私ね。あの時からずっと雄太くんが好きだったの
………
……
駅前の喫茶店を出てから学校へ戻るように、加奈と一緒に下校した時の分かれ道を目指して歩いていった。
「雄太くん。手が痛い」
「あ……ごめん」
つなぎっぱなしだった加奈の手を慌てて離した。
しかし彼女は首をブルブルと横に振る。
「違うの」
そして彼女の方から、俺の右手に自分の左手を添えてきたのだ。
「えっ?」
加奈は顔をリンゴのように赤くしてうつむいた。
「強く握られると痛いだけだから」
「え?」
ドクンと心臓が脈打つと、かっと体温が上がる。
加奈はうつむいたまま、上目づかいでかすれた声を出した。
「……手、優しく握ってくれる?」
「……お、おう」
俺は綿あめをつかむような気持ちで、ふんわりと彼女の手を握る。
彼女もまた、きゅっと握り返してきた。
伸びる影が二人で一つになったところで、俺たちは再び歩き出した。
「こっちだったよな。加奈の家」
「……うん」
前は離ればなれになった分かれ道を、今度は加奈の家の方に向かって二人で歩く。
ドキドキした心臓は飛び出してきそうだ。
かつてないほどの幸せな時が、ゆっくりと流れていく。
俺はこんな時間が永遠に続いてくれればいい、と本気で思った。
それでも俺は言わなくちゃいけない言葉があるのを忘れてはいなかったんだ。
「さっきはごめんな」
「どうして謝るの?」
「だって……。春奈とばかりしゃべっちゃったから」
加奈は一瞬だけ目を丸くすると、くすりと笑った。
「ふふ。なんで雄太くんが遠山さんとおしゃべりするとダメなの?」
「いや、だって……」
「じゃあ、私も舟木くんとおしゃべりしちゃってごめんなさい」
「それはあいつが勝手にやったことで、加奈は何も悪くないから!」
加奈が足を止めて、俺をじっと見つめる。
俺は急に気恥ずかしくなって、顔をそらした。
すると加奈が驚くべきことを言ったのだった。
「雄太くんは、小さい頃から変わらないね。すごく優しい」
「えっ……? 小さい頃……?」
加奈はそっと俺から手を放すと、一歩だけ後ろに下がった。
「荘司加奈。私の3年前までの名前」
「え? どういうこと?」
加奈は一呼吸置くと、少しだけ声のトーンを落とした。
「中学2年の時に両親が離婚したの。私はお母さんに引き取られて、小さい弟と2個下の妹と一緒に引っ越した。それまでは雄太くんや遠山さんと同じ学校だったんだよ」
まったく知らなかった……。
でも俺の記憶が正しければ、荘司という名の女子と同じクラスになったことがない。
じゃあなんで加奈は俺の『小さい頃』を知っているんだろうか……。
「小学4年の時に、私は遠山さんと同じクラスで友達だったの。雄太くんは隣のクラスでね。でも休み時間になると遠山さんに会いにきてたでしょ」
「ああ、それは覚えてる。あいつよく忘れ物したから。教科書とか忘れると困るだろ」
加奈が懐かしそうに目を細めた。
「ふふ。私はそれを近くで見てたの」
「そうだったのか……」
くるりと俺に背を向けると、下げた二つの三つ編がふわりと浮いた。
「でも一回だけ雄太くんと話したことがあるんだよ」
「え? うそ……」
「4年生の秋に全員で自然公園まで行ったの覚えてる?」
「ああ、確か写生大会へ……。ってもしかしてあの時の!?」
そうだ! 思い出した。
小学4年生の時に学年全員で自然公園まで行って、風景を写生する行事があった。
その時……。
――おうっ! 春奈! 今日は忘れ物してないだろうな?
――してないよ。でもね、荘司さんが家に絵の具を忘れちゃったの。
――遠山さん! 私のことはいいよ。
――絵の具を? 全部?
――ううん。赤色だけ……。
――……じゃあ、俺の貸してやるよ!
――えっ……?
――俺は恭一から借りるから大丈夫! 今持ってくるから、ちょっと待ってて!
「雄太くんから赤色の絵の具を借りたのは……。私なの」
加奈はスクールバックに手を入れると、小さなケースを取り出した。
その中には赤色の絵の具の小さなチューブが大切そうにしまってあった。
「ずっと借りっぱなしだったの」
加奈が俺にそれを差し出す。
「ごめんね。言い出す勇気がなくて……」
俺はケースごと受け取りながら、首を横に振った。
「いや、いいんだ。でもなんで今さら?」
「今言わなくちゃ、ずっと後悔すると思ったから……」
そこで言葉を切った加奈は何度か深呼吸する。
その後、スカートのすそをギュッと掴んで告げてきたのだった。
「私ね。あの時からずっと雄太くんが好きだったの。そして、優しい雄太くんが今でも好き」
雷でうたれたような衝撃が全身に走る。
俺の手違いの告白は、彼女にとっては本気だったのか……。
申し訳ない気持ちと、愛おしい気持ちが同時に胸の中に渦巻く。
それから彼女の勇気は、俺のくすぶっていた勇気に飛び火した。
「ごめん! 加奈! 俺も謝らなきゃいけないことがあるんだ!」
今言わなくちゃ後悔するのは俺だって同じだ。
だからちゃんと言おう。
あの告白は手違いだったんだって――。
そう俺は決意したんだ。