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いつだって奇跡は片隅から起こるんだ  作者: 友理 潤
第三章 思い出を作る二人
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雄太くんはどうしたい?

………

……


 俺は洗いざらい、全てを話した。

 

 本当は遠山春奈に告白しようとしたこと。

 勇気が持てなくて、メガネを外して連絡先を探したこと。

 そうしたら間違って遠藤加奈に告白してしまったこと。

 でも昨日のデートはすごく楽しかったこと……。

 

「本当にごめん。なかなか言い出せなかったんだ」


 言いたいことを言い終えた後、深々と頭を下げた。

 

 もし、ひどいショックを受けてしまったら……。

 もし、すごく怒りだしてしまったら……。

 

 勢いで話してしまったものの、強い後悔と恐怖が襲ってきた。

 ちらりと加奈の様子をうかがう。

 

 彼女は穏やかな表情のまま、俺をじっと見つめていた。

 

「頭を上げて。雄太くん」

「あ、ああ」

「ありがとう。全部話してくれて」


 意外な言葉。

 しかもいつも通りに、おっとりして優しい口調。

 

 怒ってないのかな?

 悲しんでいないのかな?

 

 自分で言いだしておきながら、彼女の反応に戸惑う。

 すると彼女はニコリと笑顔を作った。

 

「最初からそんなことだろうって思ってたよ。だから大丈夫」

「そ、そうか……。なんかそれもちょっとショックだな」

「ふふ。だって私、自分が地味で空気みたいだと自覚してるから。そんな私に雄太くんの方から告白してくれるなんて夢でもありえないもの」

「そうか……」


 加奈はバツが悪そうに視線をそらし、スカートを強くつかんでいる。

 そして消えそうな細い声で問いかけてきた。

 


「……雄太くんはどうしたい?」



 胸の奥がギュッと痛くなる問いかけだ。



「どうしたいって……どういう意味?」



 加奈は心配で心配でつぶれてしまいそうな声を振り絞る。



「……やっぱり今でも遠山さんのことが好き……だよね。さっきもすごく仲良さそうだったし」



 俺は心臓を撃ち抜かれたかのような衝撃を覚えた。

 彼女の瞳には涙がたまり、今にもあふれ出しそうだ。

 

 こんな時。

 どんな言葉をかけたらいいんだろう?


 きっと恭一なら気の利いた言葉の一つでもさらりと投げかけるに違いない。


 でも俺にはさっぱり分からない。

 

 分からないから……。

 

 

 俺は加奈の手をぎゅっと握った。

 抱きしめる勇気はなかったから。


 

「ふえっ……!?」



 加奈の口から戸惑いの声が漏れた。

 彼女の手から温かい感情が流れ込んでくる。

 同時に小刻みに震えているのが分かった。


 加奈は怖かったんだ。

 俺が春奈と仲良くしてたから。

 だから自分の過去と素直な気持ちを伝えて、俺の本音を引き出そうとしたに違いない。


 すごく勇気がある行動じゃないか。

 俺には考えられない。


 だったら俺はどうする?

 こんなに小さな体で、震えるほど怖いのに、勇気を振り絞った加奈を前にして、俺はまだ臆病でいるつもりか?


 そんなわけには……。


 いかないだろ!

 

「大丈夫。大丈夫だから」

「……うん。うん……」


 加奈の目から溢れてきた涙が彼女の頬を伝う。

 俺はぐっと腹に力を込めて、思いの丈をぶつけた。



「確かに告白は手違いだった。だけど今の俺は加奈のことが誰よりも好きだ!」



 もうこれ以上の言葉は必要ない。

 俺にはそう思えた。

 

 だから加奈の涙が止まるまで、俺は彼女の手を握り続けたのだった――。

 

………

……


 加奈が泣き止んだのは空が夕焼けに染まった頃だった。

 再び手をつないで歩き出す。

 そして住宅街の真ん中で加奈が小さな声を出した。


「もうここで大丈夫だよ」

「うん。分かった」


 でもつないだ手を互いになかなか離そうとしない。

 

「また明日」

「うん、また明日」


 ここでようやく手が離れた。

 とても名残惜しい。

 

「あの……。加奈……。一ついいかな?」

「え、あ、うん……」


 オレンジ色に染まる加奈を前に俺はメガネを外した。

 そしてありったけの勇気を振り絞ったのだった。

 


「テストが終わったら、またデートしてくれないかな?」



 加奈がどんな表情をしているか分からない。

 それでも漂った沈黙からして、驚いているのは確かだ。

 しばらくして加奈の声が聞こえてきた。



「うん! またデートしよう」



 今まで聞いた中で一番明るい声。

 俺は急いでメガネをかけて、加奈を見る。


 ひだまりのような笑顔だ。


 俺はほっと胸をなでおろした。


「ありがとう。だったらなおさらテスト頑張らなくちゃ」

「え? どうして?」

「だって赤点とってデートとか、男としてカッコ悪いだろ」


 加奈がクスリと笑った。


 もうこれで大丈夫。


 俺はそう確信した。

 

「俺……。彼女なんて作ったことないし、恋が何なのかもよく分かってない。だからこれから加奈とゆっくり探していけたらいいと思ってる。こんな俺だけど、よろしく頼む」


「うん。私こそよろしくお願いします」


 燃えるような初夏の夕焼けの中を、二人で見つめあう。


 そうしてしばらくしたところで加奈がはっとした。


「ところで遠山さんと舟木くんは大丈夫?」

 

 やばいっ!

 あの二人のことをすっかり忘れてた!


「ご、ごめん! じゃあ、俺行くね!」

「バイバイ! また明日!」


 加奈に背を向けて道を駆け出す。

 まるで背中に羽が生えたかのように足が軽い。


 俺は今、恋をしてる!


 そんな実感が、あらゆる不安や臆病を吹き飛ばしてくれる。


 この時はそう思っていたんだ――。


………

……


 雄太が立ち去った後も、加奈はしばらくその場に立っていた。


 こんなに幸せでいいのかな。


 夕陽が彼女の涙を乾かし、心の底からわきあがる喜びは彼女の心臓の音を早くしていた。


 もう少しだけこの幸せにひたっていたい。


 透き通った願いは祈りでもある。

 しかし祈りとは、得てして悲しみの中から生まれるもの。


「お姉ちゃん……」


 加奈の背後から声をかけてきたのは、ベリーショートヘアでいかにも活発そうな少女だ。

 彼女は加奈の妹、玲於奈れおな。雄太の妹の香織と同じ中学三年。


 玲於奈の呼びかけに、加奈はうつむいた。

 追い討ちをかけるように、玲於奈の湿った声が加奈の背中に突き刺さる。


「後ろ姿しか見えなかったけど、今の人誰?」


 加奈はくるりと振り返ると、ぎこちない笑みを浮かべた。


「ただのクラスメイトだよ」


 しかし妹をごまかせなかった。


「うそ」

「ごめん。でもクラスが同じなのはほんと」


 深いため息をついた玲於奈が加奈に冷ややかな視線を浴びせた。


「お姉ちゃん。分かってるよね?」

「うん……」

「ちゃんと言わなきゃダメだよ」

「うん……」


 加奈は今にも泣きだしそうになる。

 一方の玲於奈は彼女から顔をそらして家の方角を向く。

 そしてボソリとつぶやいたのだった。



「お姉ちゃんも私も恋なんてしちゃダメなんだよ……」



 いつの間にか夕焼けは灰色の雲で隠れている。

 加奈は玲於奈の言葉に反応することなく、トボトボと家の方へ歩き始めたのだった。


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