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いつだって奇跡は片隅から起こるんだ  作者: 友理 潤
第三章 思い出を作る二人
19/43

お姉ちゃん! 来ちゃだめ!!

◇◇


 午前11時。いよいよ香織のいる若葉中と、レーちゃんのいる川坂三中の試合が始まった。

 俺と春奈が応援しているのは二階の観戦席の最前列。

 大きな声を出す勇気のない俺に代わって、春奈が突き抜けるような声を飛ばした。

 

「カオちゃああん! ファイトォォォ!!」


――バシィィィッ!


「よっしゃあああ!!」


 春奈の声援に応えるようにエースアタッカーの香織は躍動した。

 

「おおっ!」


 普段では考えられないほど、たくましい香織の姿に感嘆の声がもれる。

 会場の大歓声にかき消されたはずのその声が届いたのだろうか。彼女は俺と春奈の方を見て、ニヤッと笑った。


「調子に乗るとやられるぞ」


 俺が眉をひそめた直後。


――バシッ!


「よしっ!!」


 こんどは短髪の少女が強烈なアタックを決めた。


「くぅ! やっぱりレーちゃんはすごいわ」


 春奈が悔しそうに唇をかんだ。

 

 あれがレーちゃんか。


 確かに数年前に見た時の面影はある。

 しかし俺の記憶によれば香織とレーちゃんの体格差はほとんどなかったはずだ。

 なのに、すらりと伸びた背は香織よりも頭一つ分高く、肩幅も一回り大きくなっている。

 

「人って変わるもんだな」


 そんなことを考えているうちにゲームの雲行きは徐々に怪しくなっていった。

 若葉中は香織を中心としてチーム一丸となって頑張っているが、レーちゃんにボールを集める川坂三中の戦術にはかなわず、徐々に引き離されていく。


 そして……。


――バシィィィッ!


「やったああああ!!」


 最後もレーちゃんのアタックによって、川坂三中が若葉中をくだしたのだった。


………

……


「ありがとうございましたぁ!!」


 試合後に爽やかな挨拶を交わした後、両チームの健闘をたたえて会場から拍手が巻き起こる。

 俺も彼らにならって拍手をしていたが、コートにいる香織のことで頭がいっぱいだった。


「香織……」


 彼女は泣きじゃくっているチームメイトたちを健気に励ましている。


 でも俺は知っているんだ。


 あれは本来の香織ではない。

 なぜなら香織は昔から泣き虫で、それでいて大の負けず嫌いなのだから。


――お兄ちゃんのバカァァ!!


 ボードゲームで負けた時でさえ、彼女は大泣きするものだから、俺が香織をいじめたと勘違いした父さんにこっぴどく叱られたこともあったくらいだ。

 かつて親友だったライバルのいるチームに負けて悔しくないわけがない。


「カオちゃん偉いね」

「ああ……」


 春奈が香織の姿を見て、ほろりと涙をこぼす。

 俺もつられて泣きそうになったが、そこはグッとこらえた。

 そして香織はチームメイトたちとコートを去るまで、一滴の涙も見せなかったのだった。


………

……


 試合後。

 俺と春奈は、体育館の外で香織たちが出てくるのを待っていた。

 そして若葉中のバレー部の部員たちが現れると、春奈は彼女たちによってたちまち囲まれたのだった。


「あ、遠山先輩だ!」

「遠山先輩!!」

「先輩!!」


 春奈は笑顔になって、


「みんなほんと良く頑張ったね。負けたのは悔しいけど、胸を張って帰りましょう!」


 と励ましている。

 バレー部員たちも春奈の言葉に目を輝かせながら耳を傾けていた。


 やはり春奈にはカリスマ性があるんだな。


 などと変なところに感心していると、肩からかけていたカバンの紐がグイッと引っ張られたのだった。


「のわっ! 誰だ!?」


 背後をちらりと見ると、俺のことを睨みつける香織の姿が目に飛び込んでくる。


「か、香織!?」

「いいからこっち来て!」


 有無を言わせぬ彼女の剣幕に押され、ずりずりと引きずられていく。

 そうして人気のない場所で、彼女は俺と向き合った。


「な、なんだよ? 怖い顔して」


 何か怒らせるようなことをしてしまったのか?

 まったく身に覚えがないのだが……。

 

 そう身構えている俺に対して、香織は雷鳴のような大声をあげた。


「お兄ちゃん!!」

「うわ! なんか知らないけど、ごめん! ハーゲンガッツおごってやるから、許して!」


 訳も分からず謝ってしまった俺に対して、香織はみるみるうちに顔をくしゃくしゃにすると、俺の胸に飛び込んできた。


「うわあああああ!! 負けちゃったよぉぉ!!」


 滝のように涙を流して号泣する香織。

 俺は不器用だから、彼女の爆発した感情を受け止めることくらいしかできそうにない。

 だから黙ったまま抱きしめて、背中をさすっていた。


「レーちゃんにまた負けたぁぁ! うわあああああ!!」


 やっぱりかなり悔しかったんだろうな。

 どんな言葉をかけていいか分からない。

 しかし兄として何か言ってやらねば……。


 そんな使命感にかられて、ようやく口をついて出てきたのは、ありきたりな文句だった。

 

「高校生になったらリベンジすればいいじゃないか。まだまだチャンスはあるさ」


 しかし、香織は意外なことを口にし始めた。


「それは絶対にできないんだもん! うわああああ!!」

「はっ? どういうことだ? 二人とも高校でバレー部に入れば、リベンジできるじゃん。それとも同じ高校に入るつもりか?」

「違うのぉ! お兄ちゃんのバカァァァ!!」


 なんだ?

 どういうことだ?


 俺の思考がまったくついていけない。

 にわかに混乱した俺に、香織は詳しい事情を話した。

 それは予想の斜め上をいくものだったのである。


 

「レーちゃんは中学卒業とともに外国へ引っ越しちゃうから!」


 

 口が勝手に香織の言葉を繰り返す。


「レーちゃんが外国へ引っ越す……?」

 

 香織はすすり泣きしながら、


「うん……」


 とうなずいた。


「あれか? いわゆる交換留学ってやつか?」

「……違う。お母さんの転勤で、家族全員で引っ越しちゃうの」

「家族全員で……」

「……うん。レーちゃんのお姉ちゃんと弟も」

「そうだったのか……」


 ここまで聞いた時は、「そうなると香織がリベンジするのは無理だな」と香織に同情することくらいしかできなかったんだ。



 この時までは――。

 

 

「カオちゃん……」


 

 ふと香織の名を呼ぶ声がした方へ視線が移る。

 そこにはジャージ姿のボーイッシュな少女が立っていた。


「レーちゃん……!」


 香織が少女の名を呼んだ。

 確かについ先程までコートの中で勇躍していた川坂三中のエースアタッカーその人だ。

 しかし試合後の彼女からは怪物のようなオーラは息を潜め、今はどこにでもいそうな普通の女の子にしか思えない。


 だが不思議だったのは彼女のオーラなんかではない。

 彼女の瞳だ。

 もっと言えば視線だ。


 なぜなら彼女は、香織ではなく俺のことを大きく目を見開いて見つめていたからである。


 なぜ俺のことを見てるんだ?


 俺でなくても当たり前のように浮かぶ疑問に違いない。

 だがレーちゃんは、そんな俺をさらに困惑させるような言葉を口にした。


「まさかカオちゃんのお兄さんだったとは……。どうりでどこかで見たことのある背中だと思った……」


 レーちゃんの言葉に、香織と俺は眉をひそめて顔を見合わせた。

 ……と、その時だった。


「玲於奈。そんなところで何やってるの?」


 聞き覚えのある声……。


「お姉ちゃん! 来ちゃだめ!!」


 レーちゃんがくるっと振り返って、大声をあげる。

 だがすでに遅かった。


 俺の目にははっきりと映っていたんだ……。


「え? もしかして雄太くん……?」


 目を丸くした加奈の姿が――。

 

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