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いつだって奇跡は片隅から起こるんだ  作者: 友理 潤
第三章 思い出を作る二人
21/43

小さな奇跡の始まり

心を込めてつづりました。

皆さまの心に届きますように、祈っております。

………

……


 前回と同じく池袋で待ち合わせた俺と加奈。

 さらに俺が待ち合わせの1時間以上前に着いてしまったのも同じ。

 そして待ち合わせ場所から背を向けるようにして、三つ編の少女が立っていたのも同じだった。

 俺は気づかないふりをして、彼女の前に回り込むようにして歩く。

 すると細い声で呼び止められた。


「あ、雄太くん」


 俺はピタリと足を止め、わざとらしく驚いてみせる。


「加奈!? まだ待ち合わせの1時間も前なのに、どうしたんだ!?」


 加奈は目を大きくしたかと思うと、みるみるうちに顔を真っ赤に染めて頬をぷくりと膨らませた。

 

「……雄太くんのイジワル……」

「あはは! ごめんよ! でも今日はちゃんと気づいただろ?」


 俺の言葉に加奈ははにかんだ笑みを浮かべて、


「うん。ありがとう」


 と喜んでいる。

 その仕草が愛おしくて、俺の左手は自然と彼女の右手を軽くつかんでいた。

 彼女から小さな驚きの声がもれる。


「あ……」

「いや?」

「ううん。でも……」

 

 トクンと彼女の心臓が脈打ったのを感じた瞬間から、俺の心臓もドクドクと音を立て始める。

 しばらく二人で顔を見合わせた後、俺は少しだけ手を握る力を強めた。

 でも加奈は俺の手を握り返してこない。

 どうやら今の俺たちには、まだ手を繋ぐ理由が必要みたいだ。

 

「夏休みは人多いし、はぐれたら嫌だから」

「……うん」


 加奈がきゅっと俺の手を握り返してきた。

 

――大丈夫。きっと大丈夫だから。


 俺は心の中でもう一度だけその言葉を繰り返した後、一歩足を踏み出した。

 

「じゃあ、行こう!」

「うん!」


 加奈の表情がぱあっと明るくなる。

 

 俺の大好きな笑顔だ。

 やっぱり俺は加奈が好きだ。

 

 こうして俺たちの二回目のデートが始まったのだった。

 

 

………

……


 池袋での二回目のデートは前回よりもだいぶスムーズに進んでいった。

 ランチはパスタ。今回はすんなりと席に通されて、ゆっくりと食事することができた。

 60階通りを何気ない会話をしながら歩くこともできた。


 他の人からすれば大したことではないかもしれないけど、二人の間でちょっとずつできることが増えていく実感は、俺の心を躍らせた。


「あのお店に入ろう」

「うん!」


 水族館は前回行ったばかりだから、隣にあるショップだけに入る。

 そのお店で俺は加奈に内緒でプレゼントを買った。

 

「これ……。加奈に似合うかなって」

「え? 私に? いいの?」

 

 イルカのチャームがついた可愛らしいイヤリングだ。

 俺はプレゼントを渡した後、恥ずかしくて加奈の顔を見ることができなかったけど、喜んでくれたかな?


「ありがとう。雄太くん。すごく嬉しい!」


 加奈の声がすごく弾んでいたから、きっと大丈夫だと思う。


「じゃ、じゃあ、次に行こうか」

「うん!」


 今日のメインはサンシャインの中にあるプラネタリウムだ。

 7月中は天の川が見られる特別なプログラムなんだそうだ。

 チケットを買って、ホールのような場所に入る。

 すると天井は大きなドーム状になっていて、それだけで圧倒されてしまった。

 

「うわぁ」

「すごいね」


 はじっこの席に並んで座る。

 左隣に座わる加奈の右手の上にそっと俺の左手を重ねる。

 ここでははぐれる心配はない。

 けど彼女は手をつなぐことを嫌がらなかった。


 たったそれだけで、涙が出そうになるほど嬉しい。

 

 喜びに浸っているうちに、館内が真っ暗になった。

 始まりを告げるアナウンスとともに、加奈の小さな息遣いが聞こえてくる。

 ただ隣にいるだけなのに、言いようのない幸福感に包まれていった。

 

 そして……。

 

 パッと天井が満天の星空に変わった。

 

「わっ」


 思わず感嘆の声が漏れる。

 加奈の横顔が明るい星に照らされて浮かび上がった。


「綺麗……」


 加奈からもうっとりとした声が聞こえてくる。

 でも俺の目はまたたく星よりも、加奈の横顔にくぎ付けだった。

 

 とても穏やかで、まるで春の海のようだ。

 

 自然と握った手の力が強くなる。

 驚いたのだろうか。加奈がちらりと俺を見てきた。

 ばっちりと目が合ったところで、二人して慌てて目をそらした。

 

「雄太くん。あんまりジロジロ見ないで。恥ずかしいよ」

「うん。ごめん」


 小さな声で謝ると、今度は天井の星空に目を向ける。

 一つ一つの星座の解説が続く中、徐々に見えてきた帯状に輝く星の集まり……。

 

 天の川だ。

 

 あまりの美しさに見入っているうちに、徐々に不思議な浮遊感にとらわれ、席にすわったまま星空の中へ吸い込まれていった。

 高度が上がるにつれ、アナウンスの声が遠くなり、周囲の客の気配も消える。

 でも手をつないでいる加奈の存在だけは、隣にずっと感じられていた。

 そうしてついに、天の川の川べりまでやってきた。


――立ってみようか。

――うん。大丈夫かな?

――きっと大丈夫だよ。


 根拠のない自信をのぞかせた俺は、手をつないだまま席から立ち上がり、川の中へと足を踏み入れる。

 足は沈むことなく、俺たちは難なく広い川幅の真ん中まで行くことができた。

 

――いこっか。

――うん。


 どこまでも続く川の先へゆっくりと歩いていく。

 けど宇宙は俺の想像よりもはるかに大きくて、後ろを振り返っても、前を向いても何も見えない。

 

 無限に広がる黒い空間と、無数に輝く星々の中で、俺たちはたった二人で進んでいった。

 しばらくしたところで加奈の手から、ほんの少しだけ不安が感じられてきた。

 

――雄太くん。どこまで行くの?

――行けるところまで、かな。

――でも、私は……。


 加奈の足が止まる。

 彼女のいわんとしていることは痛いほど分かっている。

 分かってはいるけど……。

 

 俺はグイっと彼女を引っ張った。

 

――え? 雄太くん?


 俺たちは再び星の川の中を歩き出した。

 立ち止まるのは好きじゃないから――。

 

………

……


「……くん」


 遠くから声が聞こえる。

 二の腕をゆさゆさと揺さぶられる感覚もしてきた。

 そして、

 

「雄太くん。起きて」


 加奈の声で俺は目を覚ました。

 

「……んあ。ここは……?」


 寝ぼけた頭では自分が置かれている状況すら分からない。

 すると目の前の加奈はクスリと笑った。

 

「ふふ。サンシャインのプラネタリウムだよ」

「プラネタリウム……。あ、やばっ! 俺、寝ちゃったのか!?」

「ふふ。それはもうぐっすりと寝てたよ。気持ちよさそうに寝息を立てて」

「なっ……! そ、そうだったのか」


 見回せば他の客はぞろぞろとホールから出ていく。

 俺は慌てて立ち上がって、加奈の右手をとった。

 

「ごめん。出よう」

「うん。プラネタリウム、楽しかったよ」

「俺も……」

「ふふ。快眠できたもんね」

「……加奈のイジワル……」


 初めてのデートの時はぎこちなかった会話が自然と続くようになっている。

 

――進んでいるんだよ。みんな。

 

 進むから変わることはいっぱいある。

 だからやっぱり立ち止まったらダメなんだ。

 たとえどんな未来が待っていようとも。

 

 そして俺はようやく決意したんだ。

 これからの二人のことを……。

 


………

……


 サンシャインを出て、人混みから抜ける。

 時刻は午後四時。

 寂しさの漂う小さな喫茶店に入り、二人ともアイスコーヒーを頼んだ。

 今どき珍しいクラシックの調べが、火照った体に清涼感を与えた。

 そして特製の水出しコーヒーが運ばれた後、俺の方から切り出したのだった。

 

「来年の春……。加奈も外国へ行っちゃうのか?」


 加奈はそれまでの柔らかな表情を一変させ、ストローに口をつけたまま目を伏せた。

 

「……うん」


 消え入りそうな声。

 俺は努めて穏やかな声で続けた。

 

「そっか……。せめて高校卒業までは待てなかったのか」

「お母さんの仕事の都合だから……」

「仕方ない、か……」

「うん……」


 加奈の目から大粒の涙がポロポロと落ちている。

 その様子を見るだけで、胸が張り裂けそうだ。

 でもこんな時でさえも、俺は気の利いたことが言えない。

 だからうつむく彼女の頭にそっと手を乗せることしかできなかった。

 

「大丈夫。きっと大丈夫だから」


 こういう時の優しい言葉は、感情の火にくべる薪であることを俺は知らない。

 自然と加奈の声の調子が強くなる。

 

「大丈夫なわけないよ……。もう会えなくなっちゃうんだよ!」


 店内に流れているのはショパンの『練習曲10-3』。



 通称『別れの曲』――。



 その旋律と加奈の声が重なり合い、俺の胸に深々と突き刺さる。

 それでも俺は優しく加奈の髪をなでながら、落ち着いた声で言った。

 

「だったら会えなくなる日まで、たくさんの思い出を作ろう」


 加奈がはっとなって顔を上げる。

 俺は彼女の頭から手を離して、ストローで氷をかき回した。

 カランという高い音に、加奈のかすれた声がまぎれた。

 

「たくさんの思い出?」


 俺は知っている。

 前に進めば、たくさんのことを犠牲にしなくてはならないのを。

 たとえどんなに仲良しであっても、別々の道を行かねばならない時がくることを。

 そうしていつしか互いの温もりを忘れていくことを……。

 

 でも……。

 それが俺と加奈の二人に定められた運命だとしても……。

 

 

「俺は加奈のことを忘れたくない! たとえ二人が一生会えなくなっても忘れたくないんだ!」



 加奈の目から再び涙があふれ出す。

 彼女の悲しみを前に怖気づきそうになる。

 だが鍵盤を叩きつけるような激しいピアノのメロディが、勇気を与えてくれた。



「だから忘れたくても忘れきれないくらいに、たくさんの思い出を作りたいんだ!」


「雄太くん……」


「前に進もう! 加奈! 後悔しないように、二人で前へ!!」


 

 俺が言い終えると同時に、再びゆっくりとしたメロディに変わる。

 そうして『別れの曲』の調べが透き通った余韻を残しながら消えた後、加奈は泣き止んだ。

 

「うん。私も雄太くんとたくさんの思い出を作りたい」


 嵐の後の太陽みたいに爽やかな笑顔を浮かべた加奈。

 俺もまた小さくほほえみ返した。


 そしてこれが始まりだったんだ。

 

 俺と加奈の間に起こる、小さな奇跡の――。

 

 

 

 

ここまでお読みいただきまして、まことにありがとうございます。


ここからクライマックスに向けて、ちょっとずつ進んでいきます。



皆さまの心に届く物語になっておりますでしょうか?

ちょっぴり不安ですが、私なりに全身全霊をこめて書いていきたいと思います。

どうぞこれからもよろしくお願いします。

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