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いつだって奇跡は片隅から起こるんだ  作者: 友理 潤
第三章 思い出を作る二人
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大丈夫。きっと大丈夫だから

◇◇


――レーちゃんは中学卒業とともに外国へ引っ越しちゃうから!

――お母さんの転勤で、家族全員で引っ越しちゃうの。

――レーちゃんのお姉ちゃんと弟も。

――玲於奈。そんなところで何やってるの?

――お姉ちゃん! 来ちゃだめ!!


 香織のライバルであるレーちゃんの本名は『遠藤玲於奈』で、なんと俺の彼女、遠藤加奈の妹だった。

 さらにレーちゃんは中学卒業後に、家族とともに外国へ引っ越すという。

 つまり加奈もまた来年の3月で外国へ引っ越してしまうということだ。

 

 しかし、ひとまずそれは端に置いておこう。なぜなら今の俺には先に考えねばならぬことがあるからだ。

 それは、


――香織に加奈のことをなんて紹介したらいいんだろう?


 ということだ。

 ひとまず考える時間を稼ぐために、加奈へ話しかけた。


「か、加奈。き、奇遇だな」

「うん。雄太くんもここに来ているとは思わなかったから驚いたよ」


 だがいつも通り、会話はまったく続かない……。

 一方の香織は、目を細くして俺と加奈を交互に見比べており、かなり俺たちのことを怪しんでいるようだ。

 そして俺がどのようにしてこの場を切り抜けようか悩んでいるうちに、彼女はわざとらしい作り笑いを浮かべながら、周囲に聞こえるような大声をあげた。


「ああ、最近お兄ちゃんの機嫌が気持ち悪いくらいに良いと思ったら、レーちゃんのお姉さんのおかげでしたかぁ!」

「えっ?」


 加奈と俺が目を丸くする。

 しかし俺たちの反応など見てみぬふりをした香織は、バレー部で鍛え抜かれた大きな声で続けたのだった。


「池袋のデートスポットを教えただけでハーゲンガッツを六個も買ってくれたり。時々スマホを覗いては鼻の下をすごーく伸ばしたり。愛してるぜぇ、と叫びながらベッドの上でとびはねたり……」

「ちょっ! 香織! おまえ、なんてことを!!」


 俺は慌てて香織の口をふさぐ。

 加奈の顔はもう真っ赤だ。


「ご、ごめんな! 俺たちもう行くから!」


 俺は加奈とレーちゃんにペコリと頭を下げると、なおもモゴモゴと口を動かしている香織を引きずるようにして退散したのだった。


………

……


 帰宅後。

 部屋着に着替えた香織は、ずかずかと俺の部屋に入ってくるなり、ドスンとベッドの上に腰かけた。

 言うまでもなく俺と加奈のことを問いつめてくるつもりだろう。

 そこで俺は素直に加奈と付き合っていることを話したのだった。


「はぁ……。んで、お兄ちゃんはどうするの?」

「どうするって、何をだよ」

「とぼけても無駄だからね。加奈さんは来年の春にはいなくなっちゃうんだよ!」

「うーん……。どうだろうなぁ。あんまり実感ないからなぁ」

 

 正直な気持ちを吐露する。

 香織はパチパチと何度かまばたきをすると、


「あきれた……。ここまでお兄ちゃんが能天気だと思わなかったよ」


 首を横に振った。


「能天気? 俺が? 極度の心配症なのは認めるが、それは違うと思うぞ」

「だったらなんで……」


 香織が言葉を切った。


――だったらなんで別れないの? このままだと半年後に離れ離れになっちゃうんだよ!


 そう言いたいのだろうが、言いづらかったのだろう。

 俺は一度目をつむって深呼吸をした。

 そして心にぽっと浮かんだ言葉を口にしたのだった。



「大丈夫。きっと大丈夫だから」



 香織は口を半開きにして驚いている。

 そりゃそうだろうな。

 何に対しても考えすぎてしまう臆病な俺が、急に「どうにかなるさ」みたいなことを言いだしたのだから。

 自分でも不思議なのだから、香織にしてみれば天変地異に近いことかもしれない。

 

「もう、いい! ハーゲンガッツおごってくれるのを忘れたら許さないからね!」


 香織はプリプリと怒りながら部屋を後にしていった。

 ああ、そう言えば、勢い余って「ハーゲンガッツで許してくれ」なんて言っちゃったけか。

 号泣していた割には、そういうことだけは覚えてるんだな。

 まったくしっかりしてるよ。


――バタンッ!


 勢いよく閉められたドアの音が耳をつんざく。

 残された俺はベッドの上で仰向けになると、もう一度さっき口にしたことをつぶやいた。


「大丈夫。きっと大丈夫だから」


 何を根拠に?

 そもそも何が大丈夫なの?


 自分でもよく分からない。

 分からないけど、そう思うしかないよな。

 それだけははっきりしていたんだ。


………

……


 そうしてあっという間に次の週末を迎えた。

 今日は待ち望んだ加奈とのデートの日。

 前日の夜はあまり寝られなかったけど、あふれ出したアドレナリンが体内を巡り、俺は元気よく家を飛び出した。


「行ってきます!」


 梅雨が明けたばかりの空は突き抜けるように青い。

 俺はじりじりと照り付ける太陽に顔を向けて、笑顔の練習をする。


「大丈夫。きっと大丈夫だから」


 そう口にしてから、駅までの道のりを自転車で飛ばしていったのだった。

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