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いつだって奇跡は片隅から起こるんだ  作者: 友理 潤
第三章 思い出を作る二人
17/43

愛してるよ、加奈

◇◇


 期末テスト初日の朝を迎えた。


「おはよー。雄太」


 恭一の声が暗いのは、徹夜でテスト勉強してもなお自信がないからに違いない。

 俺は底抜けに明るい声で返した。


「おはよう! 恭一!」

「おまえ、元気だなぁ。今日は何の日か知ってるのか?」

「今日は7月2日だから……。たわしの日だ!」

「おまえ……。本気で言ってるとしたら、軽く軽蔑するわ」

「あははは! 今さら落ち込んだってしょうがないだろ! 期末テストは日頃の勉強の成果を見せる時なんだから!」

「はい、はい。そのセリフ。校長が聞いたら、感動のあまりにむせび泣くと思うぜ」


 いつもの俺なら恭一とともに暗い声を出しただろう。

 しかし今回は違う。

 

 なぜなら期末テストが終われば、加奈とのデートが待っているからだ!

 

 教室の隅に目をやると、緊張の面持ちで教科書に目を通している加奈の姿がある。


「よしっ! 頑張るか!」


 俺はあらためて気合いを入れ直すと、筆記用具を机の上に並べたのだった。

 

………

……


 4日間のテスト期間はあっと言う間に過ぎていった。

 そしてついに……。

 

「終わったぜぇぇぇ!!」


 チャイムとともに恭一の弾ける声が教室中に響き渡った。

 梅雨のどんよりとした空とは対照的に、教室の中は爽やかな解放感に包まれた。

 

「雄太! 手ごたえはどうよ?」

「バッチリだ! ……と言いたいところだが、英語だけは何度見返してもダメだな」

「あははは! 俺なんか全教科ダメだから、全然マシだっつーの! あはは!」


 あっけらかんと笑い飛ばす恭一に対し、俺は眉をひそめた。

 

「笑いごとじゃないぞ。夏休み中に補習とか、地獄だぜ?」

「そんな先のことを考えて生きていたら、人生つまらんと思わんかね」

 

 いったい誰の真似をしてるんだか……。

 俺は「やれやれ」と言わんばかりに首を横に振ると、恭一は俺の首に腕を回してきた。

 

「なあなあ、テストが終わったら遠藤とデートするんだろ?」


 耳元でささやかれて、体が硬直する。

 

「その反応……。図星だな! あはは! うらやましいな! このぉ!」


 恭一が回した腕で首をきつく締め付けてくる。

 悪ふざけとは思えないくらいに苦しかったから、本気でうらやましかったんだろうな。

 俺がトントンと二度タップすると、彼はすんなりと俺から離れた。

 

「夏休み。いっぱい思い出を作れよな」


 彼らしくない低いトーン。それに引き締まった表情だ。

 俺は小さく笑みを浮かべて返した。

 

「恭一。おまえもな」


 この後、恭一はバイトがあるからと先に教室を後にしていった。

 最近彼がやたら気合いを入れてバイトに励んでいるのは、気になる女子大生の先輩がいるかららしい、と別の友だちから聞いている。


「思い出……か」


 ふと教室の隅を見ると、すでに加奈の姿もない。

 春奈は大勢の女子を引き連れてカラオケに行くようだ。

 だから俺は一人で教室を後にしたのだった。

 

………

……


 その日の晩ご飯が終わった後、俺は自分の部屋にこもるとスマホをタップした。

 KINEのアプリを開き、連作先一覧から『遠藤加奈』を選択する。

 何度か深呼吸をした後、スワイプして文字を入力した。


『テストどうだった?』


 送信ボタンをタップした後、ドキドキしてはちきれんばかりの心臓の音をごまかすように、動画サイトでお気に入りのミュージックビデオを流した。

 しかし映像も音楽もまったく頭に入ってこない。

 ただ画面の中で風景や人が見えて、音が聞こえるだけだ。

 

 早く返事こないかな。

 

 それだけで頭の中はいっぱい。

 そうしてしばらくしたところでスマホが震えた。

 急いで画面をKINEに切り替える。

 

『まあまあだったよ』


 加奈からのメッセージだ。

 グンと体温が上がるのを感じながら、再びスマホの画面にかじりついた。

 

『俺もまあまあだった。ところで加奈は今週末あいてる?』


 手から汗がにじみ出す。

 今度は動画サイトへ逃げず、KINEの画面をじっと見つめ続けた。

 わずか数秒の時間が数時間にも感じられるほどに時間の感覚がおかしくなっている。

 しかし返事は期待していたものとは正反対だった……。

 

『ごめんね。今週末は予定があるの』


「え……。そうか……」


 落胆が思わず声になって出てしまった。

 いきなり奈落の底に落とされたかのような絶望に、返事を返す気力すらわかない。

 茫然としている中、すぐにスマホが震えた。

 

『でも再来週なら大丈夫だよ』


 地獄からいっきに天国まで上昇したように心が軽くなる。

 自然とスマホをスワイプする指が速くなった。

 

『じゃあ、再来週! 日曜はどう?』

『うん、大丈夫』

『どこ行こうか?』

『私は雄太くんとならどこでも大丈夫』

『じゃあ来週までに考えておくよ!』

『うん。ありがとう』

『じゃあ、またね!』

『またね』


 やった! 今度は勢いじゃなくて、ちゃんとデートに誘えた!

 

 他人からしてみれば些細なことかもしれないけど、俺にとっては大きな山を登り切ったのと同じだった。

 そして、調子に乗った俺はもう一つの山に挑戦してみたくなってしまったのである。

 

 やっぱり恋人同士なら締めの挨拶は『愛してるよ、加奈』だよな。

 

 バクバクと心臓が音を立て、震える指は思い通りに動きそうにない。

 さすがに今のままではダメか。


 ならばメガネを外すしかない!

 

 おもむろにメガネをとると、テーブルの上に置いた。

 グイっとスマホに顔を近づけて、ゆっくりと指を動かしていく。

 

『愛してるよ、加奈』


 あとは送信ボタンを押すだけ……。

 だが再び臆病風に吹かれた。

 

「まあ、こういうのは直接言った方がいいよな。しかも今どき『愛してる』はないよな。重い。うん、重すぎる。『好きだよ』くらいがちょうどいいし……」


 やはり勢いでもう一つの山を越えるだけの勇気はないらしい。

 KINEの画面を閉じようとした。

 

 その時だった――。

 

「お兄ちゃあああん!」


――バンッ!


 香織が勢いよくドアを開けて、部屋に飛び込んできたのだ。

 

「のああああっ!!」


――プチッ。


 慌ててスマホを背後に隠す。

 

「お兄ちゃん、またエロい動画を見てたの? 鼻の下伸びてたよ!」

「またってなんだよ! 違うから! それよりもノックぐらいしろよな!」

「むぅ! お兄ちゃんだって私の部屋に来る時にノックなんかしたことないじゃん!」

「そもそも俺がいつ香織の部屋へ行ったよ?」

「もういいっ! お兄ちゃんのバカ! 童貞!!」

「だから童貞は関係ないだろ!」


 もはやお約束になったやり取りを終えると、香織は俺の前にドカッと座った。

 中学のジャージ姿の彼女からは色気が微塵も感じられない。

 それはまるで中学時代の春奈を見ているようだ。

 ……となると香織も春奈のように高校に上がれば別人のようにあか抜けるのだろうか……。

 

「なによ!? 人のことジロジロ見て! エッチ!!」

「ば、バカ言うな! なんで好き好んで妹のことをエッチな目で見なきゃいけないんだ!? っつーか、何の用だよ!」


 ゴホンとせき払いをした香織はいつになく真面目な顔をした。

 

「実はね。今度の土曜日にバレー部の地区大会があるの」

「へえ。そうなんだ」

「何よ! その気のない返事は! 次勝ったら念願の県大会出場が決まるんだよ! 春奈先輩が抜けて以来、一度も地区大会の壁を突破できていない若葉中の女子バレー部にしたら大一番なんだよ!!」


 香織の剣幕に押されて、思わず「ごめん」と頭を下げる。

 すると香織はぐいっと胸を張って言った。

 

「お兄ちゃんだから許してあげる! その代わり、今度の土曜日の試合は応援にきてよね!」

「は? なんで俺が……」


 と言いかけたところで、言葉を止めた。

 香織がシュンとし始めたからだ。

 

 あ……そうか……。


 うちの両親はサービス業の共働きだ。

 めったなことがない限り土日は休めない。

 つまりもし俺が断れば、香織の応援へ誰も行けないことになるのだ。

 

 香織は小学生の頃からバレーのクラブに入って、バレー一筋に頑張ってきた。

 そして今は中学三年生。

 高校でバレー部に入らないとしたならば、これが最後の試合になるかもしれないのだ。


 そんな大切な試合に家族の誰も応援にいかなかったら、香織は悲しむに違いない。

 

 それは……。

 

 嫌だな――。


 

「……会場はどこだ?」



 香織ははっとなって顔を上げた。

 

「お兄ちゃん……」


 俺は恥ずかしくなって視線だけ横にそらす。

 

「あと試合は何時からだ?」

「お兄ちゃん!!」


 大きな声をあげた香織は俺の手を取って、キラキラした瞳を向ける。

 俺は余計に恥ずかしくなって、今度は顔ごと横へそらした。

 だが次に香織の口から出てきたのは、意外な言葉だった。


 

「当日の朝に春奈先輩がうちまで迎えにくるから大丈夫だよ!!」



「はっ?」



 一瞬意味が分からずに言葉を失ってしまった。

 すると香織はニタニタしながら続けたのだった。

 


「お兄ちゃんは春奈先輩と『二人っきりで仲良く』会場に行ってくれれば大丈夫だから!」



 こいつ……。

 最初から俺と春奈をくっつけることが目的だったのか。

 いらぬお節介を焼きやがって……。

 

 しかし香織は俺が文句を言う前に、ピョンと飛び跳ねてドアノブに手をかけた。

 そしてぐっと拳を固めた。

 

「次の試合は私の永遠のライバルである『レーちゃん』がエースだからね!」

「レーちゃん?」

「うん! 小学校まで同じクラブだったレーちゃんだよ! 覚えてる?」


 そう言われてみれば、香織が小学生の時に所属していたバレーボールのクラブに『レーちゃん』というニックネームの女の子がいたのを聞いたことがある。

 香織とレーちゃんはダブルエースで『カレーコンビ』と言われて、地域で恐れられていたらしい。

 香織とは無二の親友でもあったから、俺も何度か顔を合わせたことがある。

 とても明るくて礼儀正しい女の子だったのを思い出した。

 

「レーちゃんかあ、懐かしいな。確か数年前に引っ越したんだよな。今でも仲良いのか?」

「仲良いわけないでしょ! 今となっては敵! ライバルだよ! しかもレーちゃんのいる川坂三中には一度も勝ったことないんだから!」

「そ、そうか」

「でもお兄ちゃんと春奈先輩の愛の応援があれば、絶対にレーちゃんを倒せるって信じてる! だからよろしくね!」

「なんだよ? 愛の応援って……」


 眉をひそめる俺を無視して香織は部屋を出ていった。

 

「まるで台風みたいな奴だな」


 香織が去ったとたんに部屋の中は静かになる。

 俺はため息をついて、ベッドで横になろうとした。

 ……とその時。

 

――ブルル。


 スマホが震えたのだ。

 

「ん? なんだ?」


 何気なくスマホの画面に目をやる。

 

 しかし次の瞬間。

 全身から血の気が引いた――。

 

 

『愛してるよ、加奈』



 なんと加奈にメッセージが送られているではないか!

 そしてそれに対する返信がきたのだった。

 

 

『恥ずかしいよ。雄太くん』

 


 ぐあああああ!!

 恥ずかしいのは俺の方だから!!

 

 どうしよう!

 メッセージの抹消とかできるのか?

 いや、むしろ加奈の記憶を消し去りたい!!

 

 なんて返事を返そうか。

 『愛してるってのは間違いだった』、なんて送ったら、それはそれでまずい。

 ならば逆転の発想で『何を言われても俺は加奈だけを愛してる』と返してみるか!?

 

 いやいやいや! そんな恥ずかしいことできるわけないだろ!

 

 そんな風に慌てているうちに、もう一度スマホが震えた。

 

 もし『こんな恥ずかしいことを言う人だと思ってなかった。幻滅しました』なんてメッセージだったらどうしよう……。

 

 思わずつむってしまった目を恐る恐る開くと……。

 

 

『私も雄太くんを愛してます』



 という文字が目に焼き付いた。

 

「へっ……」


 あまりに強い衝撃に思考が止まる。

 しかし直後に、喜びと幸せが一気に押し寄せてきて、全身が興奮に包まれた。

 そして口から声が爆発したのだ。

 

「ぐおおおおおおおお!! 愛してるぜぇぇぇ!!」


 嬉しい! 嬉しすぎる!!


 どう喜びを表現していいか分からず、ベッドの上でぴょんぴょんと跳ねあがる。

 

「お兄ちゃん!! うるさいっ!!」


 香織の怒声を右から左に聞き流した俺は、何度もガッツポーズを繰り返したのだった。

 



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