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いつだって奇跡は片隅から起こるんだ  作者: 友理 潤
第三章 思い出を作る二人
13/43

怒りの矛先は自分自身

◇◇


「ねえ、ユウくん。一つ聞いていい?」


 駅前の喫茶店。

 一番奥のテーブル席に通されたところで、春奈がたまらず声をあげた。


「なんだよ?」


 俺だって春奈の言いたいことはよぉく分かってるつもりだ。

 しかしここは眉をひそめて聞き返すより他ない。

 すると春奈は首を横に振りながらため息混じりに言った。


「なんで恭一がいるのよ!」


 それは俺の横でニコニコしている茶髪の男子高生に向けられた素朴な疑問だった。


………

……


 話は少しだけさかのぼる。

 午後の休み時間に紙パックのコーヒーを飲んでいる最中に、恭一が話しかけてきた。


「なあ、雄太。聞こえたぞ。おまえ、ついに春奈とデートらしいな」


「ブフォッ!」


 思わずコーヒーを吹きそうになったところを、どうにかこらえた俺は、激しくせきこんだ。


「ゴホッゴホッ! ど、どこからどう間違えれば『勉強会』が『デート』になるんだよ!」


 恭一は「やれやれ……」と言わんばかりに首を振る。


「おまえまだそんなこと言ってるの? そういうピュアなことばっかり言ってるから、いつまでたっても童貞なんだよ」

「お、おまえに言われたくねえ! おまえだって同じじゃんか!」

「まあ俺のことはどうでもいいからさ。だったら俺も連れていけよ、その『勉強会』とやらに」

「はあ? なんでだよ?」


 恭一はもう一度、やれやれと言わんばかりに首を振る。

 そして俺の肩に腕を回すなり、耳元でささやいてきたのだった。

 

「俺がアシストしてやるって言ってるんだよ。雄太と春奈のこと」

「よ、余計なお世話だから」

「遠慮するな。俺とおまえの仲だろ。俺は幸せになって欲しいんだよ。おまえと春奈の二人の友人としてな」

「だ、だからそれが余計な……」


 しかし恭一が俺の反論する暇なんて与えてくれるはずもなく……。

 

「あははは! おーい! 春奈! 雄太だけじゃなくて、俺にも勉強教えてくれよぉ!」


 と、窓際で春奈の周囲にたむろす女子たちの間に割って入っていったのだった。

 

………

……


 こうして俺たちは4人で喫茶店へ向かった。

 通されたのは4人のテーブル席。

 俺と恭一が横に並び、俺の前には春奈、恭一の前には加奈が座った。

 すべて恭一の勝手な仕切りで決められたことだ。


「まあ、細かいことはどうだっていいじゃん! 早く勉強しようぜ!」


 恭一は英語の教科書をテーブルの上に広げると、

 

「なあ、遠藤。この英文の意味を教えてくれよ」


 早速加奈の方へ前のめりになった。

 面食らった加奈が口を真一文字に結んで俺に視線を送ってくる。

 

――雄太くん。私どうしたらいいの?


 同時に恭一からも視線が送られてきた。

 

――今がチャンスだぞ! お前は春奈と二人で勉強を始めるんだ!


 まるで「敵は俺が引きつけるから今のうちに逃げろ!」と戦場の最前線にいる兵士の気分なんだろうな……。

 しかし、

 

――俺と加奈の二人で勉強したいから、お前たちはどこか行ってくれよ。


 なんて言えるはずもなく……。

 

――ここは恭一に合わせてくれないか。


 と加奈へ視線を送った。

 加奈はコクリとうなずくと、恭一にボソリボソリとつぶやくように英語を教え始める。

 

「おお! 遠藤は教え方が上手なんだな! あはは! サンキュ、サンキュー! じゃあ、こっちは?」


 恭一はやたらテンション高く加奈を持ち上げ、加奈は困ったように小さな笑みを浮かべた。

 

 くっそ。恭一のやつ……。

 

 だが文句を言えば不自然になる。

 そこで俺は彼らを横目に見ながら日本史の教科書を開いた。

 それを見た春奈は自分の日本史のノートをテーブルの上に広げて、無言のままチラチラと俺の顔を見てくる。

 俺はつっけんどんに問いかけた。

 

「なんだよ?」

「別に」


 きっと「勉強を教えてあげてもいいわよ」というつもりなんだろうな。

 でも加奈がそばにいるところで春奈とベラベラしゃべりたくない。

 これは俺なりのちっぽけな配慮だ。

 だから俺は黙ったまま教科書に目を戻す。

 すると春奈の声が聞こえてきた。

 

「ええっと。徳川家康が江戸幕府を開いたのよね」


 明らかに誘っているが、俺は引き続き無視し続けた。

 しかし……。

 

「そして彼は鎖国令を出して、外国との人や物の行き交いを禁じた」


 その言葉を耳にした瞬間。

 俺の耳がピクリと反応した。

 ちなみに俺の得意科目は日本史。

 はっきり言って、日本史だけなら春奈に負けない自信がある。

 そして彼女の言葉に明らかな間違いがあるのに気づいたのだ。

 

 俺はチラリと彼女のノートに目をやった。

 

『徳川家康が鎖国令を出した』


 と赤字で書かれている。

 しかしこれは間違いだ。

 鎖国令が出されたのは彼が亡くなってからだいぶ先のことで、出したのは徳川家光のはず。

 

 もしこのまま春奈が間違ったまま覚えてしまったら、テストで「×」を食らうだろう。

 

「ええっと、武家諸法度は……」


 既に春奈は次のことに注意を向けている。

 いてもたってもいられなくなった俺は、無意識のうちに口を挟んだ。

 

「鎖国令を出したのは徳川家光だ」

「えっ?」

「教科書139ページを見てみろよ」

「あ、ほんとだ……。ありがと」


 春奈はバツが悪そうに上目づかいで見てくる。

 普段の彼女からは想像もできない、弱々しい目つきにムズムズと背中がうずく。


「ああ! もうっ! ちょっと貸して!」


 俺は彼女のノートを手に取り、一通り目を通した。

 

「ここも間違ってるぞ」

「えっ? うそ……」

「ウソなんてつくものか。ほら、教科書見てみろよ」

「ほんとだ……。ありがと」

「……ったく。昔から春奈は早とちりしやすいんだから、気をつけろよな」

「なっ!! ユウくんがそれを言う? 中学までユウくんに勉強を教えてあげてたのは誰だったけ?」

「そ、そんな昔のこと今さら言うか!?」

「昔のことって、たかが3年前のことじゃない!」


 口を開けばいつもこれだ。

 小学校の低学年の頃までは無邪気に笑いあっていた俺たちは、いつの間にか口喧嘩することが増えていった。

 そうして高校に上がった時には一切口をきかなくなってしまったのだ。

 

 それでも……。

 俺は一時とは言え、彼女のことを好きになり、告白までしようとした。

 

 きっと心のどこかで春奈と昔のように言い合いがしたかったのかもしれない。

 だって今、すごく自然体でいられていることを心地よく思っているのだから……。

 

「もう日本史はいい! 次は数Ⅱの勉強するわよ!」

「よくないだろ! ちゃんとノートを直さなきゃ、テストで間違えるのはお前なんだから」

「じゃ、じゃあ、ユウくんが直してよ」

「ったく、しょうがないな……」


 俺は春奈の間違っている部分に線を引いて、その横に正解を書く。

 ふと正面を見ると、なんだか嬉しそうな表情で俺の手を見つめている春奈が目に入った。

 

「なんだよ。ニヤニヤしちゃって。気持ち悪い」

「し、してないわよ!」

「してただろ。見栄張るのはよせよ」

「見栄なんて張ってないもん!」


 ……と、その時。

 俺はハッとした。

 

 やばい! ここには俺と春奈だけじゃなかった……。

 

 俺は急いで顔を横に向けた。

 加奈がポカンと口を半開きにしたまま、俺を見つめている。

 一方の恭一はニタニタといやらしい笑みを浮かべていた。

 

「違う! これは違うから!」


 慌てて弁解を試みるが、ただ否定することしかできない。

 すると加奈は小さな声で言った。

 

「私……。妹と弟に晩御飯作らなきゃいけないから、もう帰るね」


 手早く荷物をまとめた彼女は、テーブルの上にコーヒー代の500円を置いて席を立つ。

 俺も急いで席を立とうとしたが、それを恭一が制した。

 

「遠藤の見送りは俺がするから。雄太と春奈は勉強を続けてろよな!」


 彼は俺に意味ありげな視線を送ると、遠藤をエスコートするように喫茶店のドアを開けた。

 加奈が俺を見る。

 複雑な感情を宿した彼女の視線に、俺はどう答えていいか分からず、ただ彼女を見つめるより他なかった。

 そんな情けない俺から視線をそらした加奈はペコリと春奈に頭を下げた。

 

「遠山さん。今日は誘ってくれてありがとう」

「え、ええ。どういたしまして。帰り、気をつけてね」

「大丈夫だって! 俺がついてるんだから!」

「だから危ないって言ってるの!」

「んだよ! もう10年以上の付き合いなのに分かっちゃいねえなぁ。俺ほどのジェントルマンは他にはいないぜ」

「どの口が言うか! とにかく加奈ちゃんのこと。よろしくね」


 三人の会話に割って入っていくことができない。

 そして加奈は恭一とともに喫茶店を出ていこうとしている。

 

 このままで本当にいいのか?


 せっかく一緒に勉強会をすることになったのに、俺がやったことと言えば、彼女の目の前で幼馴染と仲良くしゃべるのを見せただけじゃないか。

 

 もう一人の自分が憤りをあらわにしている。

 それでも俺の足は棒のように固まり、まったく動こうとしない。

 

 しかし、そんな俺の背中をドンと押したのは……。


 

「さようなら。『田中』くん。また、明日」



 加奈だった――。

 


「待って! 加奈!」



 『田中くん』、なんて他人行儀な態度が許せなかった。

 でもそれは俺の彼女に対する態度を鏡で映したものだ。


 つまり他人行儀だったのは俺だ。

 だから許せないのは自分。

 好きな彼女の前で何もできない、臆病な俺自身だ!

 

 不甲斐ない自分に対する怒りが爆発し、ついに足を前へ動かした。

 大股でドアまで近寄ると、

 

――パシッ!


 俺は加奈の左手を取る。

 唖然としている恭一と春奈をそのままに喫茶店を後にした。

 

「雄太くん……」


 喫茶店から離れるにつれ、柔らかい彼女の手の温度がぐっと上昇していくのが分かる。


「加奈。ごめんな」

「ううん……。ありがと」


 梅雨明け寸前の空から差し込む強い陽ざしは、俺の心をより一層熱く燃やしたのだった。

 



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