音が鼓膜を震わせる中、加奈はうつむいたまま俺に背を向けている。

 

「ごめんよ。ウソついて」


 俺は加奈にウソをついて彼女を追ってきたことを謝った。

 しかし彼女は下を向いたまま、ゆっくりと砂浜を歩いている。

 

「……うん」

「まだ怒ってる?」


 加奈はぶるぶると首を横に振った。

 しかし俺に顔を向けようとしない。

 まだ怒ってるのかな?

 俺はもう一つ謝ることにした。

 

「ごめんよ。俺のせいでみんなにバレて、恥ずかしい思いをさせちゃって」


 俺の早とちりのせいで、海にきていたクラスのみんなに俺たちが付き合っていることがバレてしまった。

 あの後はすごく大変で、海の家で俺たちは質問攻めにされたのだ。

 

――いつから付き合ってるの?

――どっちから告白したの?

――学校でも二人きりになることあるの?


 それはまるで熱愛が発覚した芸能人の記者会見のようで、ずっと下を向いていた加奈が可哀想でならなかった。

 

――みんな、もういいよ! それよりもなんで男子がここにいるのよ! どうせ恭一が変なこと考えたからでしょ! 白状しなさい!!


 春奈が話題をそらしてくれたから、どうにか切り抜けることができた。

 だから春奈には本当に感謝してる。

 

「……もう大丈夫」


 どうやら加奈の気を悪くしているのは、このことでもないらしい。


「でも元気ないね。何に怒ってるの?」

「……怒ってないもん」

「じゃあ、俺に言いたいことがあるの?」


 加奈はピタリと足を止めて、その場にうずくまった。

 人差し指で波打ち際で黒ずんだ砂をいじっている。

 俺は黙ったまま、彼女の様子を見ていた。

 そうしてしばらくしてようやく彼女が口を開いたのだった。

 

「……水着」

「水着?」


 予想外の単語に思わず眉をひそめる。

 すくりと立ち上がった加奈は相変わらず俺に背を向けたまま続けた。

 

「男子は水着を見にきたって……」

「え? あ、ああ……。そういえば……」


 俺はふと海の家でのことを思い起こした。

 春奈に追い詰められた恭一は、逆切れしたんだっけ。

 

――うるせえなぁ! 水着を見にきたんだよ!! 女子の水着をな! それなのにマリアちゃんと春奈以外は色気のない水着着やがって! なんも面白くないから、海で楽しく遊んでたんじゃねえか! それの何が悪いってんだ!!


 その後、恭一が女子たちからひどい目にあったのは、ここで言うまでもない。

 もしかして加奈は恭一が言った言葉を気にしているのだろうか。

 

「雄太くんも見たかったの?」


 加奈の消えてしまいそうな声を耳にした瞬間、胸に痛みが走った。

 俺は加奈の前方に回り込むと、思わず声を荒げた。


「そんなわけないだろ!」


 加奈は俺から顔をそらす。


「……だって私、水着じゃないから。つまらないよね……」


 申し訳なさそうな声を出した加奈に対し、俺はぐっと腹に力を込めて告げた。


「俺は加奈のことが心配でここまできたんだ! 水着なんかどうでもいい! 加奈が……。加奈がみんなと仲良くできるか心配でならなかったんだよ!」


「雄太くん」


 加奈が顔を上げて俺を見つめてきた。

 夕焼けでオレンジ色に変わった海を背景にした加奈の顔はまるで絵画のように綺麗で、思わず目をそらしてしまった。

 

「ほんとに?」

「ああ」

「ほんとに、ほんと?」

「ほんとに、ほんとだよ」

「……そんなに私の水着に興味ないの?」

「え……? いや、それは……」

「ふふ。やっぱりちょっとは興味あるんだね」


 いたずらっぽく笑う加奈。

 もう怒ってない。

 そう思えた瞬間に、すとんと肩の力が抜ける。

 そして俺は口を尖らせた。

 

「ずるいよ。加奈は……」

「これでおあいこだよ」


 大きな夕日に負けないくらいに眩しい笑顔を向けた加奈。

 でもドキっとするにはまだ早かったんだ。


――パシッ。


 初めて加奈の方から俺の手を握ってきたのだ。

 驚きのあまり声を失う。

 

「いや?」


 加奈は頬を赤くして、上目づかいで覗き込んでくる。

 俺は口を半開きにしたまま、首を横に振った。

 それを見た加奈は嬉しそうに目を細めた。

 

「いこっ」

「ああ」


 波打ち際を二人で手をつないで歩く。

 キラキラと輝く海は、俺たちを祝福しているように思えて、自然と足が軽くなった。

 

「あ! 貝がら」


 可愛い小物が好きな加奈が目を輝かせて、小さくかがむ。

 そして一枚の白い貝がらを拾った。

 俺も彼女にならって別の貝がらを拾う。

 それを夕日にあてると七色に反射してとても眩しい。

 加奈も同じように貝を夕日にあてていた。

 

「素敵だね」

「うん。すごく綺麗だ」

「……これも思い出になるかな?」


 加奈が湿った声を出す。

 俺はそれを吹き飛ばすように強い口調で言った。

 

「当たり前だろ! この貝に負けないくらいに綺麗な思い出になるから安心しろよな!」


 加奈は目を丸くして俺を見たが、それもつかの間、すぐに屈託のない笑みを浮かべた。

 

「うん!」


 俺は急に恥ずかしくなって、慌てて砂浜に視線を落とす。

 

「もっと拾って帰ろうか」

「うん」


 すでに恭一や春奈は鎌倉を出たらしい。

 

『二人で仲良く帰ってこいよ』


 ……だそうだ。

 まったく余計なお世話だっつーの。

 

「ねえ、雄太くん! こんな大きな貝がらがあったよ!」


 加奈が無邪気に笑う。

 それがとても嬉しくて尊い。

 

 どうか加奈に幸せが訪れますように――。

 

 紫色に変わりかけた空の片隅。

 輝く一番星に、俺は小さな祈りをこめたのだった。

 




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